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8-1

てて……。すっげえ、馬鹿力……」

 俺は後頭部をさすりながら、がらくたの山の中から起き上がった。ちょっとのあいだ気絶してたみたいだ。ずっと感じていた冷気が消えている。

「……ダニーは?」

 クリスが、弱々しくではあったけど俺を見て微笑んだ。……よかった。

「クリス大丈夫? 腕、血が出てるけど」

「私は大丈夫だ」

「ダニーの親父さんは?」

「ふたりとも気を失っているだけだよ」

 あおむけに倒れている作業着の腹がかすかに上下している。とりあえずよかった……かな。いくら悪魔が憑いていたとはいえ、友達の親父さんを死なせるのは後味が悪いもんな。

「で、そっちのオッサンは……死んだの?」

 いや、もとから死んでるんだけど。

 俺は痛む体を引きずって、おそるおそるやつに近づいた。

 正直言って、見ていて気持ちのいいモノじゃなかった。高級たかそうな白いシャツの生地から、ぶっとい、コカ・コーラのボトルくらいありそうな木の杭が、その長さの半分くらいまで左胸から生えている。そこから滲み出した血でシャツが体に貼りついている。自分で抜こうとしたんだろうか、左手は鉤爪みたいな形のまま杭の真下を搔きむしり、右腕は脇に投げ出されたままだ。自分に起きたことが信じられないという顔で、やつは目を見開いたまま死んでいた。叫んでるみたいに開いた口からは、牙の先がのぞいている。

 クリスがそばに来た。静かにお祈りを唱えている。

「……彼は自らを犠牲にして、父子と私の命を救ってくれました。主よ、彼の魂を御手にゆだねます。……ディーン、眼を閉じてあげなさい」

 吸血鬼に触るのも死体に触るのも同じくらい気が進まなかったが(しかもこの場合、ふたつは同じものだし)、俺はなるべく、カッと見開かれたグレーの瞳を見ないようにして手を伸ばした。

 その手首がつかまれた。

「うわあああああああ!!」

 俺は我ながら情けない声をあげて、その場に尻もちをついた。クリスも悲鳴こそあげなかったものの、十字を切る手を止めたまま固まっていた。

「……ご期待に沿えなくて悪いが私は死んでいない」

 ニックの左手が、尖った爪が食い込みそうなくらいの力で俺の右手首をガッチリ握りしめていた。

「死んでるだろ! 気色悪いことするなよ!!」

 全身に鳥肌が立つ。冷凍庫から出したばかりの肉に触っていると指先からどんどん冷えていく、あんな感じだ。ふりほどこうとしてもびくともしない。

「放せ!」俺は吠えた。背筋がぞくぞくして、今度こそほんとに変身しそうだった。

「抜いてくれ」とやつは言った。「少々力を使いすぎた」

 そして、しばらく黙ったあと、いかにも渋々といった感じで、

「……頼む」

「…………」

「ディーン」

「……わかったよ」

 クリスに、すがるみたいな声で言われたら、嫌とは言えない。

 俺は杭を引っぱってみた。

 抜けない。

「どんだけの力で打ち込んだんだこれ……?」

 こりゃ人間クリスの力じゃ抜けないよなあ。

「おい、ひとの胸に足を乗せるな!」

「うるさい! 抜いてやろうとしてるんだから文句言うな!」

 両足を踏んばってぐりぐりやると、ようやく抜けた。相手が人間ならそれだけで気絶して死んでいてもおかしくないようなものだが、ニックは痛みを感じないらしく平然としていた。まあ、多少は気持ち悪かったそうだけど。死人の肉をかき回すこっちの身にもなってくれよ。

「……げえ」

 杭が抜けたあとの穴をうっかりのぞいてしまい、俺は吐きそうになった。

「骨が見えてるよ。よく死なな……消滅しなかったよな」

「ああ……正確には心臓は左胸にあるわけじゃなく、胸骨の下――ほぼ胸の真ん中にあるから、左胸だと思い込んでいたなら、幸いにして狙いがそれたんだろうけど……」

 クリスは意外と平気そうだった。それでもなにかが気になるのか、首をかしげている。

「え、じゃあこっちはなに。肺?」

「……かなりひどく損傷しているようですが」

 やつの上にかがみこんだクリスが心配そうに言った。

 肺の片方がなくなったからって、こいつは息してないんだから問題ないと思うけど。ま、胸に風穴があいてたらさぞかしスースーするだろうが。

「血が必要だ」寝転がったままやつは言った。

「やなこった」

「お前に言ったんじゃない。――神父、ちょっと頼まれてくれないか? 無関係な死体が地下室に転がっていたら、警察にはどう説明をつけるつもりなんだ?」

 クリスは――まったく、人がいにもほどがある――吸血鬼のそばに膝をついた。今度は、ニックはクリスの腕の傷から、ほんのちょっぴり、それこそ舐めるくらいに頂戴しただけだったので、俺はほっとした。

 驚いたのは、やつの胸の穴がみるみるうちにふさがったことだ。

 白いシャツには赤黒い血のシミがべったり残っていたが、青白い胸には、もうそこにでかい傷があったって痕すらなくなっていた。

「さてと」やつはなにごともなかったみたいに立ち上がった。「私はこれで失礼するよ。このあいだのように警察署に呼ばれて拘束されるのはごめんだからね」

「あんたその格好で帰るのかよ?」

 ダークグレーのスラックスはほこりで白と茶色のまだらになっていたし、それよりなにより、シャツの左胸には大きな穴が開いて、そこからヘソ下まで血まみれだったからだ。

「車の中に着替えがある。このあいだ借りたものをまた借りることになるが、構わないかな、神父?」

「ええまあそれは……」

 ニックは血まみれのシャツを脱ぐと、俺が引っこ抜いた杭を拾いあげてシャツにくるんだ。なんだ? 持ち帰って記念品トロフィーにでもするつもりか?

「そういえば、坊や(・・)の貸した服は回収したのか?」

「そんなもんどうでも――」言いかけて俺はハッと気づいた。「そうか、だからあんたは入ってこれたんだな、この悪党!」

 わけがわからないという顔をしているクリスに、

「こいつ、この前車でダニーを送っていったときに、『貸した服を返してもらうときに、私も一緒に来ていいか』って言ったんだよ。ダニーは疲れてぼーっとしてたみたいで、『うん』って言っちゃったんだ。これがやつらの手口なんだよ! だから吸血鬼に気を許しちゃいけないって言ったのに!」

 俺がキレているのを無視して、やつはさっさと地下室の階段を上がっていった。あんなやつ、車にたどりつく前に職務質問でもされちまえばいいんだ。

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