珠夜さん!?
でも、この人、知ってる。
「珠夜、さん……?」
ぼんやりとした意識のまま私、星月夜翡翠は呟く。
「そうだよ!」
橙色の目。明るい表情。
あ、珠夜さんだ。意識がはっきりとしてきた。これが走馬灯とか夢とかじゃないといいんだけどな。
「どうして……?」
とりあえず感謝するべきなのだろうけど、頭に浮かんだのは疑問だった。
ここは、人間界であるはずだ。
珠夜さんは霊界にいたはずだ。
「あ……そうだよね、たしかにびっくりするよね。いろいろあったんだよ」
珠夜さんが一瞬悲しそうに目を伏せた。本当に申し訳ない気持ちになった。
「ありがとう、ございます」
気まずいけど何とかお礼を言う。
「気にしないで、今まで散々助けてもらってたから。それより、子栗鼠ちゃん見てない?」
珠夜さんが明るく笑ってくれる。その笑顔に嘘はないように見えた。良かった。
それよりも……
「子栗鼠ちゃんに何かあったんですか?」
そこが気になる。珠夜さんは子栗鼠ちゃんを探しているってことだよね。
人間界で、霊界の存在である子栗鼠ちゃんを探してるってことだよね。
一体どういうことなんだろう。
「子栗鼠ちゃん、いなくなったんだ」
珠夜さんが俯きがちに答える。
「そう……なんですか」
なんでだろう、なんだか納得感がある。まるで、子栗鼠ちゃんがいなくなることは既に分かっていたかのような。不思議な感覚。
「ちょっと、待って!誰?何?」
起き上がったるるが不思議そうに私と珠夜さんを見た。
「あ、こんにちは、マヨタンは舞羽珠夜!マヨタンって呼んでね、よろしくね」
珠夜さんは何事もなかったかのように平然とるるに自己紹介をする。
「は……はい!マヨタンさん!私は花苗るるです」
るるが素直に珠夜さんのことをマヨタンと呼び、自己紹介をする。マヨタンって、本当に呼ぶ人いたんだ。
だってさ、あんなに仲が良くて、ゾメッチって呼ばれている望初さんですら、珠夜さんのことをマヨタンって呼んでなかったんだよ。
「天宮光輝ですの。舞羽さん、よろしくお願いいたしますわ」
天宮さんは名字呼びか。
多分、名字呼びにこだわっていると霊界で大混乱することになる。だって虹蝶いっぱいいるもん。
ってそんなことはどうでもよくて、天宮さんはいつの間にか起き上がっている。
天宮さんの横には傷を負いながらも、何とか無事な夢叶さんと操乗ちゃんが立っている。
「翡翠ちゃん、霊界、来る?」
珠夜さんがそう尋ねてくれる。
私は頷いた。身体狩りのことは気になるけど、やっぱりれみさんが心配だ。
「分かった、捕まってて!アキステノホムユリワ!」
珠夜さんが何かを言うと、視界が白く染まった。
「お兄ちゃん?」
るるは、花苗なる、のところに来ていた。つまり、私のお兄ちゃんのこと。
施設の中の部屋にずっと引きこもっている。前に出てきたのはるるが入院した時かな?
