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第2部 第8話 揺らぐ心、設計者の恋

 朝霧が工房の屋根を包んでいた。

 夜の夢をほどくように、柔らかな光が差し込む。


 カイルは窓辺に立ち、眠るメリアを見下ろしていた。

 彼女の髪は枕に広がり、陽に透けて金色に揺れる。

 その寝顔を見ていると、胸の奥が少しだけ痛んだ。


「……心まで、整えられたらいいんですけどね」


 思わず出た独り言に、自分で苦笑する。

 秩序も自由も、夢すらも整えてきた。

 だが、“人の想い”だけは、どんな理論でも整理がつかない。



 数時間後。

 庁舎の会議室では、アルグレア新体制の初会合が開かれていた。

 「夢布事件」以降、カイルは“都市設計官”として任命され、

 街の再構築方針を一任されている。


「――“心を中心とした街づくり”。

 これが今後の方針です」

 カイルが言うと、周囲の議員たちはざわめいた。


「感情を基準に都市を設計する? 非論理的だ!」

「秩序や法律よりも“心”を優先するなど――」

「……それでも、もう一度壊れるよりはいいでしょう」

 エリオスが低く言った。

「こいつのやり方は、結果出してる。

 あとは、信じるかどうかだけだ」


 沈黙が落ちた。

 カイルは手帳を開き、一枚の図を見せる。

 それは都市全体の設計図――だが、奇妙だった。

 建物の配置が、まるで“心臓の形”をしている。


「……鼓動してる?」

 誰かが呟く。

 カイルは頷いた。

「ええ。この街は、生きています。

 そして、“人の想い”が通うたびに形を変えるんです」



 会議を終え、庁舎を出た夕方。

 メリアが門前で待っていた。

 まだ少し顔色は悪いが、瞳には光が戻っている。


「どうでした? 会議」

「まぁ、半分は納得してません。でも……少しだけ、動きました」

「あなたの言葉は、いつも遅れて届くんです。

 でも、一度届いたら、誰も忘れない」


 その言葉に、カイルは目を細めた。

「夢職人のあなたが言うと、説得力がありますね」

「夢と現実の違いは、誰が“隣にいるか”だけですよ」


 メリアは小さく笑い、空を見上げた。

 半円の月が昇っている。

 あの夜、秩序神を壊した時に残った“欠けた月”。

 そして、その隣に、淡い光輪が寄り添っていた。

 ――リサの余白と、夢の残響。


「この二つが並んでる夜は、好きなんです」

「どうして?」

「整っていないのに、ちゃんと綺麗だから」


 カイルは何かを言いかけて、飲み込んだ。

 代わりに、そっと言う。

「あなたの織った夢布。街の人が“お守り”として身につけてます」

「ええ。少しずつ、夢を怖がらなくなった証ですね」

「あなたがいてくれて、よかった」

 その言葉に、メリアが一瞬だけ目を伏せた。


「……その言葉、もう少し早く聞きたかったです」

「え?」

「いえ、なんでも」

 彼女は軽く笑って歩き出した。



 夜。

 カイルは自室で手帳を開いた。

 ページの端に、メリアが織ってくれた“夢の糸”が挟まっている。

 それはまだ淡く光っていた。


『感情設計理論・補遺』

――“人を整える”とは、“愛を配置する”ことである。


 文字を書き終え、ペンを置く。

 胸の奥に、微かな痛み。

 それは秩序でも疲労でもない。

 ただ、ひとりの女性を想う痛み。


 カイルは窓を開け、夜風を吸い込んだ。

 遠くの工房〈ノクターン〉の灯が見える。

 灯のそばに、白い影が立っていた。

 メリアだった。

 彼女もこちらを見ている気がした。


 二人の間に、距離はあった。

 けれど、同じ風が流れていた。

 その風は、静かに彼の心を乱し、

 そして――整えていった。



次回 第2部・第9話「都市の鼓動、愛の設計」

――“感情都市アルグレア”が動き出す。

だが、人々の想いが都市構造に反映されるたび、街が“鼓動”しすぎて不安定化。

カイルは、愛そのものを“都市の心臓”に組み込む決断を迫られる――。

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