第2部・最終話 再構築世界、そして――
――世界が、静かだった。
戦も、神も、奇跡も、今はない。
ただ、人々の営みの音だけが響く。
朝日が昇る。
市場の鐘が鳴る。
子どもたちの笑い声が石畳を渡っていく。
アルグレアは、完全ではなかった。
道は歪み、塔の影は傾き、
それでも、人は歩いていた。
◇
庁舎の最上階――〈設計局〉。
カイルは机に座り、ひとつの文書を書いていた。
タイトルは、『世界設計・最終報告書』。
第一章:神々の廃棄
第二章:秩序の崩壊と再構築
第三章:自由律と夢の統合
第四章:感情都市アルグレアの成立
第五章:愛の分配理論による安定化
第六章:――そして、以後の管理権を“人間”に委譲する
最後の一行を書き終え、彼は深く息を吐いた。
「……これで、やっと“整いすぎた世界”は終わりですね」
机の上に置かれた、三つの欠片が微かに光る。
秩序神リサの“理”。
夢職人メリアの“想”。
そして――カイル自身の“願”。
それらが重なり、白い光の輪を形づくる。
◇
扉がノックされた。
メリアが入ってくる。
彼女は白衣の上に淡い夢布を羽織っていた。
「報告書、書き終わったんですね」
「はい。……けど、誰に渡せばいいか分からないんです」
「誰にも渡さなくていいんです。
もう、あなたが“誰かに整えてもらう”側ですから」
メリアの笑みは、どこか寂しげだった。
カイルは立ち上がり、窓の外を見た。
都市の中央、心臓塔の光が穏やかに明滅している。
「この街は、あなたの心臓ですね」
「いいえ。もう俺の手を離れました。
今は、みんなの手の中にあります」
◇
その時だった。
遠くで、地鳴りのような音がした。
塔の光が一瞬だけ明滅を止める。
「……動力停止?」
メリアが顔を上げる。
だが、カイルは静かに首を振った。
「いいえ。“鼓動の更新”です。
街が――自分で心臓を打ち始めた」
地面が震え、街全体に光が走る。
人々の声、笑い、祈り――
そのすべてが共鳴し、再び都市を動かしていく。
それは、人間だけの再構築だった。
「……俺たち、やっと成功したんですね」
「ええ。あなたが世界を整えすぎなかったからです」
メリアが微笑む。
カイルは思わず笑った。
「整えすぎなかった、か。
――雑用係らしい終わり方ですね」
◇
夕暮れ。
工房〈ノクターン〉の屋上。
二人は並んで座り、街の灯を眺めていた。
西の空には、三つの光輪。
秩序・夢・愛。
リサの声が、風に混じって聞こえた気がした。
『カイルさん。
あなたの設計は、私たち神には理解できません。
でも、きっと人間には届きます。
だって――あなたは、人間だから。』
目を閉じると、胸の奥で光が一度だけ脈を打った。
それは、世界と同じ鼓動。
◇
「……これからどうするんですか?」
メリアが尋ねる。
カイルは空を見上げたまま、答えた。
「“片づけ”は終わりました。
だから、次は――“生きる”番です」
「あなたらしいですね」
「あなたは?」
「……たぶん、隣にいます」
風が吹いた。
夢布が舞い上がり、夕陽の中で金色にきらめく。
それが落ち着く頃、街の鐘が鳴った。
どこかで誰かが歌い、笑い、泣いている。
それらが全部混ざって、世界がやさしく震えた。
◇
――この世界に、“完璧”はもう存在しない。
けれど、“誰かと生きる不完全”なら、無限にある。
追放された雑用係は、
神を壊し、世界を整え、
そして最後に、自分自身を赦した。
風が、白い布を運んでいく。
その布の端には、文字が縫い取られていた。
『再構築世界 第零章:人間の時代』
――そして、新しい朝が始まる。
第2部 完