神へ
「みゆが、素直になることなんてありはるんや……」
虹蝶栄華が呆気にとられたように声を上げた。
虹蝶結空の力を使って、店主の間にいた一同で、星月夜翡翠と虹蝶みゆのやり取りを見ていた。
「と、とにかく虹蝶みゆの無力化に成功してる……?」
舞羽珠夜が落ち着かない様子で呟く。
「……そうとも言えるけど、まだ隠し玉はあると思う」
ユェンユェンが慌てる珠夜に言葉をかける。
「どうして……」
虹蝶望初は何とも言えない表情でそう言った。
「まさかそうなるとはねぇ」
虹蝶呪莉が少し離れたところで一人呟いた。
店主の間には、動揺が広がっていた。
「ありがとうございます」
私、星月夜翡翠はそれだけ言って、みゆさんのいる牢屋の前から立ち去った。店主の間へ戻ろう。
「……約束だからね」
みゆさんの言葉が私に重くのしかかる。分かっててやったんだ、今更ビビったりしちゃいけないね。
早く魔法を試して、使いこなせるようにならないと。
「固有魔法、翡翠神、霊魂制御」
一旦詠唱してみる。
「あぅ……!?」
その瞬間、世界が揺れたように感じた。
なんだろう、これ。
誰が今どこにいるのかはっきりと分かる。壁とか関係なく……
なんか、何でも出来てしまうような気がする。魂を生かすも殺すも、私の自由……
いや、実際それくらいのことが出来てしまう魔法なんだ、これは。
人間界で死んでしまって、霊界へ行くとき、魂と名前だけを持っていくって聞いてる。つまり、霊界では肉体なんてなくて、魂自体がその存在の本体であるということ。
つまり、魂さえ制御出来てしまえば、容易く命を掌の上で転がせてしまうということ。
確かに、自分の命を支払ってもいいレベルのチート魔法だった。これさえあれば、今まで絶対に倒せないように思えた人たちにも対抗できる。
てか、これでみんなの位置分かるから、ちゃんと店主の間にたどり着けるな。これなきゃ余裕で迷うところだった。
「おかえりなんだよ」
店主の間へつくなり、澄ちゃんが声をかけてくれた。でも、いつもの元気いっぱいな澄ちゃんじゃない。
「翡翠ちゃん、大丈夫?」
珠夜さんにもそんなことを聞かれた。
もちろん、私は大丈夫……なはずだけど。
「みんなで見てたんです。あなたと虹蝶みゆの約束」
結空さんが状況を説明してくれた。
そっか……みんな知ってるんだね。私が自分の体を差し出して力を得たこと。
「何やってるのよ!」
その声に、全身が震えるのを感じた。それほどまでに力強い言葉だった。
「……望初、さん?」
そう言って私は恐る恐る声の主を見る。
「私は今記憶がないみたいで、あなたの過去とか何も知らないけど……そこまで強さは大切だったの?命を軽々しく扱って……」
望初さんの言いたいことはすごくよく分かる。でも……
「うるさいです。何も知らないんでしょう?」
私は今、最低なことを言いました。私のことを本気で思ってくれている人に対して。
やめてくださいよ望初さん。そんなこと言われたら後悔しちゃうでしょ?
「ゾメッチも翡翠ちゃんも、落ち着いて……」
珠夜さんが慌てたように間に入ろうとするが、私の溢れる感情はそれを許さなかった。
「記憶のない望初さんは、私に関係ないですよね?」
私の口から私自身もびっくりするような言葉が飛び出した。
「……翡翠、落ち着いて」
いつの間にか背後に移動していたユェンユェンが私の耳元でそう囁いた。それで少し、冷静になった。
私……なんてことを言っちゃったんだろう……?
「ごめんなさい」
反射的に謝った。望初さん、そしてここにいるみんなに。
謝って許されることでもないし、もう取り返しのつかないことになっているというのは分かっていたけれど。
「やっぱり、みゆが来ると碌なことにならなかったねぇ。だったら残りを全力で生きるだけなんだぁよ」
呪莉さんは呆れたようにそう言った。
「そうだよね、せっかくだし翡翠ちゃん、最後まで戦い抜こうよ」
珠夜さんがそう言って手を差し伸べてくれる。
「私への言葉はどうでもいいわよ。でも、自分に嘘をつき続けるのは良くないわよ。残り短い命なんでしょう?」
望初さんが相変わらず綺麗な紫の目で見つめてくれる。うまく言えないけどさ、望初さんは今も実は記憶があるって言ってくれた方が納得するレベルで望初さんなんだけど。
「澄は、ヒッちゃんを応援するんだよ」
澄ちゃんが明るい声でそう言ってくれる。
みんな、優しいんだな。不思議なくらいに。
「みんな、ありがとう……私、頑張ります!」
私はそう言って目を閉じる。
これで、いいの?
自分の内側にいる存在に問いかけてみた。
あなたは、それでよかったの?
内側から返ってきたその言葉。それで私は確信した。干渉制御を初めて使った時、世界への反逆者の拠点から人間界へ脱出したとき、助けてくれた私の中にいる存在は、翡翠神なのだと。
みゆさんと旅をして、人間界を作ったという翡翠神。そんな偉大な存在が自分の中にいるなんて不思議だな。
いいよ。だから、もう少しだけ力を貸して。
そう心の中に語りかけた瞬間、不思議な感覚がした。体が何かに包まれたような……
とにかく、力が溢れてくる。
すごい力……これが翡翠神か?
そっか、そうだったんだね。私、今まで神として完成していなかったんだ。
まだ完成はしていないけど、今大きな一歩を踏み出したんだね。




