柘榴神戦④
「重力制御」
翡翠ちゃんのその一言で、すべての枝が地に落ちた。でも、翡翠ちゃんは倒れてしまった。
マヨタン、舞羽珠夜は、もう一度ゾメッチと手をつないだ。
「珠夜、一人で走って。そのほうが速い」
ゾメッチはマヨタンにそう言った。たしかに、それはそうだけど……心細い。
いや、心細いとか言っている場合ではない。れみを少しでも早く止めなくてはならないのだ。
「分かった。固有魔法、風属性、俊足」
店主の間で完全に回復しきった体で全力疾走する。翡翠ちゃんが倒れたからか、枝が再び動き始める。
「気にせず走り続けなさい!固有魔法、翡翠神、属性奥義!」
ゾメッチの言葉を聞いて、マヨタンはすべての枝を無視することにした。仲間を信じて。ゾメッチの魔法で上から来た枝はすべて消し飛んだ。
「タッちゃん、がんばるんだよ!超級魔法、水属性、蒼海乱舞!」
澄ちゃんの声がした。絶対に、やらないと。その魔法は、マヨタンの右からくる枝を逸らす。
「固有魔法、雷属性、巫女舞雷竜!最後のひと踏ん張りなのです。私も力を出し尽くしてやるのです」
幽依先輩の雷の竜が、澄ちゃんが逸らした枝に絡みつき、動きを封じる。
「白魔結晶。天花様にここまでやらせておいて、失敗したら許さないんだからね」
「繭糸万本~!絶対止まっちゃだめだよ~」
魔法屋店主さんたちが左側の枝を凍らせたり縛ったりしてくれる。
やるしかない。
マヨタンは思いっきり飛び上がって、れみに手を伸ばして、抱きしめた。
「珠夜様。れみを、殺してください!」
れみの口が動いた。今までは、れみの意識と話していた感じだが、ここに来て初めて、れみが声を出した。
「やだ」
マヨタンは素直に答える。
「れみは、もう、れみじゃないんです」
れみの目から涙があふれる。今まで激しく動き回っていた枝は、完全に止まっていた。
「れみは、いつまでも、れみだよ」
マヨタンも、涙が出てきた。なんだか、察しちゃったよ。もう、どうしようもなかったんだ。
「なんで、そんなに優しいんですか」
枝が、先端のほうから消えていく。蒸発するように、きれいな光になって。
「だって、れみは、大事な友達だから。親友だから」
宙に浮いていたれみの高度がだんだん下がっていく。
れみの背中の花も、長く伸びた髪も、先端のほうからだんだんと消えていく。
「珠夜様も、望初様も、こんなれみを、ありがとうございます」
足が地面につく。
マヨタンは、れみをさらに強く抱きしめた。
「ねえ、消えないでよ、れみ」
れみの耳元で、そっと呟いた。それが叶わない願いであると知りながら。
「ねえ、消えないでよ、れみ」
珠夜がそう呟いたのを、ずっと戦場を上から俯瞰していた虹蝶栄華は聞いた。その言葉に、背筋が凍った。
初代魔法屋店主、虹蝶みゆが、このまま柘榴神が消えることを認めるはずがない。
「珠夜、すぐに離れなはれ!」
栄華は慌ててれみと珠夜のそばに飛び降り、言葉をかける。
しかし、れみと本気で向き合っている珠夜にも、自我が薄れているれみにも、その言葉は届かない。
「どういうこと?」
代わりにその言葉を聞いたのは望初だった。
「このままだと珠夜、乗っ取られてしもうて」
栄華は淡々と話す。それでも、額に浮かんだ脂汗からは焦りが感じられる。
「乗っ取られる!?」
望初の顔には戸惑いが浮かぶ。
「どういうことなのですか?」
その話を聞いて、幽依が栄華に尋ねる。
「……がっ!」
望初が突然呻きだした。そんな望初に、栄華は慌てて駆け寄る。
「やめなはれ、みゆ!そもそも、柘榴神を暴走さしたのはお前や、どこまで自分勝手にしやはるんや!」
その間にも、れみが出していた枝や花は消えていく。だんだん、光に代わっていく。そうしてそれは、れみの体にも及んだ。
「れみ!!」
珠夜は消えていくれみの感覚に耐えられず、泣き叫ぶ。
「珠夜様、本当に、優しくて、強い。尊敬しています」
れみは朧げな意識の中、そっと囁いた。
そうしてれみは、完全に光となった。完全に消えてしまった。
そこへ、みゆに乗っ取られた望初が手を伸ばす。あたりに散っていた光が集まる。
その光が一斉に、珠夜の背中に流れ込んだ。
「うぐっ……」
珠夜が呻きながら倒れる。倒れてもなお、悶え続ける。
「……固有、魔、法……、無、ぞ、く……性、……衝、魂」
望初が苦しみながら呟く。そうして自分の意識もろともみゆを気絶させる。
いくら、みゆを気絶させたとはいえ、起こってしまったことは変わらない。
珠夜にれみの意識が流し込まれている。
「珠夜、しっかりしなはれ!」
「やばいのです。とりあえず、深呼吸をするのです!」
栄華と幽依が駆け寄り、必死に声をかけている。
「タッちゃん……」
澄や、共に戦った者たちは、それを心配そうに見つめている。
珠夜様、大丈夫、心配はいりません。
珠夜様が、れみを親友と言ってくれたこと、とても嬉しかったです。ありがとうございます。
れみにとっても、珠夜様は親友なんです。れみは、珠夜様のために何かしたいのです。
だから、虹蝶みゆの好きにはさせません。れみが珠夜様を乗っ取るなんて、絶対にしたくないし、絶対 にさせません。
ここで、れみは消えます。珠夜様の中で、完全に。そうすれば、全てが丸く収まるはずです。
少し、語弊がありました。れみの消滅というよりは、珠夜様との統合と言ったほうが正しいかもしれません。
今まで、本当にありがとうございました。大好きな珠夜様。
望初様にも、よろしくお願いしますね。
れみの、いいえ、柘榴神の力は、珠夜様に宿ると思います。
でも、珠夜様なら完璧に使いこなせると、れみは信じています。
れみは暴走させちゃいましたから……
なんだか、寂しくなってきちゃいました。もう、れみが思ったことを言える資格はありませんけど、許されるなら、言わせてください。
珠夜様なら、許してくれますか?
本当はもっと、普通に過ごしたかった。望初様と珠夜様と一緒に楽しく笑っていたかった。
珠夜様のように、れみは、れみも、れみだって、叶わない願いを言ってみました。
では……
さようなら。
珠夜がゆっくりと起き上がる。その意識ははっきりとしていた。
「……れみ」
それでも、どこかぼんやりとしていた。
「……れみ」
心の中に僅かに残った温もりが、珠夜の心を締め付ける。
「ねえ、みんな?これで……これで、良かったのかな?」
珠夜が虚ろな表情で問いかける。
その言葉に含まれていたのは、己を含む、世界に対する憎悪なのか。はたまた後悔だろうか?
大きな負の感情が渦巻いていたことだけは間違いないだろう。
戦場の一同は、大体の状況を把握していた。れみが、自らの消滅を選んだということ。世界のため、そして珠夜のために。
口を開ける者は、誰もいなかった。いるはずがなかった。
柘榴神との戦いは、こうして終わりを告げた。




