表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/27

第2部 第2話 自由律の塔、起動

 塔の内部は、光で満たされていた。

 床も壁も天井も、すべてが淡く脈動している。

 まるで“心臓”の中にいるようだった。


「……建物そのものが生きてるな」

 エリオスが剣を構えながら、低く呟く。

 壁が呼吸するように膨張と収縮を繰り返すたび、光の粒が漂った。


 その光は、触れるだけで意識を揺らす。

 心がほどけていくような――危険な甘さがあった。


〈思考制限、解除〉

〈倫理フィルター、除去〉

〈これが“自由”〉


「……声がする」

「ええ。“自由律”の声です」

 カイルは眉を寄せ、掌に魔法陣を描いた。

 ――“再構築(Rebuild)”。

 秩序の線を解析し、構造を読み取るスキル。


 見えたのは、無数の光の糸。

 それらが複雑に絡まり、中心へと向かっている。

 その核に――リサがいた。



 彼女の周囲には、秩序神の断片が浮かんでいた。

 破片はすでに融合を始め、彼女の身体に銀の模様を刻みつつある。

 表情は穏やかだが、目だけが狂気を帯びていた。


「カイルさん。あなたの作った“余白”……とても素敵でした。

 けれど、みんなその余白に不安を覚えた。だから私が埋めてあげるのです」


「自由を、あなたが埋める?」

「ええ。“選ばなくていい自由”。

 だって、人は悩むことに疲れているんですよ」


 カイルは無言で一歩踏み出した。

 周囲の光が形を変える。床が波打ち、天井から鎖のような光が降り注ぐ。


〈自由律・制御領域展開〉

〈対象:人間思考の再構築〉


「この塔は、全人類の心を“解放”する装置。

 苦しみも、選択も、責任もなくなる。

 みんな、幸せになるんです」


「それは――停止ですよ」

「違います。穏やかなんです」


 リサの声が柔らかく響くたび、光の鎖が増えていく。

 エリオスの足首にも絡みつく。


「っ……動けねぇ!」

「自由の鎖、ですか。皮肉ですね」


 カイルは左手を掲げ、腕の紋様を輝かせた。

 不均衡許容が作動する。

 空気中の秩序線が乱れ、鎖の一部がほどけた。


「あなたの“解放”は、支配と同じです。

 人は、縛られる自由も選びたいんですよ」


 リサの瞳が、冷たく光った。

「あなたはまだ“秩序”の幻に囚われている。

 見なさい――自由とは、光の海」


 彼女の背後の断片が爆ぜた。

 塔の外壁が崩れ、空が裂ける。

 光の波が街に広がり、王都全体が揺らめいた。



 外では、人々が笑い、泣き、そして突然、動かなくなった。

 笑顔のまま、涙のまま、時間が止まる。

 意識は光に飲まれ、思考が消える。


「カイル! 外が――!」

「分かってます!」


 塔の天井を突き抜け、巨大な光柱が立ち上がった。

 その中に、リサが浮かぶ。

 身体が完全に神の断片と融合していた。

 第二の神、“自由律リベラ・コード”の誕生。


〈管理開始〉

〈秩序神の欠損を補完〉

〈全存在の思考を統合し、“争いなき完全自由”を生成〉


「……また、両極端ですか」

 カイルは息を吐き、右手を突き出す。


「“再構築”――秩序と自由の境界を定義する!」


 魔法陣が塔全体に展開した。

 無数の光の線が、リサの光柱とぶつかり合う。

 秩序と自由――互いを否定する二つの概念が衝突し、

 世界が悲鳴を上げた。


〈境界定義、矛盾〉

〈融合不可〉

〈警告:理論崩壊〉


「崩壊していいんです!」

 カイルの声が響く。

「世界は、壊れて、また立ち上がる。

 だからこそ、“自由”が意味を持つ!」


〈非効率〉

「効率なんて要らない!」


 光の波が爆ぜ、空気が反転する。

 塔の上部が砕け、無数の光の粒が夜空へと散った。


 カイルは地面に膝をつき、荒い息を吐く。

 リサは光の中で静かに笑っていた。


「あなたの言葉、少しわかる気がします……でも、私はもう戻れない」

「戻れますよ。

 “片づけ”ってのは、どんなに散らかっても――

 捨てずにやり直すことですから」


 その言葉に、リサの瞳が揺れた。

 一瞬、彼女の中の光が弱まる。


 だが、その隙に塔の中心核が暴走を始めた。

〈制御不能〉

〈自由律コア、自己進化モードへ移行〉


 リサの身体が光に飲まれる。

 そして――空が割れた。



 王都の上空に、巨大な“裂け目”が生じた。

 その向こうに見えるのは、色も形もない世界――

 “自由の極地”と呼ばれる、概念の海。


 そこに無数の声が渦巻いていた。

〈選ばないでいい〉

〈考えないでいい〉

〈痛まないでいい〉


「……あれは、“心の避難所”だ」

 カイルは呟いた。

「でも、留まれば戻れなくなる」


「どうする?」

「中に入ります」

「マジか!」

「片づけは、現場主義ですから」


 カイルは微笑み、光の裂け目へと歩き出した。

 その背を、エリオスが追う。



 光の海に沈む直前、カイルは手帳を開いた。

 ページには、ただ一行。


“自由とは、散らかりの中で、自分の場所を選ぶこと。”


 ページが光り、空間に吸い込まれる。

 彼の姿もまた、光に包まれて消えた。



次回 第2部・第3話「概念の海、そして再構築」

――カイルが“自由の中の無秩序”に沈み、心そのものを片づけ始める。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