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第2部 第9話 都市の鼓動、愛の設計

 ――街が、脈を打っていた。


 アルグレアの地面の下、空気の層を震わせるように、

 低く、深く、一定の間隔で響く音。


 それは鐘ではなく、

 地脈でもなく――人々の感情そのものが街の心臓を動かしている音だった。



 庁舎の地下。

 カイルとエリオスが、再構築炉の観測室に立っていた。


 壁の中央には、半透明の水晶球が浮かんでいる。

 街中から集まる“感情エネルギー”を変換する中枢装置――〈心臓塔コア〉。

 脈動のたびに光が走り、床が微かに揺れる。


「……予想以上に反応が早いな」

 エリオスの額に汗が滲む。

「ええ。市民の“心の共有”が、街の設計構造にまで影響を与えています」


 カイルは手帳を開き、数式と感情波形を重ねた。

 そこには、常識では説明できないほど複雑な相関図。


「秩序値と幸福値の連動……まるで“心拍”だな」

「その通り。アルグレアは今、“生きている”んです」


 カイルは深く息をついた。

 嬉しさと、同時に――恐ろしさを感じていた。

 感情はエネルギーとして循環するが、

 強すぎる“愛”や“憎しみ”が同時に流れ込めば、都市構造が崩壊する。



 その夜。

 カイルは工房〈ノクターン〉を訪ねた。

 メリアが、静かに糸車を回していた。


「街が息をしているの、聞こえますか?」

「はい。まるで心臓の音ですね」

「ええ。でも、あの鼓動は、もうすぐ止まるかもしれません」


 メリアが手を止めた。

「……どういう意味ですか?」

「人々の感情が過剰なんです。

 特に“愛”。家族愛、友愛、恋慕――それが都市のエネルギーを暴走させている」


「愛が、暴走を?」

「ええ。街が“好き”という気持ちさえ、計算を狂わせる」


 メリアは俯いた。

「それでも、愛を消すわけにはいきません」

「分かっています。だから――設計に組み込みます」


 カイルは手帳を差し出した。

 そこには新たな設計案が描かれていた。


『感情統合式:都市心臓律(City Core Beat)』

――“愛”を循環させる構造。

愛を抑えるのではなく、街全体に“分配”する。


「愛を、街全体で分け合う……?」

「はい。一人が抱えきれない想いを、街全体が支える。

 恋も、絆も、慈しみも、共有できる秩序に変えるんです」


 メリアの瞳が震えた。

「それは……あなたの想いも、共有されてしまう」

「構いません。俺はもう、独りで整えることをやめましたから」


 その言葉に、彼女の頬がかすかに赤く染まった。



 翌朝。

 都市全域の再構築が始まった。

 中央塔に設置されたコアが淡く輝き、街のあちこちで光の糸が伸びていく。


 人々の想いが、糸となって結ばれていく。

 母の手から子へ。

 友の笑みから隣人へ。

 そして、街の心臓へ。


〈感情分配システム起動〉

〈愛の総量、均等化処理開始〉


 だが――。


 予定外の現象が起こった。

 “ひとつだけ、均等化されない愛”があった。


 観測装置が警告を発する。

〈感情エネルギー偏流――源:メリア・エスター〉


「……彼女の愛だけが、街に流れない」

「なぜだ? 拒絶してるのか?」

「違います。“個人への愛”だからです。

 特定の一人に向けられた想いは、構造の外側にある」


「その“特定の一人”ってのは、まさか――」

「……俺です」



 工房に戻ると、メリアが立っていた。

 胸の位置から淡い光が漏れている。

 彼女の感情が、街全体の循環を拒み、暴走を抑え込んでいた。


「あなたのために流した“愛”が、街の外に弾かれています」

「止めろ、メリア! 街が崩れる!」

「止めたら、あなたが消えるの!」


 足元の床が揺れ、光の柱が塔へと伸びる。

 街の空が裂け、光が脈を乱す。


「――なら、共に行きます」

 カイルが手を伸ばした。

 その瞬間、都市全体がまるで息を呑んだように静止する。


 指先が触れた瞬間、二人の心が繋がった。

 感情の奔流。記憶の断片。

 リサの声、夢の街の涙、孤独な夜の祈り――すべてが重なる。


 そして、カイルは悟った。


「“愛”は整わなくていい。

 整わないまま、支えるためにあるんだ」


 光が爆ぜ、都市の鼓動が静かに収まる。



 ――数日後。


 アルグレアは息を吹き返していた。

 都市の中心に新しい塔が建つ。

 その名は〈心臓塔ハート・コア〉。

 塔の頂には、ふたつの光輪。

 一つは秩序、もう一つは夢。

 そして今、三つ目の輪が輝いていた。


 ――愛。


「どうやら、街は生き延びましたね」

 エリオスが笑う。

「まぁ、“整わない設計”ってやつも悪くねぇ」

「はい。たまには、歪んでるくらいでちょうどいいです」


 カイルは空を見上げた。

 隣にメリアが立っている。

 その手には、新しい布。

 白地に三つの輪が織られている。


「この布の名は?」

「――“愛の設計図”。

 でも、本当の名前はまだ決めてません」


「じゃあ、あなたが決めてください」

「どうして?」

「あなたが、最初の“設計者の恋”だから」


 メリアは照れたように微笑んだ。

 そして、風が吹いた。

 布が空へ舞い上がり、塔の光と溶け合った。



次回 第2部・最終話「再構築世界、そして――」

――世界は整い、けれど完全にはならない。

追放された“雑用係”は、神すら設計した男として、最後の選択を迫られる。

その選択が、“第三の世界”――“人間の時代”を拓く。

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