第12話「ママは、おっぱいがおおきくて、やわらかいです!」
「むらさめ、ないてる? かなしいの?」
ナイフで一生懸命にステーキを切っていたサファイアが、俺の様子に気付いて手を止める。
おっとと。
今は楽しい食事の時間だ。
感傷に浸っている場合ではない。
「あまりに美味しくて涙が出ちゃったんだよ」
俺は少し誤魔化すように答えた。
と言っても嘘を言っているわけじゃないしな。
ミリアリアの料理は本当に美味しいから。
「もぅ、カケルパパってば、何度も言われたら恥ずかしいじゃないですか。ではデザートのアップルパイは、特別に大きいのをあげちゃいますね♪」
ミリアリアがそれはもう恥ずかしそうに頬を染めながら、けれどなんと嬉しそうにつぶやいたのだが――、
「むーっ! むらさめ、ずるい! サファイアも、おおきなアップルパイ、たべたい!」
それを聞いたサファイアが、必死な顔でミリアリアに訴えかけた。
「サファイア、こういう時はミリアリア――ママを褒めるんだ。人は褒められると嬉しくなる。そうすると大きなアップルパイがもらえる」
俺は横からささやかなアドバイスを送る。
「なるほど! サファイアも、ほめられると、うれしいです!」
「だろ? ほら、ミリアリアママのいいところを褒めてごらん?」
「えっと、ママは、びじんで、やさしくて、かっこよくて、サファイアをたすけてくれて、おりょうりがとってもじょうずで、あと、おっぱいがおおきくて、やわらかいです!」
「ぶっ――!」
あ、あぶねぇ!?
最後のセリフに、思わずスープを噴き出しかけたぞ!?
「さ、サファイア!?」
ミリアリアに視線を向けると、顔を真っ赤にしていた。
「どうかしたの?」
しかし俺たちの反応の意図がサファイアには分からなかったようで、サファイアはわずかに目を見開きながら、不思議そうに小首をかしげている。
いやまあ本当に変な意図はなくて、単に自分が思った通りのことを言ったつもりなんだろう。
実際に褒めているのは間違いないしな。
母親の愛情に飢えているであろうサファイアが、ミリアリアのおっぱ――こほん、胸に強い関心を示すのは当然と言えば当然だ。
ただちょっと、俺がいる前だとミリアリアも恥ずかしいだろうと言うだけの話なだけで。
しかしミリアリアは内心の動揺そのままに、まっ赤な顔のまま、ぎこちない動作で俺を見る。
俺も内心ではまだドキドキしてはいたものの、冷静な表情をことさら強く意識しつつ、落ちつけと小さくジェスチャーを返した。
それを見たミリアリアは軽く深呼吸をすると――まだ顔は赤いままではあるが――言った。
「ふふっ、そうね。今日はお手伝いもしてくれたし、サファイアのアップルパイも大きいのにしましょうね」
OK。
まだ声は少し上ずっているし顔は赤いが、及第点だ。
「やったぁ!」
「でも、まずは晩ご飯を全部食べてからね?」
「ばんごはんも、おいしいから、いっぱい、たべる!」
「いいお返事ね」
……ほんといいな、こういうの。
本当にいいよ。
だから俺は守らなくちゃいけない。
何があっても、絶対に。
サファイアを守り抜く。
たとえ誰が襲ってこようが、俺とミリアリアとイージスで撃退してみせる!
俺は強い決意を抱くとともに。
優しく微笑むミリアリアと、満面の笑みで頷いたサファイアを心休まる穏やかな気持ちで見守りながら、3人での初めての家族団らんの食事を満喫した。