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第1話 星の子

11時55分。



見たくない。

早く中継を切らないと…


毎年毎年、演説の内容は変わらない。

毎年毎年、この日は本当に死にたくなる。



でも、どこかで期待してしまう。


今年は違うんじゃないのか。

もしかして今日が人生で最高の日になるんじゃないのか…




     手の中のテレビ画面に 演台が映っている。


              ☆



演台は「空の国競技場」の中央に置かれている。



「空の国競技場」は満員。



観客席は綺麗に三等分に分けられ、


 背中から羽が生えた妖精族、

 獣のような耳や牙を持つ巨人族、

 何も持たない真人族 が、


ヴェールで仕切られた中で おのおのひしめいている。




11時57分。


              ☆



ふらりと、

一人の男が競技場のグラウンドに入場する。


男は胡粉色ごふんいろの軍服を着ている。



空気を読んだ観客は、

さて、と

男に拍手を送ろうとするが違和感に気づく。



男の左手には拳銃が握られていた。



競技場内は釘付け。


 ぷらぷら、 ぷらぷら。



   鈍く、呑気にきらめく、鉛の光に。






銃を持った男の目的は演台であった。


男は演台にのぼり、8本のマイクの前に立つ。




            11時59分。



男はしげしげと銃を眺めながら呟いた。


「コレは、

 戦争犯罪者16人の頭を砕いた代物らしい…」


もうマイクの電源は入っている。


「すまない、ひとりごとだ。 

    …では、"休戦式典"を 始めようか」





          ☆



カタン…


演台の上に銃が置かれる。


競技場はシンと静まり返っている。

とても満員だとは思えない。



「はははっ」


男は演台に手をつきながら笑った。



「緊張するな、今日はいい知らせを持ってきた」



口調は明るいが、軍帽を鼻先まで深く被り

男の顔が見えない。



「三領域連合会、

 始まって以来のハッピーなニュースだ!」


男は不自然なほど、道化を演じている。



そもそも「休戦式典」とは

三領域連合会が主催する式典である。


三領域連合会とは、

三種族(妖精、巨人、真人)間を仕切る巨大機関であるが、

このような公式な場でふざけた真似ができるまでに巨大化した背景に


犯罪集団「アストラ」の存在がある。




「その前に、われわれ三種族は二度の絶望を味わってきた…」


男はうっすらと笑みを浮かべ演説を始める。


「一度目はブルーエンダ。103年前の出来事だ。今では当時を経験した者は数少ないだろうがな…

 そして、二度目は犯罪集団アストラの出現…皆の宿敵の登場だ」


ブーイングの嵐。


男の言うとおり、

アストラは世界全体を貶めた 間違っていない。


しかし、

三領域連合会には「アストラの討伐」という重要任務が存在する。


連合会はまだアストラを捕まえていない。




「ははは」


男は大絶叫のブーイングの中で、ひとり興奮気味に笑い出す。


そして、ゆっくり、ゆっくりと銃を持ち上げる。




競技場内は、

銃口が狙いを定めるにつれてだんだんと静まり返った。



「おや?もうしまいか?」


男は楽しそうだ。

 


「フッ…まあいい。続けよう」


男はクルッと後ろを向き、背後に用意されていたスクリーンを点ける。





観客席から 短く 悲鳴が上がる。


スクリーンに映し出されたのは、

青い背骨が剥き出しの 怪物の背中だった。


肌は煤けた色をしていて、

ところどころ青い鉱石のような突起がゴロゴロ突き出している。



「埋込型人造兵器、星の子だ。

アストラが所有する兵器のひとつ。皆の家族や友、仲間はコイツに殺されたのだろう…?」


男は銃を観客に向けたまま挑発する。



観客席にいた女がひとり…

  顔を真っ赤にさせて立ち上がる。

     女はたくさんの涙を流していた。


すかさず銃口が女に向けられ、危険を察した周りの数人が慌ててその女を抑えこんだ。




「ハハ…焦るなよ。良いニュースはここからだ」



「クソ野郎っ!クソ野郎っ!!」と女は虚しく泣き叫ぶ。



男は平然と運営側に合図をする。


すると数人の警官とともに

頭から布を被せられた何者かが連れてこられた。


「…布を取れ」


男が短く指示すると、警官は頭の布を強引に剥ぎ取る。





中年の男性だった。

随分殴られたのだろうか。顔は腫れあがり、猿ぐつわを噛まされ、目はうつろだ。



男は演台から降りはじめる。



「…こいつはアストラのリーダーだ」


競技場内にどよめきが走る。




「…良いニュースとは」



男は

左手にマイク、

右手では銃をクルクルもてあそびながら、中年の男性に近づく。


観客は固唾を飲んで見つめている。




「ここでアストラが消えること」


クルクル回る銃口がアストラの側頭部付近でピタリと止まる。


鮮やかに。



「え…-」

 








