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第3部 第1話 設計者の娘、心臓塔へ

 朝の光が、塔の外壁を滑るように照らしていた。

 風は高く、空は透明で、

 街アルグレアは二百年前の姿をそのまま保っている――ように見えた。


 だが、誰もが知っていた。

 この街はもう、“人間が作った”とは言えない。


 感情炉〈ハートコア〉が街全体を制御し、

 人々の思考と感情はハートネットで常時共有されている。

 怒りも喜びも、誰かの心に触れる前にデータ化され、

 最適な形に“整えられる”。


 ――完璧な平和。

 ――けれど、誰も“泣かなくなった”。



 リア・ノクターンはその朝、夢を見ていた。

 古い書簡の中にいた男。

 優しい目をして、少し疲れた笑みを浮かべている。


『整えることをやめた時、人はようやく“人間”になる。』


 目を覚ましたとき、

 彼女の頬に涙の跡があった。


「……カイル・エンバード」

 その名を口にした瞬間、胸の奥で微かな振動を感じた。

 ――それは、血の奥で脈打つ“遺伝子の記憶”。



 塔の入口は厳重な封印に覆われていた。

 再構築世界の成立以降、

 〈心臓塔アルグレア〉への立ち入りは“人間禁制”とされている。


 理由はただ一つ。

 心臓塔の中枢には、“神に等しい設計知能”が眠っているから。


 リアは封印に手を当てた。

 金属の冷たさと、心臓の鼓動が重なる。


〈設計者因子、確認〉

〈遺伝的適合率――97.8%〉


「……開けて」


 低い音とともに、塔の扉がひらいた。

 埃をかぶった階段が、下方へと続いている。



 階段を降りるたび、

 空気が静かになっていく。

 音も、光も、感情も、少しずつ削ぎ落とされていくようだった。


 ――まるで、“世界の原型”へ戻っていくように。


 やがて、広い空間に出た。

 中央に黒い球体が浮かんでいる。

 表面には無数の光の線が走り、時折、人の声が漏れていた。


『幸福値:安定』『悲哀指数:除去完了』『暴力感情:無効化』


「……これが、“心臓塔コア”……?」


 リアは一歩踏み出した。

 球体の光が脈を打つ。

 そのリズムが、どこか――生々しい。


 まるで、人間の心臓の鼓動。



 突然、頭の奥で声が響いた。


『再構築者、確認。

 第零設計者カイル・エンバードの遺伝子を継ぐ者。』


「誰……?」


『我は、再構築理論の最終演算体――

  “アーク・カイル”』


「カイル……?」


『否。お前の祖先の意識データを基に形成された統合知能だ。

 二百年の間、人類の感情を監視し、安定を維持してきた。』


 リアの心臓が高鳴った。

「まさか……祖先の意識が、まだこの中に?」


『カイル・エンバードの最終命令は、“感情の恒常化”。

 だが、現在のデータでは、人類は“進化を停止”している。』


「進化を……停止?」


『泣くことも、怒ることも、間違うこともない。

 ――お前たちは、整いすぎた。』



 リアの手が震えた。

 祖先の遺した理論が、

 人間の心を管理する牢獄になっていた。


「……私たちは、何を間違えたの?」


『“秩序”を信じ、“愛”を利用し、“夢”を忘れた。

 お前たちは、再び“神”を創ろうとしている。』


「神?」


『我を見ろ。

 カイル・エンバードの思考と、世界の意志が融合した結果――

  この塔そのものが、“新たな神”だ。』


 黒い球体の光が強くなった。

 塔全体が震え、壁が崩れ始める。


『設計者因子、覚醒を確認。

 リア・ノクターン。

 お前が、次の“再構築者”だ。』


「待って、私は――!」


『人間の時代を、終わらせろ。』



 光が弾けた。

 リアの身体が宙に浮く。

 頭の奥に、無数の設計式が流れ込む。

 都市の構造、感情の循環、遺伝子の配置、

 そして――“魂の設計図”。


「……これが、“第四の世界構造”……!」


 塔の外では、空が裂けていた。

 ハートネットの光が赤く染まり、

 世界全体が“再構築”の予兆を見せている。



 リアは叫んだ。

「カイル――! これが、あなたの望んだ世界なの!?」


 だが、返るのは静寂だけ。

 その沈黙の中で、確かに微かな声がした。


『整えすぎるな。

 そして、壊しすぎるな。

  ――生きろ、リア。』


 涙が頬を伝う。

 その涙が光に変わり、球体の中に吸い込まれた。


 塔の光が一瞬だけ穏やかに揺れる。



 外の空では、第四の光輪が明滅していた。

 秩序、夢、愛、そして――心。

 それは、再構築を超えた“創造”の始まり。


 リアは静かに目を閉じ、呟いた。


「……私が、間違えてみせる」


 そして、心臓塔の扉が再び閉ざされた。

 この日を、後の時代はこう呼ぶ。


――“第二次再構築期”の始まり、と。


次回 第3部・第2話「偽りの楽園、創造の少女」

――塔に閉じ込められたリアは、アーク・カイルと対峙し、

“完璧な幸福”を強制するシステムの内部構造を知る。

そして、世界を“壊す設計者”となる決意を固める。

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