母として
身体狩り。
それは、ただ身体を奪うだけではない。
身体と魂の区別のあいまいな霊界では、身体を奪う直前、それに伴って魂の記憶を奪ってしまうこともしばしばある。
魂に刻み込まれた記憶。それはその魂の生前での人間界における記憶であることも少なくはない。
そんなもの、もう慣れた。他人の人生なんて下らない。
私たちが求めているのは使える身体だけ。
そうやって、無視し続けてきた。何も問題はなかった。
何も、問題はなかった。
この記憶以外は。
上吹越雪。それが私の名前だった。
でも、それは私の名前ではなかった。
私が生まれたとき、お母さんは死んだ。
悲しみに暮れたお父さんが、お母さんの名前を私につけた。
5歳の時にはもう気が付いていた。お父さんは私を見ていない。
「雪?」
そうやって私のことを呼ぶお父さん。でも、お父さんは私を呼んでなんかいない。死んだお母さんのことしか見ていない。
街に出ても、学校に行っても、みんなは私を「雪」と呼ぶ。
呼ばれるたびに感じる。誰も私を見ていないんじゃないか、と。
私は雪。でもその雪じゃない。私はお母さんじゃない。私は私のはずなのに。
苦しみながら過ごす日々。
そんな日々だといやでも考えてしまう。私が死ねば、生まれなければよかったんじゃないか。お母さんが生きてればよかったんじゃないか。
そんな日々にある時、転機が訪れた。
道を歩いていたとき、声をかけられた。「アイドルにならないか?」と。
もう人生なんてどうでもよかった。だから、やってみた。
結果、最高だった。
天花という名前で活動した。
雪だけど、雪じゃないから。
みんなが私を天花と呼んだ。私は雪じゃなかった。
私を見てくれている。ただ、それだけで嬉しかった。
だから頑張った、ただ頑張った。家にも帰らず、ただ練習して、足掻いて、苦しくても舞台で笑って。
「みんな、やっほ〜!天花様の君臨で~す」
「かわいい天花様を応援してくれてありがとう!大好きだよ~」
傲慢な、それでもかわいいアイドルが私にはむいてるっぽいね。
そんな私は、いつしかアイドルのトップになっていた。
幸せだった。私を私としてみてくれているということが。
誰も私を雪と呼ばないことが。
そんなある日、家に帰ってみた。
気が付けば、もう、何年も帰ってなかったなって。お父さんもそろそろ、私を天花としてみてくれたり、しないかな、と淡い期待を込めて。
「雪、やめなさい」
そんな期待は裏切られた。
「お前は雪だ」
なんで、私はお母さんじゃないのに。
「お母さんの名を汚すな」
その瞬間、私の中で何かがキレた。
「なんで、なんでそんなこと言うの。昔からそうだよね。私とお母さんは別人なのに、お母さんは私じゃないし、私はお母さんじゃないし。私は雪じゃない。雪はお母さん、私は違う。なんで一緒にするの。お母さんの名前とか知らないし、勝手につけただけじゃん。全然違う名前にすればよかったのに。勝手に押し付けんなよ。知らないよ……」
あふれ出す感情に耐えられず、これ以上は言えなかった。
でも、これだけは言いたかった。
「ねえ、私は天花、だよ。天花って呼ん……っ!?」
その瞬間、血しぶきが上がった。とっさに状況が理解できない。意識が朦朧として倒れこむ。
見えたのは、冷たい、冷たいお父さんの顔。
ああ、私、刺されちゃったんだ。お父さんに。
「雪以外はゴミ、死ね」
その言葉を聞いて、心から感情が消えた。今までの苦しみも、何もかもが。
もういいや。
そのまま意識を手放した。
それでも、お父さんの声だけは、頭から離れなかった。
目が覚める。記憶はない。だけど死んだ気がする。
「上吹越雪さん、わかりますか」
目の前にいたのは水色の髪をポニーテールにした少女。のちに知ったことだけど、この少女の名前は虹蝶みゆらしい。
「天花」
無意識に言っていた。
「雪じゃない」
目の前の少女は不思議そうな顔でこちらを見つめる。
「まあ、こんなこともあるものなのかもしれませんね。改めまして、こんにちは上吹越天花さん」
そこから始まった霊界での日々は、なんだか人間界よりもずっと過ごしやすかった気がした。
それは多分、みんながちゃんと私を見てくれたからだと思う。
椿様に流れ込んだ記憶。今までも、記憶が飛んでくるなんてことはよくあった。
「うるさいんだゾ☆」
それでも、この記憶はわけが違った。
この記憶に呼応して、自分の生前の記憶までが流れ込んできたのだ。
「知らないほうが幸せなこともあるのカナ☆」
しゃべっててむなしい。自分の声がものすごく震えているのを感じる。
天花ちゃんの顔を奪っちゃおうとした手が自然と留まった。
「なんで、出会っちゃったの。ねえ、天花ちゃん?」
天花ちゃんの目は茫然としていた。今までは全員確実に仕留めていたから関係はなかったけれど、椿様が見た記憶は狩ろうとした相手……天花ちゃんにも流れている。
「天花様は、雪は、母を恨んでいるのかな?」
天花ちゃんからの問いかけ。答えられないような疑問。それなのに、答えなくてはならない不思議な義務感。
「恨め。何もできなかった母を。雪を。恨むべきなんだゾ☆」
あんな男のもとに生まれて、まともな人生歩めるわけがない。
まあ、天花と名乗る上吹越雪は椿と名乗る炒菜雪の娘、目の前の天花は椿の娘。
ああ、ちゃんと結婚したわけじゃないから椿は炒菜のままだけど。
複雑だけど気にするナ☆、要するに、椿様も天花ちゃんも、ゴミみたいな男の犠牲者なわけってことなんだゾ☆。
椿様の名前も、霊界に来た時は雪、だった。その名前がなんだか嫌で、嫌で。
『名前くらい勝手に変えればいいだろ……はぁぁ……雪が嫌なら……そうだな、春になった感じで椿、とでも名乗れば……はぁぁ……というかそんなくだらない話に着き合わせるな……』
そう言われて、炒菜椿って名乗るようになった。
変なこと思い出しちゃったネ☆。
こんなこと……もう、戦えないナ☆。
気が付けば天花ちゃんを斬ろうとした鎌は止まっていた。
それが何を意味するかは考えるまでもない。
身体狩りの一部でしかない椿様は、役に立たなければすぐに消される。内側から破裂させられちゃう。
天花ちゃんにむごいところは見せたくないんだゾ☆。
だから、椿様は逃げた。出来るだけ遠くまで。
誰も追ってくることはなかった。助かるネ☆。
程なくして、のどが痛くなったかと思えば口から血が出てきた。
椿様は目を閉じて、静かにただ、終わりを待った。




