第2部 第4話 再構築都市、目覚め
朝霧の中、王都がゆっくりと息を吹き返していた。
瓦礫の間を通る風は柔らかく、破壊の跡を撫でるように流れる。
人々は立ち上がり、誰に言われるでもなく掃除を始めていた。
「壊れた街を、自分で片づける。
いい流れですね」
庁舎の屋上からその様子を見下ろしながら、カイルは微笑んだ。
隣でエリオスが肩をすくめる。
「そりゃお前の弟子みたいなもんだろ。
“片づけ屋の国”って感じだ」
カイルは苦笑する。
「そんな看板、掲げるつもりはないんですけどね」
◇
街の中央広場。
子どもたちが拾った瓦礫を積み上げ、即席のモニュメントを作っていた。
崩れた塔の破片を組み合わせ、意味のない形に並べている。
――だが、それは奇妙に美しかった。
「ねぇ、これ、“リサの光”みたいじゃない?」
「うん、でももう怒ってない顔してる」
「じゃあ、これが“自由律の女神様”だね!」
笑い声が広がる。
その瞬間、カイルの胸ポケットで“欠片”が淡く光った。
まるで子どもたちの声に応えるように。
「……反応してる」
「リサのか?」
「ええ。まだこの街を見ているようです」
カイルは欠片を取り出した。
それはまるで心臓の鼓動のように、一定のリズムで光っていた。
彼は広場の中心にしゃがみ込み、欠片を地面に埋めた。
――“再構築の核”として。
「これで、王都はもう一度、生き方を選べるはずです」
◇
夜。
街中に微細な光が浮かび上がった。
道の縁、屋根の影、噴水の水面。
まるで街そのものが“呼吸”を始めたかのようだった。
光は人の動きに反応して揺れ、
時に導き、時に照らし、時に見守った。
翌朝、職人たちは言った。
「夜になると道が光る。まるで誰かが“歩け”って言ってるみたいだ」
「商人たちは“声”を聞いたってさ。『値切りすぎるな』って」
「教会では、“祈るな、語れ”ってさ」
人々は最初こそ戸惑ったが、次第に理解した。
それは命令ではなく、“街そのものの対話”だった。
◇
庁舎の一室。
報告書をまとめていたカイルの机に、ひとつの手紙が届いた。
――差出人:名無し。
中には、子どもの字でこう書かれていた。
「カイルさんへ。
ぼくたちは、もう自由に笑っていいの?
まちがっても、またやりなおしていいの?」
カイルは少しだけ目を閉じた。
答えは決まっていた。
けれど、書く文字に少しだけ時間をかける。
「間違えるのは、自由の証拠です。
でも、“誰かのためにやりなおす自由”を忘れないでください。」
ペンを置くと、机の上の欠片が淡く光った。
その光は書いた文字に触れ、手紙をやさしく包み込んだ。
まるで街そのものが、その言葉を覚えているかのように。
◇
数日後。
王都の地図が書き換えられた。
新しい区画の名前は――「再構築区」。
中央広場には“自由律の女神像”が建てられた。
だが、その顔は左右非対称で、目の高さも揃っていない。
片方の手には秩序の書、もう片方の手には空の器。
「……完璧じゃない」
「だからこそ、美しいんです」
カイルは呟いた。
街の空には、半円の光がまだ浮かんでいる。
秩序神の残響。
あれは、監視ではなく――“観察”。
「世界は見られてる。でも、もう縛られてはいない」
カイルの言葉に、エリオスが頷く。
「で、次は?」
「外です」
「外?」
「“再構築の大陸”。他の街は今も混乱の最中。
秩序を失い、自由を暴走させた土地を、片づけに行きます」
エリオスは苦笑した。
「お前、ほんとに休む気ないな」
「ええ。だって“片づけ”に終わりはありませんから」
◇
夜、カイルは再び手帳を開いた。
そのページには、新しい見出しが書かれていた。
『世界設計計画・第三段階:感情の都市化』
――“心”が街を作り、“街”が心を育てる構造へ。
ペンを走らせながら、彼は小さく笑った。
「次は、“生き方を設計する”番か」
窓の外で、王都が静かに瞬いた。
それは、かつての秩序の光ではない。
人の手で灯された、不揃いで優しい灯りだった。
◇
次回 第2部・第5話「再構築の大陸、第一都市アルグレア」
――“自由を祀る街”で、カイルを待つのは神でも魔でもない、“人の欲望そのもの”。