記憶
「……」
この場を支配していたのは沈黙だった。
私、星月夜翡翠も口を開く気にはならない。
「えっと……」
一人、状況を理解できていない望初さんが気まずそうながらも口を開く。
「すまない……本当に申し訳ないんだぁよ」
呪莉さんがそんな望初さんの前に座り込み、頭を下げる。土下座すれすれだ。
「ゾメッチの記憶、戻るの?」
珠夜さんが苦しげな声で呟く。その目は虚空を見つめていた。
「……もどらない」
ユェンユェンの言葉は容赦なかった。でも、それでよかった。
希望を抱きたくなんかないもんね。
「本当に、戻らないの……?」
でも、珠夜さんはそうじゃないみたい。実現の可能性の低い希望だとしても、それが必要だったみたいだ。
珠夜さんの目からは涙があふれていた。
もしかしたら、望初さんが死んでしまうより辛い状況なのかもしれない。
「ユェンユェン、記憶が戻らないのはどうして?」
そこのところが分かれば、可能性はなくもないかも……ということで聞いてみた。
「……ごめんね、分からない。でも、そう感じたから」
ユェンユェンが俯きがちに答える。
「タッちゃん。澄は、柘榴の子とか、ゾメちゃんみたいにはなれない。でも、ちゃんとタッちゃんの友達だから」
澄ちゃんが珠夜さんにそう言って寄り添う。澄ちゃんなりに精一杯できることをやっているんだと思う。私にも、何かできないか……
「分かってる、ありがとう。澄ちゃん」
珠夜さんはそう言って澄ちゃんの手を握っている。でも、表情の暗さと手の震えは隠せていない。
れみさんに続いて望初さんまでいなくなったら珠夜さんは ……
「あの、もしかして私は記憶喪失ってことですか?」
望初さんが不思議そうに話す。流石は望初さん、記憶の有無にかかわらず状況把握能力が高い。
「そうなんだぁよ、本当にすまない」
呪莉さんが答えた。
「珠夜、私は大丈夫だから。心配しないで」
望初さんが呪莉さんの言葉に頷くと、立ち上がり、珠夜さんの肩に手を添えた。
それはまるで……
「んっ……」
珠夜さんの目から涙があふれた。涙が止まる気配はない。
まるで、記憶をなくす前の望初さんみたいだったから。
記憶があろうと、なかろうと……望初さんは望初さんなんだ。
なんでこんなに簡単なことに気が付かなかったんだろう。目の前にちゃんと望初さんはいたというのに。まるで望初さんが遠くへ消えてしまったかのように考えていた。
「全く、泣いてばっかりじゃ何も進まないわよ」
望初さんがそんな珠夜さんに寄り添っている。その光景はすごく自然だった。記憶のない望初さんにとって、珠夜さんは今知り合ったばかりだろうに。
不思議だね。記憶喪失程度じゃ断ち切れない絆っていうのがあるんだろうな。
「感動しているところ悪いけど、望初の魔法が失われたことは事実だからねぇ」
呪莉さんが気まずそうに話す。
確かに……
「いいよ。マヨタンがゾメッチの分も戦うから」
珠夜さんが呪莉さんを真っすぐ見つめて言い切った。
「了解、一旦帰るんだぁよ」
呪莉さんがそう言って、店主の間まで案内してくれた。
「……望初、記憶だけで済んでるの、異常」
その道中、ユェンユェンが小声で私にだけそう伝えた。
「どういうこと?」
私も小声で尋ね返す。
「……みゆ、望初を殺すつもりだった。殺す方が簡単だから」
まあ、確かにみゆさんくらい強大な力があれば、こうやって記憶だけを消し飛ばすよりも、体ごとぶっ飛ばしたほうが楽そうだ。
それにしても、みゆさんは人殺しまでやろうとしていたなんて。だって、これって普通に殺人未遂だよね?やばいよね?
え、つまり……
「……望初の中に、生きる意志がないと、こうは絶対にならない。だから、望初の中にはまだ望初が残ってる。戻る可能性、あるよ……低いけど」
私は口を抑えた。見えた希望に叫びだしそうになってしまったから。
望初さんはまだ残ってるし、珠夜さんもいる。みんな、無事だったなら勿論うれしいし。それに、望初さんには散々お世話になっている。
私にできることで、支えていけるといいな。




