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1.死体処理なら株式会社グリムカバーへ

 真夜中とは思えないほど、夏の森は賑やかだった。

 風に揺られる枝葉の音。得体の知れない虫の鳴き声。鳥の羽音。そして、硬い土をざくざくと掘り進める重い音。

 ひどく緊張しているせいなのか、はたまた人に見せられないことをしている後ろめたさのせいなのか、絶え間なく響くそれらの音が、いやに耳に障って仕方がない。

 本当に、これで良いのだろうか。

 震える手でスコップを振り下ろしながら、狭霧(さぎり)は心の中で自問する。

 目の前には、狭霧くらいならすっぽり入るだろう、細長く大きな穴が広がっていた。そこから少し離れた場所には、ブルーシートに包まれた死体がふたつ。そして横には、ねずみ色の作業着をまとった胡散臭い男がひとり立っている。

 

「さて、こんなもんでいいかな」

 

 ふう、とわざとらしく額を拭いながら、男はそっとシャベルを地面に置いた。あっという間に墓穴を作り上げたこの男――六道(ろくどう)とは、数時間前に初めて顔を合わせたばかりだ。張り付けたような笑みといい、狐のようなつり目といい、一見すると詐欺師としか思えないが、れっきとしたプロの死体処理業者である。……らしい。

 人づてに紹介してもらっただけだから、真偽のほどは分からない。

 

『どうもどうも、ご利用ありがとうございます。皆さまの暮らしに寄り添う、株式会社グリムカバーの六道でございます。弊社サービスのご利用料金は先払い。ご利用条件はひとつだけ。死体が生まれたご事情だけは、包み隠さず教えてください。それさえ守っていただけましたなら、私共はお客様のために全力で死体をお隠しいたします』

 

 数時間前、六道はそんな口上とともに狭霧の家を訪れた。

 本当は、他人の手なんか借りたくなかった。

 自分が高校生でなかったら、免許を持っていたら、自力でふたりを運んであげることができたなら、こんな胡散臭い男に頼る必要もなかっただろうに。

 並んで眠る、ふたつの死体をちらりと見やる。男の死体は後頭部が割れており、女の死体には腹に大きな刺し傷があった。明らかに他殺の跡がある遺体を前にして、平然と隠ぺいに協力してくれるあたり、六道はまず間違いなくまともな人間ではない。

 けれどこれもすべては兄のため。兄の名誉を守るためには、こうするしかないのだ。

 苦い思いをごくりと飲み込み、狭霧はスマホをいじる六道を睨む。

 

「……あの。こんな浅い穴で大丈夫なんですか」

「大丈夫って、何が?」

 

 一応は客商売のはずなのに、この男の話し方ときたら、そうは思えないほど軽薄だ。苛立ちを抑えつつ、狭霧は詰問するように声を張る。

 

「だから、本当にこれで死体を隠せるのかってことですよ! 土葬するなら二メートルくらい掘らないと、匂いとか虫とかで、あとからバレるんじゃないんですか」

 

 聞きかじりの知識で責め立てる。きょとんとこちらを見返して、六道は思いがけないことを言われたとばかりに苦笑した。

 

「なるほど、シックスフィートアンダーって言うもんね。大丈夫だよ。土葬するわけじゃないからさ」

「ならこの穴、何のために掘ったんですか」

「祭壇だよ。神様をお招きするには、それ相応の用意が必要だろう?」

 

 ――神様だって?

 死体を埋めるのに神も何もあるものか。ただでさえ胡散臭い業者だというのに、この上スピリチュアルな方面にまで思考が染まっているのかと思ったら、一気に不安になってきた。

 料金だって安くはないし、万一ここに置き去りにされようものなら、それだけで狭霧の人生は終わるだろう。

 不安をごまかすように、狭霧は親指の爪に歯を立てた。みっともないからやめろと兄に常々言われていたけれど、緊張すると我慢できなくなってしまう。悪い癖だ。

 

「本当に、誰にも分からないように死体を消してくれるんですよね」

「もちろん。それが私共のお仕事でございますのでね! お代も先払いで頂戴してますし?」

 

 悪徳セールスマンのような口調で(うそぶ)きながら、六道は安心しろとばかりに口角を上げた。全然ちっとも安心できない。


「お代といえば――」


 思い出したように六道が声を上げた。

  

