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「血が必要だ」
マクファーソン神父が凍りつき、人狼の小僧がうなり声をあげた。
「見たところ、墓地の三分の一が地上に這い出ている。物理的に動きを止めるなら膝の皿を砕けばいいが、数が多いので、私ひとりでやるには力が足りない」
事実だった。聖別されたワインには吸血への渇望を癒す働きはあったが、不死者の力を維持させることはできなかった。まあ、所詮はまがい物だからしかたがないが。
地獄の力で無理やりたたき起こされた死人に組みつかれ、体のあちこちに裂傷や挫創ができているのに修復が追いついていない――やれやれ、この体はひとつしかないというのに。
「じょ……冗談じゃねえ、誰がそんなこと! クリス、やっぱりこいつ悪魔だよ! それ以上近づいたら――」
「黙れ小僧! お前は論外だが、そこの悪魔憑きの子供から奪って地獄と関わり合いになるのもごめんだ!」
小僧はびくっとして口をつぐんだ。当の本人はなにを言われたのか全く理解していない顔つきだったが、マクファーソン神父が口をひらいた。
「……気づいていたんですか」
神父の言葉にうなずく。吸血鬼が悪魔より神に近いと考える輩はいないだろう。
「あなたの――力があれば、少なくとも、この子たちを守るか、あるいは逃がすだけのことはできるのですか?」
「数は多いが動きは鈍いから、途をつくるぐらいならできるだろう。つかまれると厄介だが」
袖口にべっとりついた汚らしいものを振って払う。
「それで、どうする?」
この場合の選択肢は神父ひとりしかいなかったことになるが、彼に約束していたので、その意向を無視して無理強いするわけにはいかなかった。いささか気が引ける、というやつか。
「私も外に出ます。だから、貧血で立てなくなるほど取られるのは困る」
今でさえ血の気が失せているというのに、この奇特な聖職者は微笑んだ。
人狼の仔がまたわめいたが、神父は取り合わなかった。
私はくるぶしまで覆う長い法衣姿のマクファーソン神父を、上から下まで眺めおろした。
「こう言ってはなんだが、あなたはあまり、他人の脛の骨を叩き折った経験があるようには見えないが」
「それはありませんが、べつの方法でなら、力になれるかもしれません――主がまだ私たちをお見捨てになられないのなら」
「鋏かナイフはあるか?」私は訊いた。
吸血愛好者からいただくときはリストカットの要領で摂取しているからだ。が、神父は首を振った。
死人連中がその腐った爪でがりがりと木の扉をひっかいている音がする。
「ではこの際だから、原始的なやりかたでやらせてもらう」
一応断っておいてから、マクファーソン神父の右肩を掴む。彼は魅惑されてはいないから――たとえされていたとしてもだが――痛みで腰砕けになると面倒だからだ。
「――クリス!」
まるで泣いているような悲鳴をあげたやつを、神父は片手で制した。
黒い法衣の襟首をひらくと、対照的な、日に焼けていない真白い首筋が目に飛び込んできた。ほとんど青に見える頚静脈と、恐れと緊張で小動物のような速さで拍動する動脈も。
左頸に犬歯を突き立てて薄い皮膚を貫いたとき、彼の心臓が大きく鼓動を打ったのが感じ取れた。
すぐに温かな血が滲み出る。それが舌に触れた瞬間、これまでに感じたことのない感覚が全身に満ちた。
喉が焼かれるような――といっても苦痛にではなく、火酒に似た甘美さを伴いながら、生命の精髄が体内を流れ落ちてゆく。それにつれて力が戻り、傷が癒えていくのがわかる。すべてのことがあまりに早く起こったので、全身がくすぐったくて笑い出しそうなほどだ。
それは歓喜といってもよかった。とっくの昔に鼓動するのを止めた心臓でさえ震えたかと思うような。聖人なら法悦とでも表現しただろうが、あいにくこちらはすべての細胞が地獄の賛歌を唄い出したかのような、飢えが満たされたうえにもまだ足りないと、嬉々として訴える凶暴さに満ちていた。
思わず両手と牙に力が入る。彼の体が大きく震えた。
「――っ、は……」
マクファーソン神父の喉から、詰めていた息が漏れる。その喘ぎは官能的にすら聞こえた。
「――いつまでやってんだよ、オッサン!」
唸りを含んだ怒声で我に返った。
人狼の仔は今すぐにも飛びかかりそうな目つきでこちらをにらみつけていた。
神父の体を解放したとき、口許から滴が零れた。拭ってみると、真紅の中になにかが散っていた。
(これはまるで――……)
「……ノーランさん、あなた……」
マクファーソン神父が信じられないものでも見たように目を丸くしている。
「……?」
指まで舐めたのがお気に召さなかったのかと思ったが、あらためて自分の手を見てみて理解した。
長の年月の間に刻まれたこまかな皺が消え、乱れて額に落ちかかった髪は色を取り戻し――そして、それはほかの部分でも同じだった。




