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4-1

 ステンドグラスの向こうで稲妻が光った。

 続けて、盛大なくだり腹かトラの唸り声みたいな、腹に響くゴロゴロいう音。

 三十分前から降り出した雨は全然やむ気配がない。どころか、天気予報が悪いほうに振り切れたみたいだった。

「今日は誰も来ないと思うよ」

 俺は律義にも白い頸垂帯ストラを首にかけてミサの準備をしているクリスに向かって言った。

「誰も来ないからといって、お祈りをしないでいいという理由にはならないよ」クリスは苦笑した。

 話しているあいだにも、変わらず雨はひどくなり、天の配水管がブッ壊れたんじゃないかってくらいの降りかたになっていた。この州に異常気象が多いのは慣れっこだけど、いつもだったら、まだ少し暗いって程度の明るさなのに、一気に夜が来たのかってほどの暗さだ。雷の光と音もどんどん間隔が近くなっている。

「じゃ、賭けようか?」

「やめなさい。――でも、この天気では、足の悪い人たちは来られないだろうね」

「でしょ?」

 俺は期待を込めた目でクリスを見つめた。

 教会に住まわせてもらっているとはいえ俺は信者じゃないし、二時間もずっと「待て」をされたら、運動したくて尻がうずうずしてくる。

「しょうがないな。じゃあ、今日は静かにお祈りをして、サーモンとグリーンピースのクリームソース煮と、コブサラダでどうだ?」

「やったね、最高! それにガーリックトーストつけてもいい?」

「その前に、念のため、今日の夕方のミサは中止だって張り紙をしておいてくれないか?」

「へいへい。だから誰も来ないと思うけどね」

 入り口近くの棚の上で裏紙に書き殴ったのを貼り付けようと、鼻歌交じりで扉を開けたとき、いた。

 このどしゃ降りの中、傘をさして立っているやつが。

(誰だよ……物好きなやつ)

 たとえひとりでも参加者がいれば、クリスのやつはミサをやるって言うに決まってる。

(あれ、ダニーだ)

 このあいだみたいに教会のほうを見てるんじゃなく、司祭館のほう(その裏手は墓地だ)を向いてつっ立っている。

 なにやってんだ、と思った瞬間、俺は猛烈な寒気に襲われた。風邪なんてレベルじゃない、業務用冷凍庫に閉じ込められたぐらいの寒さだ。

(なんだよこれ……)

 反射的に扉を閉めようとして、俺はダニーの視線の先をちらっと見て――凍りついた。

 墓地のほうから、大勢の人間がぞろぞろやってくる。

 こんな天気に墓参りかよ、とは思わなかった。だってやつらは全員傘をさしていなかったし、動きが奇妙にのろかったし(大半はジジイかババアみたいだった)、初夏だってのにきっちり長袖の黒いスーツを着込んでいるやつもいれば、派手なピンクのドレス姿のやつもいて、てんでバラバラだった。

 ひとつだけ共通しているのは全員泥だらけだったことで、決定打になったのは四、五人が横一列になってよろよろ近づいてくる先頭にいたのが、去年の冬にバイク事故で後頭部を半分もってかれた大学生だったことだ。エンバーマーも、ごっそりなくなった頭の中に詰め物をするには苦労したに違いない。

 死人みたいに硬直してしまった首ごと頭を正面に戻して俺は叫んだ――

「ダニー、走れ!」

 はっとした顔でこっちを見たとたん、それがスターターだったみたいに、ダニーは傘を放り投げ、オリンピック代表にしてもいいくらいの完璧なフォームで教会に向かって走り出した。

 ダニーに叫んだとき、俺はさらに嫌なものを見ちまった。傘もささずに、ダニーのうしろ数フィートのところに立っている、〈年寄オールドニック〉を。

 あいつ、来るときは連絡しろって――いや、それよりやっぱり俺たちを騙してたんだ!

 ダニーがつんのめりもせずに石段をひとっ飛びに駆け上がって教会に飛び込み、俺はすぐに扉を閉めた。ダニーは濡れた床で滑って転び、聖水盤の台座にぶつかって止まった。

 すぐにクリスが駆け寄る。

「なんなんだよ、あいつら、なんなんだよ……!」

 横たわったまま両手で頭を抱えて繰り返すダニーの肩をクリスが抱く。ふつうの人間が、動く死体の群れを目にして気絶しなかったのはすごいと思うが、これも「ドラマや映画の見すぎ」ってことになるのかもな。

「ディーン、彼のほかに誰か外にいるのか?!」クリスが叫んだ。

「生きてるやつはいないよ!」

 いっけねえ、“やつ”のことを忘れてた。

 俺は入り口脇に立てかけてあったほうきをつっかい棒にして扉を固定した。こんなんでも、ないよりマシだろう。

 すぐに、扉にあけてある小窓に取りついて外をのぞく。

 ニックのやつはふつうの人間ではありえない速さで死人ゾンビの集団をすり抜けて、教会の入り口まで来た。

 だがやつは絶対に中には入れない。ちゃちなつっかい棒のせいじゃない。そんなもの、やつらにはマッチ一本以下だ。

 吸血鬼は、招待されていない場所ところには入り込めない。生きてるタイプのいやな客と比べた場合の、吸血鬼のいいところはそれぐらいだ。だから、ニックの野郎に関していえば、教会の中は安全だ。ゾンビに関してはなんともいえないけど。

 ニックの近い親戚連中――違いといえば多少身ぎれいにしているかどうかだ――は、獲物とそうでないものの区別もつかないのか、目の前のニックに襲いかかった。

 死体のひとり――顔と服装からしてスミス夫人の旦那さんだと思うけど――が、ぶよぶよした太い指でニックの首を絞めている。吸血鬼は呼吸をしないから大して気にはならないだろうが。

「中に入れてくれ、神父!」

 ニックは死人の指をひっぺがし(その過程でスミスさんの手首が反対方向に曲がったが、こっちも気にする様子はなかった)ながら叫んだ。

「冗談じゃねえ!」俺は叫び返した。

「この、大噓つきの吸血鬼野郎! ダニーを狙ってたんだな!? おかしなできごとも全部お前のせいだったんだ!」

 やつはなおもぎゃあぎゃあわめいたが、雷のせいで聞こえなかった。ざまあみろ、自分が呼び出した死人ゾンビどもにやられちまえばいいんだ。

「彼を入れてあげなさい」

 クリスの言葉に、俺は雷に打たれたくらいびっくりした。

「なんでだよ、クリス、だってやつが――」

「いいから!」

 クリスは俺を押しのけて、小窓に向かって叫んだ。

「今から右の扉を開けます。彼らを少しのあいだ扉から離すことはできますか?」

 ニックがわかったと答えるのと同時に、勢いよく死体の胸を蹴って二、三人を巻き添えにして階段の下に投げ落とし、視界から消えた。

 クリスが右側の扉を引くと同時に、すきまから、ずぶ濡れの吸血鬼が転がり込んできた。

 クリスは箒の柄をひっつかむと、もう一度扉にかんぬきをかけた。

「どいていろ」

 おまけにもうひとつ、ニックが一番手近な信徒席のベンチを引きずってきて扉の前に据えた。

 あれだけのことをやったっていうのに、やつときたら息ひとつ乱していない――とはいえ、ご自慢のスーツは泥だらけ、髪も乱れてひどいありさまだ。一気に十歳は老け込んだみたいに見える。

 やつはクリスに向きなおると、言った。

「血が必要だ」

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