珠夜戦
迷う時間はない。でも、迷うことは何もない。私、星月夜翡翠は答えを叫ぶ。
「どっちも取るに決まってます!!!」
私はまず、るるを部屋でたった一つの椅子に座らせる。
そして、椅子の引き出しを思いっきり引く。紙束が飛び出たが、知らない。引き出しを珠夜さんに向かって思いっきり投げつける。
珠夜さんは突然の奇襲に驚いて、一瞬隙を見せる。そこで、望初さんは詠唱する。
「感謝するわ!固有魔法、魔法屋店主、侵入不可領域!」
虹色の波紋が広がる。珠夜さん以外の死神は今いない。よって珠夜さんと望初さんの一対一だ。
「珠夜。お願い戻ってきて!」
望初さんは真っ直ぐに珠夜さんを見据える。
「嫌だ。マヨタン戻ったらゾメッチに勝てない!」
珠夜さんは狂ったように叫ぶ。
「私より珠夜の方が断然強いわよ……」
望初さんが小さく呟いた。
「…………嘘つき…………うそつきィィ!」
その間に、椅子を押して扉に向かう。
扉を開けて、るるのポケットから電話を取り出し、119にかける。ここがどこだがいまいち分からないが、隣にあった看板言っとけば大丈夫なはず。電話あってよかった。
そして、るるを地面に寝かせておき、椅子を持って中にはいる。そして、扉を閉める。これで大丈夫だろう。
そして、珠夜さんと望初さんを見た。
珠夜さんが先に詠唱した。
「超級魔法、火属性、灼熱絶火」
望初さんも迎撃する。
「中級魔法、水属性、水鉄砲!」
お互いの魔法が相殺される。二人はまだまだ魔法を続けた。
前回も見た、圧倒的な風刃。
「超級魔法、風属性、爆風神刀」
そして、空気が凍てつく。
「中級魔法、氷属性、氷結」
そんな魔法の応酬は続く。
次第に珠夜さんが疲弊し始めた。まぁ超級魔法と中級魔法。超級魔法の方がエネルギーの消費は多そうだ。
その隙を見て、望初さんは声をかける。
「珠夜。お願い!戻ってきて!」
珠夜さんは動じない。
「嫌だ!マヨタンは、マヨタンは、マヨタンは強く!ゾメッチより!強く!」
様子が若干変わる。望初さんにも焦りが見られる。
「珠夜!」
望初さんもそう言うのが精一杯だったのだろう。
「マヨタン。死神に!なる!なる!もっと!強く!」
珠夜さんは何だか苦しそうにも見えた。
「やめなさい…………!珠夜!」
珠夜さんのフード付きマントの金のボタンが光る。望初さんの慌て方からして、死神になる予兆なのだろう。
望初さんは、後先考えず、珠夜さんに向けて走り出す。
珠夜さんはそれを待っていたかのように、
「超級魔法、火属性、灼熱絶火」
魔法を放つ。
しかし、望初さんも抜け目がない。
「固有魔法、魔法屋店主、蝶ノ舞!」
魔法の力で珠夜さん渾身の魔法をあっさりとかわし、珠夜さんに向かって進み続ける。
珠夜さんは諦めない。
「ぐぅっ。超級魔法、風属性、爆風神刀っ!!」
しかし、望初さんの魔法は凄まじい。絶妙に風の刃をかわしていく。
望初さんの手が珠夜さんに触れる直前。珠夜さんには隠し球があったようだ。
「固有魔法!風属性!俊足ぅ!!」
恐ろしい速度で、部屋を縦横無尽に駆け回る。るるを外に出しといてよかった。
望初さんの手は寸前のところで回避された。珠夜さんは今も移動し続けている。位置の特定はできない。しかし、時間はない。珠夜さんが死神になってしまう。
「どうしよう………………」
望初さんは思わず呟いていた。
気持ちはわかるがとにかく時間がない。
「望初さん追いかけてください!最短距離で走り続けてください!」
私だって戦えるから。一つ、策を練ってみた。
「でも……そうね!」
望初さんも普通に足が速かった。珠夜さんの内側を回り込むことでついていけるレベルで。
私は落ちた紙束の中から、昨日読んだ魔法一覧が載ってる紙をひろう。2人にぶつからないよう部屋の隅へ移動。
改めて魔法一覧を見る。絶対やばいやつも多いから、とりあえず初級魔法を全部やってみようと思った。一瞬でも珠夜さんに隙が出来れば、望初さんはなんとかできると思う。
「初級魔法、火属性、火球!!」
出ない。厨二病みたいで恥ずかしいが、さっさと次にいく。
