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第2話 世界を整えるスキル、最初の奇跡

 丘を下り、夜明けの光に包まれた村へと歩みを進める。

 屋根は歪み、井戸は傾き、道はぬかるんでいる。

 人影はまばらで、どこか息苦しい。


「……世界、全体が“散らかってる”な」


 瓦礫をよけ、村の入口に立つ。

 肩をすくめながら、俺は手帳代わりの革の板を取り出した。

 その板には、勇者パーティ時代の任務メモがびっしりと残っている。

 ――今見ると、どの指示も間違いだらけだ。

 “最短”と書いてある導線が、実際は遠回り。

 “安全地帯”とされた場所が、魔力の流れの乱点の上。


(あのエリオスのやつ……)


 胸の奥に怒りよりも苦笑が浮かぶ。

 ただ整えてやる。それだけで十分だ。



「誰だい、あんた」


 声をかけてきたのは、疲れ切った顔の老女だった。

 腰を曲げ、壊れた畑道具を抱えている。


「ただの通りすがりです。畑の位置、ずいぶん傾いてますね」

「……そんなの、今さら直せないよ。去年の地震で地脈が狂ってね。水が溜まって、作物が枯れちまうんだ」


 なるほど。乱れているのは“地形”じゃない。

 水の流れそのものが歪んでいる。


「少し、見てもいいですか」

「勝手にすればいいさ。ただし、何もできゃしないよ」


 俺は畑に膝をつき、土を一握りすくう。

 魔力の流れが、ぐにゃりと曲がっているのがわかる。

 すぐに、頭の中に“線”が見えた。


 最も効率的な水流ライン。


「整理整頓――構造最適化」


 小声で唱える。


 空気が軽く震えた。

 地面の水が、ひとりでに動き出す。

 畑の端に掘られた溝が深くなり、水が流れ出す。

 その勢いで、倒れていた柵が自然と立ち直った。


「な……何だい、これ!」

 老女の声が裏返る。

 土が再び締まり、崩れていた畝が整列し、種がきれいに並んだ。


「これで――いい。無駄も偏りもなくなった」


 空気が清浄になり、草木が一斉に息を吹き返す。

 地中の魔力が均一に分配されたのだ。


 老女は涙を拭いながら、膝をついた。

「神様……」

「いや、ただの片づけですよ」



 村人たちが次々に集まり始める。

「畑が動いた!」「崩れた井戸が……戻ってる!」

 騒めきが広がり、俺の周囲に人だかりができた。


 村長らしき男が息を切らして駆け寄る。

「お、お前がやったのか? どんな魔法だ、それは!」


「魔法じゃありません。整頓です」


 男は首を傾げる。

「せ、整頓? 道具の……あの?」

「そう。世界の“順番”を整えるんです」


 説明しても伝わらない。

 でも構わない。

 理解されなくても、結果が残ればいい。


 ステータスウィンドウが淡く光る。

 新たなメッセージが浮かんだ。


[System Notice]


〈秩序権限〉が強化されました。

範囲:村一帯(半径3km)

副効果:建造物・魔力構造の自動安定化


「……自動安定化?」


 次の瞬間、村の中心――崩れていた古い神殿が、音もなく光を放った。

 石が空中に浮かび、ゆっくりと組み上がっていく。

 村人たちが息をのむ。


「再構築が始まったか」


 俺は手を伸ばす。

 神殿の残骸が整列し、柱が立ち、屋根が閉じ、

 ついには、**完全な形で“元通り”**になった。


 風が流れ、鈴の音のような響きが耳に届く。


〈秩序の守り手よ、誰がこの“整い”をもたらした〉


 神殿の奥、淡い光が形をとる。

 女性の像――いや、精霊だ。

 その声は澄んでいて、冷たく、どこか懐かしい。


「名を、カイルといいます。元雑用係です」


〈その手に宿るのは、“神の権限”の断片。人が触れてはならぬ秩序〉


「……けど、触れなきゃ世界が壊れてた」


 光が揺れた。

〈ならば、今だけ許そう。秩序の再編を続けよ〉


「命令か?」

〈願いだ〉


 光が消え、神殿の扉が静かに閉じる。

 村人たちは膝をつき、祈りを捧げた。

 俺はそれを背に、深呼吸をする。


(神の力……ね。片づけも、ここまでくると厄介だ)


 空を見上げる。

 雲がきれいに整列していた。



 村の復興は一晩で終わった。

 翌朝には、遠くから見ても違いがわかるほど整った風景が広がっていた。

 それを見た旅商人が言った。

「……昨日まで廃村だったはずだぞ」

 噂は広がる。王都にも、勇者の耳にも。



 同じころ、王都の議場。

 勇者エリオス・グランは苛立ちまじりに椅子を蹴った。

「雑用係のカイルが……神殿を“再建”しただと? ありえん!」


 側近の魔導士が怯えながら報告書を差し出す。

「王立観測塔が確認しました。夜の間に、村の地脈が完全に修復され……魔力循環が安定したと」


「整理整頓のスキルで、地脈を……?」

 エリオスの顔が引きつる。

「そんな馬鹿な! あいつは雑用係だぞ! 俺が切り捨てた、無能の!」


 怒声が議場に響く。

 そのとき、床の下でかすかな地鳴りがした。

 書類棚が揺れ、机の上の書簡が――“整列”した。


「……な、なんだ?」


 窓の外で、雲が流れを変える。

 風の道筋が一本に揃い、王都の尖塔が同じ方向を向く。

 まるで“世界”が――整えられていくように。


 エリオスは青ざめた。

「……まさか、カイル……お前……」



 村の広場で、子供たちが笑っている。

 老女は俺にパンを差し出した。

「ありがとう、若いの。あんたが来てくれて助かったよ」

「片づけただけですよ」

「その片づけで、うちは生き返ったんだ」


 空は青く澄み、風はまっすぐ吹いていた。

 俺はふと、手の中のステータスウィンドウを見る。


[Status Window]


 称号:秩序の片づけ人

 能力:整理整頓LvMAX/構造最適化/秩序権限(拡張中)

 新スキル:自動最適化(Passive)


「自動……?」


 村の北側で、倒れていた古い橋が音もなく組み直されていく。

 俺の意思とは関係なく、“世界”が動いていた。


「……あー、これ、ちょっとやばいかもしれないな」


 便利すぎるスキルは、世界の形を変える。

 使い方を間違えれば――また、混乱だ。

 でも、それでも俺は整える。

 この世界の、すべてを。


次回 第3話「勇者パーティの崩壊」

――整えられた世界で、混乱するのは“あいつら”の番だ。

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