開戦
「揃いました……はぁぁ~」
「揃ったんだゾ☆」
藤原玲菜、炒菜椿はそう言った。死神山の何もない空間に向かって。
「揃ったって言ってるんだゾ☆」
炒菜椿が苛立たし気に声を荒げる。
「……はぁぁ~」
藤原玲菜は諦めたように背を向けて歩き出そうとする。
「聞こえてるっての、うるさ」
虚空から現れたのは禍々しい気配を放つ存在だった。それは死神の総大将だ。
鬱陶し気に藤原玲菜と炒菜椿を一瞥したが、すぐに目をそらす。
「もう魔法屋にはいろいろ向かわせてるし、お前らも早くいけ。どこ行くべきかは分かるでしょ?」
高圧的にそう言ってすぐに消えてしまった。
「うざ……」
藤原玲菜がそう吐き捨てつつも、すぐに指示通りに動き出す。
「……」
ごきっ。
黙ったまま立ちつくしている炒菜椿の体から歪な音がした。
命令の混信による不具合だ。
だが数秒後には何事もなかったかのように歩き出していた。身体狩りの指示に従って、人形として己の戦場へ向かっていった。
「ユェンユェン、日生……待ってるからね、ふふっ」
死神の総大将は、そんな藤原玲菜と炒菜椿の様子を、遥か遠くから見つめながらそう呟いた。
世界は歪んでいる。
少なくとも、私の目にはそう映っていた。
みんなはそうは思っていないとしても、私は私の考えを決して変えることはない。
だから、この世界の歪みを正す。
どんな手を使ったとしても。
「琴羽ちゃん、琴羽ちゃん……」
私はそう言いながら、愛用の算盤で紡琴羽ちゃんの頭をコンコンと叩く。
考え方が似てる子は齟齬なく操れるから楽でいいよね。
「操りすぎは逆効果なんですけどぉ」
隣で何か言っているうるさい奴は無視しようね。
「いやいや、開戦直後ほど大事な時期はないでしょ」
こいつも無視で。いや、やっぱり、私に都合のいい意見だから無視しないでおこう。
「開戦直後ってやっぱ大事だよね、スタートダッシュだよ」
そんな風に適当なことを言いつつ琴羽ちゃんをしっかり操るよ。
楽しみだね、戦争ってものは!
私は、誰?
私の名前は虹蝶望初らしい。
だから何?名前が虹蝶望初だからって……
私は、誰なの?
「ゾメッチ……?」
この子も誰なの?いきなり舞羽珠夜だなんて名乗ったところで、結局何者なのよ?
「……はぁぁ~」
私は思わずため息をついていた。
名前ってその人物を象徴する大切なものだと思っていた。でも、結局は個人を識別するための記号でしかないじゃないの。
「大丈夫?」
心配そうな珠夜に顔を覗かれる。
さっきまで世界への反逆者の拠点に行っていたのだから、あなたも疲れてるでしょうに。
「ええ、問題ないわ」
大丈夫なわけがない。でも、私の口は……記憶を失う前の私が、そう言ってしまうことを許してはくれない。
呪莉さんが言っていたわね。私の名前は呪莉さんが考えたんだ、と。
名前狩りとかいうよく分からない死神のせいで、私が霊界へ来た時に本来持ってくるはずの名前はなかったらしい。名前と魔法はセットだから、名前がなければ魔法も使えないのが普通だというのに、私は魔法を使えた。
だから、初めて見るような素晴らしい可能性を秘めた存在ということで、私は露希望初と名づけられたらしい。センスないわね……今のはなしで。
それから魔法屋店主になって虹蝶望初に変わったんだと。
まあ、つまり……私の名前は人間界からちゃんと持ち込まれたものじゃなくて、後からつけられたものだということ。それゆえに、名前と魂の結びつきが他の人よりもかなり薄いということ。
霊界だと、名前を呼ばれるだけで記憶喪失が治ったりするらしい。名前と魂が人間界から持ち込まれたたった二つのものであり、その結びつきは非常に強固だからだ。
でも、私はそれに当てはまらない。
だから、記憶が戻る可能性は低い。
私は別にいいと思っている。記憶がない虹蝶望初として生きていくだけだもの。
でも、それを許してくれないのが周りの存在。
みんな、記憶が戻ることが私のためだと思い込んでいる。
確かに、記憶を失う前の私は喜ぶかもしれない。
でも、記憶が戻れば、記憶喪失の虹蝶望初である私は消える。だから私が喜ぶわけがない。
そう思えば誰かと会うのが面倒になってきた。それなのに珠夜はずっと傍にくっついてくるし……
頼まれた戦いには全部行った。戦死しちゃうのもそれはそれで有りだと思ったから。でも、虹蝶望初はそこそこ強いようで、問題なく敵を倒せてしまっていた。
「……はぁぁ~」
もう一度ため息が出てしまった。
なんだか外が騒がしいわね。あら、戦ってるじゃない?
あれは世界への反逆者の制服……
そう思った瞬間、私は戦場へ躍り出ていた。
敵は大量、味方は混乱中。
これは本当に、戦死しちゃうかもしれないわね。
そんな期待を胸に。
死を期待するなんて……私って終わってるわね。
ごめんなさい、虹蝶望初さん。
「よっと」
そんな軽い声と共に虹蝶みゆは自らを閉じ込める牢屋の鉄格子をへし折った。
「こんにちは」
そのまま歩いていき、捕えられている千葉に声をかける。
「えっと……」
突然の来客に千葉は戸惑いの声を上げた。
その言葉を聞く前に、虹蝶みゆは鉄格子をたたき割り、千葉を解放する。
「あの……」
千葉が不思議そうに声をかけようとしたが、虹蝶みゆはそれを無視した。
その流れで虹蝶みゆは、世界への反逆者のメンバーたちの牢屋を壊していく。
「どうして……」
去り際、千葉が何とか虹蝶みゆを引き留めて尋ねた。
「戦争が長引かないと、私の目的が達成されないから」
そう言って虹蝶みゆは去っていった。
戦争が終わってしまえば、翡翠神は力を求めない。逆に、戦争さえ続けば翡翠神は強くなろうとし続ける。そうすれば、全ての魔法が揃って体が明け渡されるのも時間の問題。
それを虹蝶みゆが口に出すことはなかった。
四章完結です。
ここまで読んでいただけていたら、本当に感謝です。
よろしければ感想、評価お願いします。




