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第2部・最終話 再構築世界、そして――

 ――世界が、静かだった。


 戦も、神も、奇跡も、今はない。

 ただ、人々の営みの音だけが響く。


 朝日が昇る。

 市場の鐘が鳴る。

 子どもたちの笑い声が石畳を渡っていく。


 アルグレアは、完全ではなかった。

 道は歪み、塔の影は傾き、

 それでも、人は歩いていた。



 庁舎の最上階――〈設計局〉。

 カイルは机に座り、ひとつの文書を書いていた。

 タイトルは、『世界設計・最終報告書』。


第一章:神々の廃棄

第二章:秩序の崩壊と再構築

第三章:自由律と夢の統合

第四章:感情都市アルグレアの成立

第五章:愛の分配理論による安定化

第六章:――そして、以後の管理権を“人間”に委譲する


 最後の一行を書き終え、彼は深く息を吐いた。


「……これで、やっと“整いすぎた世界”は終わりですね」


 机の上に置かれた、三つの欠片が微かに光る。

 秩序神リサの“理”。

 夢職人メリアの“想”。

 そして――カイル自身の“願”。


 それらが重なり、白い光の輪を形づくる。



 扉がノックされた。

 メリアが入ってくる。

 彼女は白衣の上に淡い夢布を羽織っていた。


「報告書、書き終わったんですね」

「はい。……けど、誰に渡せばいいか分からないんです」

「誰にも渡さなくていいんです。

 もう、あなたが“誰かに整えてもらう”側ですから」


 メリアの笑みは、どこか寂しげだった。

 カイルは立ち上がり、窓の外を見た。

 都市の中央、心臓塔の光が穏やかに明滅している。


「この街は、あなたの心臓ですね」

「いいえ。もう俺の手を離れました。

 今は、みんなの手の中にあります」



 その時だった。

 遠くで、地鳴りのような音がした。

 塔の光が一瞬だけ明滅を止める。


「……動力停止?」

 メリアが顔を上げる。

 だが、カイルは静かに首を振った。


「いいえ。“鼓動の更新”です。

 街が――自分で心臓を打ち始めた」


 地面が震え、街全体に光が走る。

 人々の声、笑い、祈り――

 そのすべてが共鳴し、再び都市を動かしていく。


 それは、人間だけの再構築だった。


「……俺たち、やっと成功したんですね」

「ええ。あなたが世界を整えすぎなかったからです」


 メリアが微笑む。

 カイルは思わず笑った。


「整えすぎなかった、か。

 ――雑用係らしい終わり方ですね」



 夕暮れ。

 工房〈ノクターン〉の屋上。

 二人は並んで座り、街の灯を眺めていた。

 西の空には、三つの光輪。

 秩序・夢・愛。


 リサの声が、風に混じって聞こえた気がした。


『カイルさん。

 あなたの設計は、私たち神には理解できません。

 でも、きっと人間には届きます。

 だって――あなたは、人間だから。』


 目を閉じると、胸の奥で光が一度だけ脈を打った。

 それは、世界と同じ鼓動。



「……これからどうするんですか?」

 メリアが尋ねる。

 カイルは空を見上げたまま、答えた。


「“片づけ”は終わりました。

 だから、次は――“生きる”番です」

「あなたらしいですね」

「あなたは?」

「……たぶん、隣にいます」


 風が吹いた。

 夢布が舞い上がり、夕陽の中で金色にきらめく。

 それが落ち着く頃、街の鐘が鳴った。


 どこかで誰かが歌い、笑い、泣いている。

 それらが全部混ざって、世界がやさしく震えた。



――この世界に、“完璧”はもう存在しない。

けれど、“誰かと生きる不完全”なら、無限にある。


 追放された雑用係は、

 神を壊し、世界を整え、

 そして最後に、自分自身を赦した。


 風が、白い布を運んでいく。

 その布の端には、文字が縫い取られていた。


『再構築世界 第零章:人間の時代』


 ――そして、新しい朝が始まる。


第2部 完


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