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第2部 第7話 夢を喰らう街

 ――夢を見ているようだった。


 だが、夢の中にいたのは街全体だった。


 王都アルグレアの夜。

 通りの灯りが、まるで呼吸をしているように揺れていた。

 人々は夢布をまとい、眠りながら笑っている。

 その表情は安らかで――そして、どこか同じだった。


「……誰も“自分の顔”をしていない」

 カイルは低く呟いた。


 どの家の窓からも、同じ旋律の歌が流れる。

 夢を紡ぐ布が、夢を見る者をひとつに繋げていた。



 庁舎の中。

 報告書の束が机に積まれている。

 エリオスが顔をしかめた。


「“夢から醒めない”連中が三百人超えた。

 医者も魔導士もお手上げだ」

「夢布を外しても?」

「無駄だ。皮膚みたいに馴染んでやがる」


 カイルはしばらく黙っていた。

 そして、静かに言った。

「……夢の中に入ります」

「は? お前まで寝込む気か?」

「違います。“再構築”の応用です。

 夢を――概念として整えに行く」


 その声に、工房の扉が開いた。

 立っていたのは、メリアだった。

 瞳の奥に、わずかな怯えを宿して。


「私も行きます」

「危険ですよ。夢は“境界のない世界”です」

「だからこそ、あなた一人では整えられません。

 ……夢は、二人で見るものですから」



 工房〈ノクターン〉の奥。

 円形の織機が月光を受けて輝いていた。

 夢布の糸が緩やかに流れ、中央に“心の門”が開いていく。


 カイルとメリアは手を取り合い、静かに目を閉じた。

 世界が反転する。



 ――そこは、“夢の街”だった。


 現実と同じアルグレア。

 だが、すべてが柔らかく、光の粒で形づくられている。

 空も地も揺らぎ、壁が呼吸するように波打っていた。


「……全部、誰かの心でできてる」

 メリアが呟く。

 通りの両側には、眠る人々の幻影が並んでいた。

 皆、糸で繋がっている。


 その糸の束の中心――街の塔が光っていた。

 そこが、“夢を喰らう核”。


〈同調率:上昇〉

〈個体境界、融解中〉


 声が空気の中から響く。

 リサの時と違い、それは冷たい“人間の声”だった。


「……リサじゃない」

「ええ。これは“人々の集合意識”そのものです。

 彼らが、“他人と同じ夢を見たい”と願った結果です」



 塔の中へ進むと、空間の中央に巨大な織布があった。

 それは都市そのものの形をしており、

 ひとつひとつの建物が“感情の色”で染められていた。


 怒りは赤、悲しみは青、希望は白。

 だが、すべてが混ざり合い、どす黒く濁っている。


 その織布の中央――“核の織姫”が座していた。

 白い布をまとった女性。

 その顔は、メリアと同じだった。


「……あなたは?」

「“夢職人メリア”の感情が形を取った存在。

 名を“ミラ”。

 この街の人々の夢を、食べている者です」


「食べて……?」

「夢を見続けるには、誰かが悪夢を引き受ける必要がある。

 私が、それを代わりに飲み込んでいるのです」


 メリアの顔が青ざめる。

「私が……こんな存在を生んでしまったの?」


 ミラは静かに笑った。

「あなたが優しすぎるからです。

 他人の痛みを見過ごせない。

 だから、私が“痛みを喰らう器”として生まれた」



 塔全体が震えた。

 夢の糸が一斉に震動する。

 ミラの周囲から黒い靄が溢れ出す。

〈共感過多:臨界〉

〈感情の同化、進行中〉


 外の街で眠る人々が同時に呻き声を上げた。


「このままでは、全員“ひとつの心”になります!」

「ミラ、やめて!」

「できません。止めたら、悪夢が世界を覆う。

 痛みは、誰かが抱えていなければならないんです」


「なら――分け合えばいい!」

 カイルが前に出た。

「全部背負うのも、全部捨てるのも違う。

 片づけは、みんなでやるものです!」


 右腕が光り、“再構築”が展開される。

 秩序と自由、悲しみと喜び――すべての線が交わる。

 その中心で、メリアが手を添える。

「なら、私が“夢の共有”を整えます!」


 二人の光が重なった。

 夢布の糸が再配置され、黒い靄が虹色に変わる。

 痛みは薄れ、悲しみは色を持ち、

 “悪夢”が“記憶”へと変わっていく。



 光が収まった時、ミラの姿は消えていた。

 残ったのは、一枚の布。

 そこには一言だけ織られていた。


「痛みは、共に在る。」


 メリアの頬を涙が伝う。

 カイルは静かに彼女の肩に手を置いた。

「あなたの夢は、人を縛らなかった。

 それだけで、十分です」


 彼女は微笑んだ。

 その瞳に、初めて“個人の想い”が宿っていた。



 現実世界。

 目を覚ました人々は泣き、笑い、互いに抱き合った。

 夢布は淡い光を残し、静かにほどけていく。

 その糸は、夜風に乗って空へ消えた。


「……終わったか」

 エリオスの声。

 カイルは小さく頷いた。

「ええ。今度こそ、本当に整いました」


「で、あの職人の女は?」

「休ませてます。……しばらくは夢を見ない方がいいでしょう」


 カイルは窓の外を見る。

 街の夜空には、もう一つの月が昇っていた。

 半円の光の隣に、新しい輪が生まれている。


「……これは、リサの“余白”と、メリアの“夢”の共鳴か」

 その光は、不揃いで、美しかった。



次回 第2部・第8話「揺らぐ心、設計者の恋」

――“夢を喰らう街”の事件を経て、カイルは初めて“誰かを救う”ではなく“誰かを想う”ことに気づく。

そして、世界の“設計そのもの”を変える選択へ――。

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