発砲音が響き、アストラは頭から倒れた。




「………………う」


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」



大歓声が巻き起こる。




    確かに良い知らせだった。




歴史が進んだ。

アストラの消滅は、紛れもなく快挙である。


          ☆



役目を終えた男はその場に銃を捨てて、退場する。


歓声はしばらく止みそうにない。




退場した先には、

黒いハットを被った男が待ち構えていた。


パン、パン、パン -乾いた拍手。



「素晴らしい。私の想像を遥かに超えた」


「…気色悪いな。早く帰りたい」



男は素に戻っていた。

ゲッソリとした顔で黒いハットを睨む。

黒いハットは和やかに笑いつつ、男を出口まで誘導し始める。



男は立ち去る前にもう一度競技場を見た。

南中の日差しが遺体を腐らせはじめている。



男は 黒いハットに質問する。


「アストラ、あの男は誰なんだ?」 



______アストラは黒いハットの奥でニヤリと笑った。


           ☆



結局 _… 


中継映像を切ることができず

またも休戦式典を見てしまった。



例年とは確かに違った。  違ったが…


「うわぁああああ!」


ソウタは、式典中継を見ていた携帯型テレビを石畳の階段に叩きつける。



「あああ!ああっ…あああ‼︎」


液晶の破片で指が切れるが止められない。


頭がおかしくなりそうだ。




全部全部消えてくれ。

頼むから。連合会もろとも消えてくれ。



「ハァ…ハァ………ああっ!」



テレビは案外すぐに粉々になった。

だけど怒りはおさまらない。


ソウタは今度は拳を階段に叩きつける。


「ああああああっ!!!」



式典での光景は、ソウタにとって一番苦しい記憶を呼び覚ました。

8年前、

三領域連合会は今日と同じように

 ソウタの父親を見せしめにしていた。

 



痛い。



ソウタは立ち上がり、フラフラと階段を上りはじめた。




ソウタは今、東方記念碑公園にいる。

墓参りに来たのだ。


階段を登りきった先に石碑が建てられている。



上まで辿り着くと、あまりにも綺麗な景色が広がっていた。

雲ひとつない青空。

世界の淵まで見えそうな透き通る水平線。




どうして こんなに綺麗なんだろう…


ソウタはその場に膝から崩れ、嗚咽おえつをあげた。



(父さん…母さん………)



父も母も優しかった。

…どうしてあんな目にあわされなければいけなかったのだろう…




「アストラは…いなくなった…よ。平和になった…んだ ……て」


一体どんな顔で伝えればいいんだ…?



           ☆


ソウタははっと我に帰った。


自分の影がずいぶんと長く伸びている。


辺りは夕暮れ時。

どうやらうずくまって眠っていたようだ。


(やば…)



ソウタは急いで帰路につく。

夕刻の点呼までには学生寮に戻らないと教官から大目玉を食らうから。



すぐに立ちあがろうとした。

そこで気がつく。




ソウタのすぐそばに黒い球が落ちている。


(こんなのあったか?)



ソウタは黒い球を覗き込んでみた。

思わずえっ! と声を出てしまう。


その黒い球がひとりでひび割れだした。




ピキ…ピキピキピキ…………




「え??! ちょ…待っ」



ドゴオオオオオオオオー--ン!!




轟音が鳴り響き、辺りは黒煙に包まれる。


「うわぁ!!」




黒煙にはキラキラと光る砂が漂い、

その砂がシュルシュルまとまっていく。

そして背骨のようなものを形成し始めた。


やがて背骨から骨盤、四肢の骨、そしてそれらの骨を青い鉱石が散らばる皮膚が覆い、胴体のようなものができる。

最後に頭部が形成される頃には砂はすべて怪物の身体に吸い込まれていた。


視界が晴れる。




ソウタは煙の中にいた怪物の姿を見て、叫びそうになるのを死に物狂いで抑えた。


(っ!星の子!?なんっ!)



ソウタは両手で口を抑えたまま後ずさる。

呼吸は荒くなりうまく足が動かない。 



(…落ち着け…落ち着い)



怪物が吠えた。

全身を左右から抑え込まれるような圧迫感。

頭が強制的に真っ白になる。


「はっ…はっ……」


ソウタは背筋が凍り、腰が抜けた。

もう到底動ける気がしなかった…




つづく

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