「狭霧さん、高校生だよね? 今夜のことは親御さんも承知の上?」

「……関係ありますか、それ」

「あるかもしれないし、ないかもしれない。話せることは、話しておくといいかもよ」


 意味深に呟きながら、六道はにんまりと笑った。何を考えているのか分からない人間は、不気味で怖い。

 

「別に君の事情を無駄に詮索したいわけじゃない。うちのサービス、安くないだろ? 普通の高校生に出せる額じゃない。よくもぽんとあの金額を出せたもんだなって思ってさ」


 怪しまれているのだろうか。死体を隠すことを生業にしているような人間が、金の出所なんて気にするとは思えないけれど。

 迷った末に、狭霧はためらいながら口を開く。

 

「親は元々いません。とっくにふたりで心中しました。今日お支払いしたのは、兄と俺がふたりで動画を作って稼いだ金です」

「おっと。複雑なご家庭なんだ。でも、お兄さんとは仲が良かったんだね」

 

 話しながらも、六道は恭しくふたり分の死体を穴の中へ横たえていく。それが済むと、今度はリュックサックから丸っこいフォルムの石像を取り出した。ウーパールーパーのような形をした、おかしな石像だ。

 

「そんなに仲良しだったなら、なんで君のお兄さんはここで死んでるの? これやったの、君だよね?」

 

 頭のへこんだ男の死体――狭霧の兄を指さしながら、六道は不思議そうに尋ねてきた。

 狭霧の服には、兄と揉みあいになったときの血がべったりとついている。自分がやったと思われるのも当然だ。

 狭霧は黙って頷いて、じっと兄の死体を見下ろした。

 頭の傷を除けば、兄は眠っているかのように穏やかな顔をしていた。精悍で知的な容貌は、死体になったってちっとも損なわれやしない。いつだって狭霧の憧れだった硬派な佇まいには、洒落たピアスがよく似合っていた。

 しげしげと兄の死体を観察しながら、六道は独り言のように言葉を続ける。

 

「頭も砕けてるけど、決め手は首の締め跡っぽいなあ。お兄さん、自分で首を吊ったのか。それに、こっちの女の子も……刺されたんだか自分で刺したんだか、微妙なところだね」

 

 六道の言葉に導かれるように、狭霧は女の死体に目を向けた。

 穏やかな顔で死んだ兄とは対照的に、制服姿の女の死体は恐怖で引きつった顔をしていた。とんぼ玉の髪留めが、ほつれた髪に絡まっていて痛々しい。いつも髪に気を遣っていた彼女は、こんな姿を見たら嫌がるだろう。気が動転していたせいで、今の今まで気づかなかった。

 もっと早く気がついてあげられたらよかった。

 そっと隣にしゃがみこみ、狭霧は手ぐしで彼女の髪を直してやる。


「この子は……刺されたんです。お腹に刺さっていた包丁は、俺が抜いてしまいましたけど……」

「ふうん。まあ、家に血の海できてたもんね。そっちも今ごろ、俺の同僚がぴかぴかにしてくれてるはずだ。安心しなよ」

 

 聞いてもいないのにそう言って、六道は朗らかに言葉を継いだ。

 

「で、この子はお兄さんの彼女? あっ、さては無理心中とか?」

「違います。俺の彼女でした。殺したのは兄です」

「わお。君のまわり、複雑すぎない?」

 

 軽薄な声を聞き流しつつ、狭霧は冷たくなったふたりの顔を、少しでもきれいにしようとハンカチで拭っていく。

 

「そんなに複雑な話じゃないんです。兄は――」

 

 話そうとしたのに、言葉が喉につかえて出てこなかった。

 狭霧がふたりの死を目の当たりにしたのは、ほんの数時間前のことなのだ。自分でも、まだろくに消化しきれていなかった。

 でも、言葉を止めることは許されない。

 死体を綺麗に消す条件は、嘘偽りなく死体が生まれた事情を語ること。六道はたしかにそう言った。


「お兄さんは、何だい? ゆっくりでいいよ。聞かせて」

 

 得体の知れない墓穴掘りは、貼り付けたような笑みとともに、じっと狭霧を見つめていた。

 下手に事情を隠せば、何をされるか分からない。

 狭霧は一度だけ深呼吸をして、覚悟を決めた。

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