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第2部 第5話 再構築の大陸、第一都市アルグレア

 船が大陸の港に着くころ、朝霧の中に巨大な街影が現れた。

 白い尖塔群が陽光を反射し、空にまで届くようだった。

 その名は――アルグレア。

 「自由を祀る都市」。


「……まるで神殿の街だな」

 甲板の上でエリオスが唸る。

 街全体が円形構造で、中央の塔を中心に放射状に広がっている。

 だが、不自然な静けさがあった。


 人々は微笑みながら歩く。

 誰もが“穏やかすぎる”。

 露店の商人も、通行人も、言葉を交わさずただ頷き合っている。


「……空気が違う。

 “選んでいない”匂いがする」


 カイルは目を細めた。

 足元の石畳に、微細な光の線――“自由律の残響”が走っていた。



 街の入り口には石碑が立っていた。

 そこにはこう刻まれている。


『我らの自由は、欲望のままに在る』


 それを見た瞬間、カイルの心にひやりとした感覚が走った。

 自由の言葉は、同時に“責任の死”を意味していた。


「……この都市、もう“自由律”を神格化してますね」

「つまり、また神が生まれたってことか」

「ええ。今度の神は、“人間の中”に」



 中央塔に向かう途中、街の広場に群衆が集まっていた。

 中央で演説をしているのは、一人の青年だった。

 長い外套に金糸の刺繍。

 瞳は燃えるような赤。


「民よ! もう秩序も王も要らない!

 我らは欲するままに生き、愛し、奪い、笑う!

 これこそ真の“解放”だ!」


 群衆が歓声を上げる。

 その姿は熱狂というより、酔いだった。


 カイルはエリオスに囁く。

「彼が……“自由律教団”の後継者ですね」

「名前は?」

「聞かずとも分かります。

 ――“ルシエル”。リサの“もう一人”。」


 その名を口にした瞬間、カイルの胸ポケットでリサの欠片が微かに震えた。



 演説を終えたルシエルが、二人の前に立った。

 微笑は穏やか、声は柔らかい。

 だがその奥に、奇妙な圧力がある。


「あなたが、秩序を壊した設計者ですね」

「ええ。あなたは“自由律の信徒”の代表ですか?」

「信徒? 違います。私は神そのものです」


 言葉の意味を測る間もなく、ルシエルの周囲の空気が歪んだ。

 建物の影が溶け、色が反転する。

 そこに立つだけで、現実の法則が緩むような圧。


〈自由律コア・第二覚醒〉

〈新概念生成――“欲望自治”〉


「欲望は罪じゃない。

 欲望を抑える秩序こそが、人を腐らせる。

 だから私は、誰の欲も否定しない」


 広場にいた人々が一斉に膝をつく。

 誰もが恍惚の笑みを浮かべ、うっとりと目を閉じた。


「……それ、支配ですよ」

 カイルの声は低い。

「欲望を制御しない自由は、檻のない牢獄です」

「違う。檻の鍵を持つのは、私ではなく彼ら自身」

「けど、鍵を“捨てさせてる”のは、あなたです」


 ルシエルの笑みが薄れる。

「あなたの秩序は、まだ“他者”に依存している。

 私は“完全な孤立”の自由を作る」


「孤立は、自由じゃない。孤独です」


 次の瞬間、ルシエルの手が宙を払った。

 光が空を裂き、街全体が震える。


〈概念干渉開始〉

〈全市民の“欲求”を共鳴化〉


 人々が同時に立ち上がる。

 瞳は赤く輝き、理性の色を失っていた。

 欲望だけを共有する群体――“共鳴自由群シンク・コード”。


「カイル!」

「分かってます。――“再構築”起動」


 彼の掌から光が広がり、空間に幾何学模様が走る。

 ルシエルの“共鳴律”とぶつかり合い、世界が軋む。


 しかし、今回は圧倒的だった。

 ルシエルの力は“神の残響”ではなく、人間の群意そのもの。

 秩序も自由も超えた、“集団の意志”。


「……これが、人の“欲”の形ですか」

 カイルは歯を食いしばりながら言う。

「なら――これごと、整えてやります」



 光の奔流の中で、カイルの意識に誰かの声が届いた。

 優しい、懐かしい声。

 ――リサだ。


『カイルさん。自由律の欠片、まだ持っていますね。

 あれは、私の心の残り。

 でも、それだけでは足りません。

 “あなたの心”も、自由にしてあげて』


「……俺の?」

『あなたも秩序に縛られている。“片づけ続けなければ”って。

 でも、人は――時々、散らかしたままでいいんです。』


 カイルの目が見開かれた。

 胸の中で、何かがほどける。

 “正しさ”への執着が、少しだけ溶けた。


 その瞬間、彼の魔法陣が変質した。

 直線と曲線が混ざり合い、柔らかな形を取る。


「――“再構築:感情仕様”」


 光が街を包み、人々の瞳から赤が抜けていく。

 泣く者、叫ぶ者、笑う者。

 欲望が、再び“個の感情”へと戻っていく。



 ルシエルは息を呑み、カイルを見つめた。

「……そんな再構築、理屈に合わない」

「理屈じゃなく、“気持ち”ですよ」

「そんな曖昧なものが――」

「曖昧こそ、設計の余白です」


 ルシエルの姿が揺らぎ始める。

 光の粒が崩れ、風に散る。


「……人は、本当に自由を使いこなせると思うのか?」

「ええ。散らかしながら、何度でもやり直せます」


 ルシエルは静かに笑った。

 その笑みは、どこか懐かしかった。


「――そうですか。なら、見せてください。

 “やり直す世界”を。」


 光が消え、風だけが残った。



 夕暮れ、カイルとエリオスは丘の上から街を見下ろしていた。

 アルグレアの尖塔は、今や黄金に染まり、穏やかに煙を上げている。

 街は破壊されなかった。

 だが、変わった。

 “祀る”から“暮らす”へ。


「……お前の片づけは、本当に終わらねぇな」

「終わらなくていいんです。

 だって――“生きる”って、散らかすことですから」


 風が吹き抜け、街の灯りが一つ、また一つと点いた。

 不揃いな明かりが、夜の帳を押し返す。



次回 第2部・第6話「感情の街、夢を紡ぐ工房」

――アルグレアの再構築後、カイルは“感情を素材にする工房”を設立。

しかし、そこに生まれた“夢を売る職人”が、次の災厄の種となる――。

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