なんか、めるお姉ちゃんとよるお姉ちゃんとお兄ちゃんがみんなでお見舞いに来てくれた時のこと、思い出すな。嬉しかったな。
「……」
お兄ちゃんは俯いたまま何も喋らない。
そんなお兄ちゃんに向けて、るるは今日あったことを語った。
翡翠ちゃんを見つけたこと。
襲ってきたオレンジ髪の敵。
私が使った魔法。
霊界から来たマヨタンさん。
マヨタンさんと一緒に翡翠ちゃんがまたいなくなっちゃったこと。
「……!」
俯いていたお兄ちゃんが顔を上げた。
るるは黙ってお兄ちゃんを見る。
「ずっと疑問だったんだ」
お兄ちゃんが静かに喋り出す。
「よる姉、僕、るるは青い髪だ」
ふと、よるお姉ちゃんの顔を思い浮かべる。そういえば、よるお姉ちゃんとお兄ちゃんってそっくりだな。お兄ちゃん髪長いし。
そして、めるお姉ちゃんの顔を思い出す。そしたら、鳥肌が立った。
「えっ……」
思わず声が漏れていた。
改めて、めるお姉ちゃんの髪を思い出す。オレンジ色の髪。敵と、同じ色。
「るるは知らないと思うが、両親どちらも髪の色はオレンジではない」
え、つまり浮……
「……」
お兄ちゃんに睨まれる。真面目に考えろと言われている気がした。
「めるお姉ちゃんは、霊界から来たってこと?」
恐る恐る言ってみる。信じたくないけど、めるお姉ちゃんの容姿は、さっき出会った敵に酷似していた。
お兄ちゃんが部屋の隅にある雑誌に手を伸ばす。その雑誌の表紙を飾るのは、モデルであるめるお姉ちゃん。
お兄ちゃんがその雑誌の表紙を指差しながら、呟いた。
「出会った敵はこんな感じか?」
なんて答えたらいいんだろう。
私は何も言えないまま、ただ頷いた。
「るるが入院した時、める姉に貰った花、覚えているか?」
覚えているよ。だって嬉しかったんだもん。名前が分からないけど、赤い花だった。
だけど、今ならその花の名前が分かる気がしたよ。
「「柘榴」」
私とお兄ちゃんは同時に呟いた。
私の中でいろんな感情がぐちゃぐちゃになる。
「柘榴は病人に送る花じゃない。める姉が見た目だけで選んだものとして無理矢理納得したが……」
お兄ちゃんが手に持っていた雑誌を壁に投げつける。けどお兄ちゃんの力が弱すぎて雑誌は壁まで飛ばずに床に落ちた。
「逃げろ!殺されるぞ!」
お兄ちゃんがるるに向かってそう言う。
逃げろって言われてもどこ行けばいいんだろう。
行くとしたら、天宮さんたちのところかな?操乗さんと夢叶さんもいるだろうし。
「分かった」
私はそのまま施設を出た。
それをずっと後悔している。
せめて、ありがとうくらい言っておけば良かった。
まさかお兄ちゃんがいなくなるなんて。
私、星月夜翡翠は希望学校の噴水広場にいた。辺りの建物はボロボロで、生徒や魔法屋店主が修復にあたっている。
私はその場で手を合わせた。
れみさんに向けて。
詳しい話は聞いていないけど、なんとなく分かった。れみさんはもういないんだってこと。
隣で珠夜さんも手を合わせている。
「無事で良かったんだぁよ」
いつのまにか隣に呪莉さんが居た。
「あ、呪莉さん!」
私が呪莉さんの登場にびっくりしている間に珠夜さんが呪莉さんに飛びつき、その手をしっかりと掴んでいた。
「どうした、元気だねぇ」
呪莉は特に驚いた様子もなく珠夜さんを見る。
「遡楽さんって本当に昔大きかったんだね!」
珠夜さんが目を輝かせながら呪莉さんに言う。
呪莉さんは目を逸らした。気まずそうに。何かを察したかのように。
「君の……いや君たちの推測は的を得ている。これ以上は一旦踏み込まないのが身の為だぁよ」
呪莉さんは優しい目をしていた。本当に心の底から珠夜さんを気遣っているようだ。
「教えて、れみのこと知りたいんだ」
それでも珠夜さんは呪莉さんの手を離さなかった。
ちょっと待って、私だけ一切話についていけてない。
まあ、いいか。さっきから建物の修復が気になって仕方がない。何かしたいよ。
あたりを見渡すと、天花様の姿があった。話しかけてみるか、ちょっと怖いけど。
「天花様!何かできることないですか?」
天花様が驚いた表情でこちらを見る。相変わらず超美人。
「天花様に聞かないでほしいんだけど、あっちで栄華が仕切ってるからそっちへ行きなさい!」
怒りながらもちゃんと教えてくれる天花様に感謝しつつ、栄華さんの元へ向かう。
「あっちの瓦礫を浮かせて運んでくらはれ」
栄華さんの指示で、私はしばらく作業を続けた。




