第2話 世界を整えるスキル、最初の奇跡
丘を下り、夜明けの光に包まれた村へと歩みを進める。
屋根は歪み、井戸は傾き、道はぬかるんでいる。
人影はまばらで、どこか息苦しい。
「……世界、全体が“散らかってる”な」
瓦礫をよけ、村の入口に立つ。
肩をすくめながら、俺は手帳代わりの革の板を取り出した。
その板には、勇者パーティ時代の任務メモがびっしりと残っている。
――今見ると、どの指示も間違いだらけだ。
“最短”と書いてある導線が、実際は遠回り。
“安全地帯”とされた場所が、魔力の流れの乱点の上。
(あのエリオスのやつ……)
胸の奥に怒りよりも苦笑が浮かぶ。
ただ整えてやる。それだけで十分だ。
◇
「誰だい、あんた」
声をかけてきたのは、疲れ切った顔の老女だった。
腰を曲げ、壊れた畑道具を抱えている。
「ただの通りすがりです。畑の位置、ずいぶん傾いてますね」
「……そんなの、今さら直せないよ。去年の地震で地脈が狂ってね。水が溜まって、作物が枯れちまうんだ」
なるほど。乱れているのは“地形”じゃない。
水の流れそのものが歪んでいる。
「少し、見てもいいですか」
「勝手にすればいいさ。ただし、何もできゃしないよ」
俺は畑に膝をつき、土を一握りすくう。
魔力の流れが、ぐにゃりと曲がっているのがわかる。
すぐに、頭の中に“線”が見えた。
最も効率的な水流ライン。
「整理整頓――構造最適化」
小声で唱える。
空気が軽く震えた。
地面の水が、ひとりでに動き出す。
畑の端に掘られた溝が深くなり、水が流れ出す。
その勢いで、倒れていた柵が自然と立ち直った。
「な……何だい、これ!」
老女の声が裏返る。
土が再び締まり、崩れていた畝が整列し、種がきれいに並んだ。
「これで――いい。無駄も偏りもなくなった」
空気が清浄になり、草木が一斉に息を吹き返す。
地中の魔力が均一に分配されたのだ。
老女は涙を拭いながら、膝をついた。
「神様……」
「いや、ただの片づけですよ」
◇
村人たちが次々に集まり始める。
「畑が動いた!」「崩れた井戸が……戻ってる!」
騒めきが広がり、俺の周囲に人だかりができた。
村長らしき男が息を切らして駆け寄る。
「お、お前がやったのか? どんな魔法だ、それは!」
「魔法じゃありません。整頓です」
男は首を傾げる。
「せ、整頓? 道具の……あの?」
「そう。世界の“順番”を整えるんです」
説明しても伝わらない。
でも構わない。
理解されなくても、結果が残ればいい。
ステータスウィンドウが淡く光る。
新たなメッセージが浮かんだ。
[System Notice]
〈秩序権限〉が強化されました。
範囲:村一帯(半径3km)
副効果:建造物・魔力構造の自動安定化
「……自動安定化?」
次の瞬間、村の中心――崩れていた古い神殿が、音もなく光を放った。
石が空中に浮かび、ゆっくりと組み上がっていく。
村人たちが息をのむ。
「再構築が始まったか」
俺は手を伸ばす。
神殿の残骸が整列し、柱が立ち、屋根が閉じ、
ついには、**完全な形で“元通り”**になった。
風が流れ、鈴の音のような響きが耳に届く。
〈秩序の守り手よ、誰がこの“整い”をもたらした〉
神殿の奥、淡い光が形をとる。
女性の像――いや、精霊だ。
その声は澄んでいて、冷たく、どこか懐かしい。
「名を、カイルといいます。元雑用係です」
〈その手に宿るのは、“神の権限”の断片。人が触れてはならぬ秩序〉
「……けど、触れなきゃ世界が壊れてた」
光が揺れた。
〈ならば、今だけ許そう。秩序の再編を続けよ〉
「命令か?」
〈願いだ〉
光が消え、神殿の扉が静かに閉じる。
村人たちは膝をつき、祈りを捧げた。
俺はそれを背に、深呼吸をする。
(神の力……ね。片づけも、ここまでくると厄介だ)
空を見上げる。
雲がきれいに整列していた。
◇
村の復興は一晩で終わった。
翌朝には、遠くから見ても違いがわかるほど整った風景が広がっていた。
それを見た旅商人が言った。
「……昨日まで廃村だったはずだぞ」
噂は広がる。王都にも、勇者の耳にも。
◇
同じころ、王都の議場。
勇者エリオス・グランは苛立ちまじりに椅子を蹴った。
「雑用係のカイルが……神殿を“再建”しただと? ありえん!」
側近の魔導士が怯えながら報告書を差し出す。
「王立観測塔が確認しました。夜の間に、村の地脈が完全に修復され……魔力循環が安定したと」
「整理整頓のスキルで、地脈を……?」
エリオスの顔が引きつる。
「そんな馬鹿な! あいつは雑用係だぞ! 俺が切り捨てた、無能の!」
怒声が議場に響く。
そのとき、床の下でかすかな地鳴りがした。
書類棚が揺れ、机の上の書簡が――“整列”した。
「……な、なんだ?」
窓の外で、雲が流れを変える。
風の道筋が一本に揃い、王都の尖塔が同じ方向を向く。
まるで“世界”が――整えられていくように。
エリオスは青ざめた。
「……まさか、カイル……お前……」
◇
村の広場で、子供たちが笑っている。
老女は俺にパンを差し出した。
「ありがとう、若いの。あんたが来てくれて助かったよ」
「片づけただけですよ」
「その片づけで、うちは生き返ったんだ」
空は青く澄み、風はまっすぐ吹いていた。
俺はふと、手の中のステータスウィンドウを見る。
[Status Window]
称号:秩序の片づけ人
能力:整理整頓LvMAX/構造最適化/秩序権限(拡張中)
新スキル:自動最適化(Passive)
「自動……?」
村の北側で、倒れていた古い橋が音もなく組み直されていく。
俺の意思とは関係なく、“世界”が動いていた。
「……あー、これ、ちょっとやばいかもしれないな」
便利すぎるスキルは、世界の形を変える。
使い方を間違えれば――また、混乱だ。
でも、それでも俺は整える。
この世界の、すべてを。
次回 第3話「勇者パーティの崩壊」
――整えられた世界で、混乱するのは“あいつら”の番だ。