もう一度
どれくらい走ったんだろう。どれくらい跳んだんだろう。どれくらい逃げたんだろう。
逃げ切った。そうだ。逃げ切った。私、星月夜翡翠は安心する。心にあった恐怖がすっきりと消えた。
あれから私はただひたすら走った。何も考えずに。そして、気がついたら希望学校まで戻ってきた。
今は、中央の噴水に腰掛けている。なんとなく、ここへ来た。
目の前には、ユェンユェンとメロディー先輩がいる。
ユェンユェンがまず口を開く。
「……どうした?」
メロディー先輩も口を開く。
「翡翠ちゃん。お久しぶり。一人なの?げ、ん、き?」
二人のいつも通りな感じに私は落ち着いてきた。必死すぎて忘れていたことがあった。珠夜さんのことだ。三傑さんの話が本当なら、珠夜さんは…………
「あの、その、ユェンユェンも、メロディー先輩も虹蝶九十九って知ってますか?」
ユェンユェンは首を傾げるが、メロディー先輩は頷いてくれる。
「やられたんです……珠夜さんが」
言葉がつまりそう。でも、言わなきゃ。
「やられたって……翡翠ちゃん!?」
メロディー先輩が慌てた表情になる。
「……」
私は黙ってしまった。でも、メロディー先輩は慌てて質問してくる。
「翡翠ちゃん、それで一人!?マヨタンちゃんのことはとりあえず置いといて、望初ちゃんは?」
珠夜さん……
「望初さんは、最近会ってないです」
望初さん、どうしてるんだろう?魔法屋にいるのかな……
「死神山へ行ったとは聞いてたけど……ユイッチや栄華さんが行ったから、あんまり何も考えていなかったわ……」
メロディー先輩が遠い目をする。なんだかはかない表情。胸が締め付けられる。
「……」
私は何も言えない。言える言葉なんてない。
「むぼう?死ぬ……?」
ユェンユェンの視線が痛い。
みんな黙り込む。
死神は強い。その認識はしっかりしておかなくてはならなかった。
取り返しのつかないことになった。実感がなかった。自分の無事に安心しきってしまっていた。
なのに、急に実感が湧いてくる。思わず呟く。
「……珠……夜……さん…………」
涙が出てくる。
「珠夜さん!珠夜さん!珠夜さん!私がっ!もう!珠夜さん!ごめんなさい!私のせいで!」
私は狂ったように叫んでいた。自分が許せない。なんで今の今まで、自分の箏しか考えていなかったの?
「死んだ?もういない?」
ユェンユェンが首を傾げている。
「マヨタンちゃん……」
メロディー先輩の目は虚ろだ。
もう生きていけない……
でも、生きなきゃいけない……
珠夜さんの全てを背負って。
「ひすい?たまよのために、何ができる?」
そんな中、ユェンユェンが辺りを見渡し始める。
「……ユェンユェン?」
私にできたのは、名前を呼ぶことだけ。
「うん?私にも?責任ある?秋月子栗鼠なんて、言わなければ?」
そんなこと……
「あなた、秋月子栗鼠は死神三傑なのですよ?勉強不足なのですか?」
そこに割って入った声は幽依先輩のものだった。
その内容は聞き捨てならないものだった。
「子栗鼠ちゃんが……?」
驚きを感じない。実感がなさ過ぎて。
「そうなのです」
幽依先輩が淡々と答える。
「そんなわけないじゃないですか!」
無駄に怒鳴ってしまった。感情が安定しない。それを幽依先輩にぶつけてしまった。申し訳ないと思い、後悔するがもう遅い。
「はあ、通りで死神山に突っ込むわけなのです。完全に騙されてるのです」
幽依先輩は呆れていた。
「ユイッチ、もう少し優しく……」
明里先輩も来ていた。
「と、に、か、く~喧嘩しちゃダメ」
メロディー先輩が慌てて仲裁に入る。
「うるさいのです、とにかくまずは事実の確認をするべきなのです」
幽依先輩が正論をぶつけている。
「事実をそのまま言っても受け入れられないことだってあるのよ」
明里先輩が反論する。おかしいな、2人とも正論を言ってるのに揉めている。
メロディー先輩が呆れたように2人を連れてどこかへ行く。
ここにいるのは私とユェンユェン。
「ひすい?一緒に、死神山、行く?」
ユェンユェンが思いがけないことを言った。
「えっ……?」
私は思わず呟く。
「妹、ツェンツェンも、いるはず?」
そっか、まだ、珠夜さんが死んだと確定したわけではない?のか。死んだ可能性は高い。でも、珠夜さんの死が受け入れられなくて、私はわずかな可能性にすがってしまう。
「行きましょう、珠夜さんも、妹さんも、助けます」
子栗鼠ちゃん、結局何者なんだろう。強制送還されなかったから、死神ではないという結論だったと思うんだけど。
「いこ?でも、2人じゃ無謀。だから、頼んでおいた」
ユェンユェンがなんだか頼もしい。頼んでおいたって何だろう。
「向かおう?」
そうして私たちは歩き始めた。無言のまま。決意を固めて。
死神山の入口辺りにたどり着いた。そこには2人の人が立っていた。
「どうして私なのかしらぁ?」
知らない人。
「ん……レンレンに頼んだ。魔法学校の強い人……」
なるほど?ユェンユェンの人脈ってすごいのかもしれない。
「仕方ないわよぉ。帆野歌たんの頼みだものぉ、私は強護よぉ。」
強護さんは気だるそうだ。
「よろしくお願いします」
私はできるだけ丁寧に頭を下げた。
「僭越ながらご一緒させていただきます。エリカ・モノ・マリーと申します」
もう一人の魔法学校の人、エリカさんはなんだかやる気満々っぽい気がする。
「行くよ?」
そんなこんなで、ユェンユェンを先頭にして私たちは死神山へ入る。
絶対に、助けます。珠夜さん。




