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第2部 第3話 概念の海、そして再構築

 ――音が、消えた。


 目を開けた瞬間、そこには“世界”がなかった。

 空も、地も、時間も。

 ただ、無数の色が溶け合う海が広がっている。

 それは液体のようでもあり、光そのものでもあった。


 カイルは、浮いていた。

 自分の体があるのかすら分からない。

 だが、意識だけが“在る”。


「……ここが、“自由律”の中か」


 声を出しても、空気が震えない。

 代わりに、波紋のような光が周囲に広がる。

 感情がそのまま“現実を変える”空間。

 ここでは理屈も物理も意味を持たない。


 ――概念の海。

 人々の心が作り出した“自由”の極地。


〈ようこそ、アーキテクト〉


 声が響いた。

 音ではなく、思考そのものが形を持って届く。


〈あなたは秩序を壊し、自由を作った。

 ならば、この“すべての自由”を整えなさい〉


「……その言い方、まるで試験官ですね」

〈ここは試験だ。人の心が、どれほど自分を保てるか〉


 カイルは笑った。

「なるほど。“心の片づけ”ってことか」



 足場もない空間を進むと、光の塊が浮かんでいた。

 それぞれの中には、人の記憶がある。

 誰かの笑顔。

 誰かの怒り。

 誰かの諦め。


 そのすべてが、秩序なき形で漂っていた。


 ――これが、「自由すぎる心」か。


 カイルは手を伸ばした。

 一つの光が反応し、彼の掌に触れる。

 すると、映像が流れ込む。


 戦争で倒れた兵士。

 後悔する母。

 泣き続ける子ども。


〈悲しみは不要。削除しますか?〉

 海の声が問う。

〈痛みを消せば、心は軽くなる〉


 カイルは、静かに首を振った。

「悲しみを消したら、“優しさ”の形がなくなる。

 だから、残します」


〈理解不能。非効率〉

「それでいい」


 光の塊が淡く輝き、彼の後ろに浮かび上がった。

 それは“残された感情”の記録。

 ――心を構成する、欠けてはいけない一片。



 さらに進むと、光の海がゆらぎ、人影が現れた。

 リサだった。

 だが、彼女の輪郭は崩れかけていた。

 髪も瞳も、色を失い、半透明になっている。


「……あなたも、来たんですね」

「あなたを迎えに来ました」

「もう、遅いですよ。この世界は“選ばない自由”を完成させる」


 リサの周囲で光が渦を巻く。

 その中に、無数の人の心が閉じ込められている。

 誰もが穏やかに眠り、夢を見ている。

 痛みも争いもない。

 けれど、そこには生の動きがなかった。


「……これが、あなたの理想?」

「そう。もう誰も苦しまない世界」

「でも、笑う人も泣く人もいない」

「だから、静かで美しい」

「静かは、死と同じですよ」


 カイルはそっとリサに手を伸ばす。

「あなたは、“選ばれなかった神”。

 でも、神じゃなくていい。人に戻ってもいい」


 リサはゆっくり首を振る。

「戻る場所なんて――」

「ありますよ」

 カイルは微笑んだ。

「誰かが、あなたを思い出す限り。

 “記憶”は散らかっても、消えませんから」


 その言葉に、リサの瞳がかすかに震えた。

 光の海がざわめく。


〈異常値検出〉

〈個体“リサ”に揺らぎ発生〉


「……やめてください。これ以上、私を――」

「整えるんじゃない。あなたを、そのままにしておくんです」


 カイルの周囲に光の粒が集まる。

 秩序でも、自由でもない。

 ――“選択を保留する空間”。


 それは、彼だけが持つ“余白の力”。



 海が波打つ。

 リサの身体から光が抜け、断片が砕ける。

 塔の暴走を起こした“自由律のコア”が露出した。

 それは、純粋な願いの形――

 **「誰も傷つけたくない」**というたった一つの思い。


 カイルはその核を両手で包み込む。

 冷たくも温かい、矛盾の塊。


「あなたの自由は、やさしすぎた。

 だから、壊すんじゃなく――折りたたんで持って帰ります」


〈折りたたむ……?〉

「全部は無理でも、“必要な部分”だけ整理できるんですよ」


 光が静まり、世界が再構築される。

 秩序と自由の間に、わずかな“余白”が生まれる。

 そこに、リサの意識がそっと落ちていった。


「……ありがとう、カイルさん」

「いえ、これは片づけの途中です」

「次は、あなた自身を……整えてくださいね」


 リサの身体が光に変わり、消えていった。

 残ったのは、淡い欠片ひとつ。

 彼女の祈りの名残だった。



 次の瞬間、光の海が崩壊を始める。

 全方位から、概念そのものが砕けていく。

〈環境維持不能〉

〈強制帰還プロトコル発動〉


「戻る時間ですね」


 カイルはポケットに欠片をしまい、微笑んだ。

「……片づけ、ひとまず終了」


 光が走り、世界が反転する。



 ――目を開けると、そこは王都の塔の上だった。

 崩れかけた天井から朝の光が差し込む。

 エリオスが駆け寄る。


「生きてたか!」

「はい。まぁ、少し夢を見てました」

「夢?」

「自由の夢、です。甘くて危険で……でも、綺麗でしたよ」


 カイルはポケットの中の欠片を見つめた。

 それは静かに輝き、まるで“心臓の鼓動”のように脈打っている。


「この世界はまだ、整っても壊れてもいない。

 だから――まだ、片づけの途中です」



次回 第2部・第4話「再構築都市、目覚め」

――カイルが持ち帰った“自由律の欠片”が、王都の人々の心に影響を及ぼす。

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