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第3部 人間の時代編 序章 “設計者の遺伝子”

 再構築世界の成立から、およそ二百年。

 神々は再び現れなかった。

 けれど、人間は――自分たちの“心”を神の代わりに祀り始めた。


 街々に広がった感情炉エモーション・コアは、

 かつてカイル・エンバードが築いた設計理論を基礎に改良され、

 世界全土を繋ぐ“感情通信網”として発展した。


 人々はそれを「ハートネット」と呼んだ。

 ――それは、夢を分け合う仕組みでもあり、

 愛を監視する装置でもあった。



 “心臓塔アルグレア”の頂、古い資料室。

 少女が一人、埃をかぶった書簡をめくっていた。

 瞳は淡い灰青、指先に小さな光を纏う。


「……“再構築理論・第零章”?」


 そのページの隅に、手書きの走り書きがあった。


『完全を捨て、不完全を設計せよ。

 整えることではなく、生き延びることを選べ。

              ――カイル・エンバード』


 少女は息を呑む。

 その名は、教科書でしか知らない“伝説上の設計者”のものだった。


「……これが、あの人の直筆……」


 彼女の名は――リア・ノクターン。

 夢職人メリアの血を引く末裔であり、

 アルグレアの最年少設計官。



 窓の外、世界は再び揺れていた。

 ハートネットの過剰共鳴。

 人々の感情が、情報として暴走し、

 “感情嵐テンペスト”と呼ばれる現象を各地に引き起こしている。


「もう、秩序も愛も制御できない……」

 リアは拳を握りしめた。


 そこへ、通信石が震えた。

『――リア、聞こえるか? 南区のコアが暴走中だ!』

「主任? すぐ行きます!」


 机の上の古文書を抱え、彼女は走り出した。

 風の中で、書簡の端がひらめく。

 “再構築世界 第零章”――

 それは、この時代のために書かれた警告だった。



 南区の広場。

 感情炉の柱が赤く脈動している。

 周囲の人々が次々に倒れ、互いの感情を共有しすぎて泣き崩れていた。


「だめ、もう“心”が溶けてる……!」


 リアが制御盤に手を伸ばす。

 けれど、エネルギーの流れが複雑すぎる。

 制御式は“人間”の演算速度を超えていた。


 ――そのとき。


 手の中の書簡が光を放った。

 文字が立体化し、空中に古い魔導式が浮かび上がる。


〈再構築補助式・起動〉

〈設計者因子、遺伝的適合者を確認〉


「なに、これ……!?」


 空間に、誰かの声が響いた。

 懐かしく、けれど聞いたことのない男の声。


『もし君がこれを読んでいるなら――

 君は“私の心”を継いだ者だ。』


 リアの心臓が跳ねた。

「……カイル?」


『世界は、また整いすぎようとしている。

 だから、もう一度“間違えて”ほしい。』


 光が彼女の身体を包み込む。

 その瞬間、リアの脳内に膨大な設計図が流れ込んだ。

 都市構造、感情式、そして――人間そのものの設計データ。


「これが……“設計者の遺伝子”……」



 感情炉が再び脈を打つ。

 リアは目を閉じ、カイルの声を思い出した。


『整うな、リア。

 世界は、散らかってるほうが美しい。』


 彼女は制御盤に両手を当てた。

 新しい魔法陣が展開する。


〈再構築モード:感情開放〉

〈テンペスト抑制開始〉


 風が止まり、赤い光が穏やかに収束していく。

 人々が目を開け、息を整える。

 嵐は――止まった。



 リアは空を見上げた。

 夜空には、かつてと同じ三つの光輪。

 秩序、夢、愛。

 そして、その奥にもうひとつ――淡い第四の輪が浮かんでいた。


「……“心”の輪?」


 その瞬間、彼女は悟った。

 カイルが遺したのは、理論でも技術でもない。

 人間が人間のまま間違い続けられる自由――それこそが“遺伝子”だった。



次回 第3部・第1話「設計者の娘、心臓塔へ」

――リア・ノクターンは“設計者の遺伝子”に覚醒し、

かつてカイルが封印した“第四の世界構造”を起動する。

だが、それは人類が“神の役割”を奪う、新たな再構築の始まりだった。

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