「初級魔法、水属性、水球!」
出ない。それでも、少しの可能性に縋り続ける。
「初級魔法、雷属性、雷鳴!」
出ない。大丈夫。まだ半分ある。
「初級魔法、風属性、追風!」
出ない。でもまだ希望が捨てきれなくて。
「初級魔法、氷属性、粉雪!」
出ない。少しでも力になりたいから。
「初級魔法、草属性、葉弾!」
出ない。次で最後の希望だ。
「初級魔法、無属性、攻撃!!」
出なかった。どれも出ない。
まあ、当たり前っちゃ当たり前だな。
よし、決めた。なんか適当なこと言って珠夜さんの気持だけそらそう。私は椅子を持った。そして、なんかそれっぽくなりそうな奴を叫んだ。固有魔法なら、知識にないものもありそうだから、警戒してくれるだろう。
「固有魔法、無属性、超速魔弾!?」
という感じに言ってみた。超恥ずかしい。そして、椅子を投げた。
よく即興でここまで出来たな、私。
珠夜さんが、やばそうな名前に反応して、椅子に向かって魔法を放った。
「超級魔法、火属性、灼熱絶火」
熱い熱い火を前に、椅子は一瞬で燃え尽き、私の方に魔法が向かってくるが、紙束を踏んで、滑って転ぶことで回避。全部大事そうな書類だ。すみません、反省はしてません。
そして、珠夜さんが詠唱した隙を望初さんは逃さない。
「珠夜!」
やった!望初さんが珠夜さんを捕まえた。
「珠夜!」
珠夜さんは望初さんに捕まっても詠唱を諦めない。
「固有魔法!風属性!俊足ぅ!!」
望初さんは正確に珠夜さんを押さえつける。この魔法のこと、知ってるんだろうな。
「無駄よ!」
望初さんは離さない。
「絶対あなたを離さない!」
珠夜さんはその気迫に一瞬怯む。そのとき、望初さんの髪、不自然に短い部分を見る。
「ゾメッチ、恩人。ウグゥ。マヨタン死神になっちゃう。戻りたい」
珠夜さんの目に光が戻る。
「珠夜!金のボタンを壊して!」
望初さんはすかさず指示をする。
「うん。えいィ!超級魔法、火属性、灼熱絶火」
珠夜さんの魔法が当たる直前。ボタンが自発的に爆発した。珠夜さんの魔法は打ち消されてしまう。
「あぁ」
もう戻れないのか?と珠夜さんは絶望の声をもらす。
「私がさせない!」
望初さんは、爆発した金のボタンを飛び散る前に両手で囲み、飛び散るのを思いっきり防ぐ。
「絶対!珠夜は死神にしない!」
しかし、爆発の強さに望初さんもギリギリだ。ボタンを直すことはできないだろう。
私にできることを考える。爆風の強さに、私は近づくことすらできない。むしろ。立っているだけで誇れるようなレベルだった。
物を投げても届くことはないだろう。
そもそも投げるものがない。部屋にあるのはそこらに舞っている紙束だけだ。
どうしたらいいんだろう。必死に考える。
誰かがここでチートに目覚めることぐらいしか思いつかない。
誰が?
どうしたらチートに目覚められるのか。
いや、私がやるしかない。
瞳を閉じる。そっと瞼の裏を見つめる。
瞼の奥に浮かぶもの。
『翡翠』
君は私。私は神だ。
霊界への干渉を制御しろ。
私は翠の石を使うことができる。
そう言っている。
もう、何が何だかよく分からない。ただ、最後の一手として、その言葉を信じてみる。
「固有魔法、翡翠神、干渉制御!!」
出るわけない。
でも、魔法は、出た。
おそらく、霊界のものへの干渉を制御できるようになった。
爆風への干渉を外す。真っ直ぐ望初さん達に近づける。
「望初さん!珠夜さん!」
爆風は私には通用しないから、私はボタンを元に戻せるかもしれない。
望初さんの手を支える。そして、爆風の影響を無視してボタンを圧縮する。
ボタンの爆風が止まったらしい。ボタンが元に戻る。
「珠夜!」
「珠夜さん!今です!」
望初さんと私は珠夜さんをみる。
「あり……が、とう!超級魔法、火属性、灼熱絶火!!」
珠夜さんのボタンは今度こそ、珠夜さんの手で破壊された。
珠夜さんの魔法はなぜか透けたため、私は無事だったが、望初さんが巻き込まれて3mほど吹っ飛んで行った。
そのままみんなで倒れ伏した。