腐った死体のスミスさんを仲間にしたら、正体は超絶美女だった。
俺は、小樋アキト、25歳、独身童貞彼女無し。とある底辺ブラック製造業の現場作業者をやっている。
現場作業者を消耗品以下だと豪語し、ぞんざいな扱いをする悪徳社長の千箱唄郎の方針で、今日も俺達は過酷な重労働に従事する。
作業者は全員、毎日極限まで酷使されているので心身ともにボロボロだ。このような職場では事故が起こるのも日常茶飯事となっている。
そして今日、事故に巻き込まれるのは俺の番だった。俺の方に倒壊してくる巨大な鋼材。そこから先はどうなったか分からない。
* * *
目が覚めた時、俺は日本とは違う世界にいた。肉体はどこも損傷はなく、容姿も日本にいた時とは違っていた。俺が戸惑っていると、頭の中で声が聞こえる。
「異世界からの転生者よ。お前に特別な能力を一つ送る。それをうまく使い今世では楽しく生きるがいい」
「特別な能力ですか?」
「そうだ。人間以外のあらゆる種族の♀を強制的に惚れさせ、服従させることが出来るが、人間の♀からは極限まで嫌われるという能力だ」
人間の♀から嫌われるのは、デメリット大きすぎないか? と思いつつこの世界で頑張ってみることにした。
異世界転移した初日に作為的に遭遇した、神話級ドラゴン「ベルゼマータ」(♀)と魔族の頂点「ヴェルガラード」(♀)に惚れられ配下にする。
この世界の最強の存在を配下にした俺は彼女らの力を使い、対峙するモンスター(♂)を片っ端から倒しまくった。
秘境の奥地に生息する伝説級の魔獣も、太古の遺跡を守護するガーディアンも、深淵のダンジョンに蠢く凶悪な魔蟲も、俺の配下となったベルゼマータとヴェルガラードには決して敵わなかった。
世界に点在する魔王と名乗る強力な魔族も例外ではない。何体かの魔王も倒し俺の経験値となった。
俺はモンスターを狩り続け、この世界に転生してから一年ほどでレベルは9999のカンストに達し、いくつものスキルも手に入れ自身も最強の存在になった。
俺に与えられたチートスキルのおかげで、モンスター(♀)は全て俺に惚れ配下になろうとする。それらを片っ端から配下にしていたら、気が付くとその数は一万を超えるまでになっていた。
そして、人が近づくことが出来ないような山奥に、配下達が勝手に建てた広大な城に住んでいる。
最強となったからと言って、俺の心は満たされることは無かった。なぜなら『人間の♀からは極限まで嫌われる』というチートスキルの副作用によって、女の子からことごとく嫌われるので、彼女が出来ないからだ。
人間たちは強大なモンスターを使役している俺を恐れていた。表面上は英雄の様に扱ってはいるが、本心では疎ましく思っている。
特に女性たちは俺を毛嫌いしていた。圧倒的な強者である俺に悪態をつくわけにはいかないので笑顔を向けてはいるが「あいつに襲われるくらいならゴブリンとヤった方がまし」などとひそひそ話をしている。
俺の地獄耳スキルで丸聞こえという事も気が付かずに。
以前、気になっていたギルドの受付嬢に「好きです。付き合ってください」と告白したところ「父さん、母さん、先立つ不幸をお許しください」などと言いながら自分ののど元に短剣を突き刺そうとしたときは驚いた。文字どうり死ぬほど嫌だったんだろう。
せっかく異世界に来て最強になったのにこっちの世界でも童貞のまま死ぬのか……と絶望したものだ。
ちなみにこの世界にはエルフや獣人のような亜人種は存在しない。
また、サキュバスやリリスなどのモンスターでも美少女の容姿をしておらず、いかにも悪魔っぽい容姿だ。人間から精気を奪う時はチャームの魔法で幻覚を見せている。
俺は状態異常完全無効化のスキルも所持しているので幻覚など効かない。幻覚の中ですら女の子といイチャつけないのだ。
そこで俺は、配下のモンスター達を人化させる魔法や薬が無いか世界中を探している。
それさえ見つけることが出来れば、俺の配下のモンスター達は全て♀であり、俺の為なら死をも厭わぬ強烈な忠誠心をもった奴ばかりなので、ハーレムにできるだろう。
* * *
今日も俺は人化の秘法を探しまわっている。怪しげな古城を探索していると一体のゾンビに遭遇した。
仲間になりたそうにこちらを見ている。性別が分からないほど腐っているが多分♀だろうな。
ゾンビの配下は大量にいるし面倒なので、俺はそいつを無視して通り過ぎようとした。
ところが、そのゾンビは俺の前に立ちふさがる。
俺はイラッとしたので、ベルゼマータを召喚し「消せ」と命じる。ベルゼマータはそのゾンビの周囲を結界で囲いブレスを吐き出した。
本来なら山をも消し飛ばすほどの威力のブレスだ。結界で囲まなければあたり一帯は焦土と化していただろう。ゾンビごとき跡形も残らず消滅するはずだった。
ところが、光の粒子が集まり収束し、ゾンビの身体を再構築し始めたのだ。
「バカな、ありえない。ベルゼマータのブレスは肉体はもちろん魂魄、霊体、精神をも破壊しつくす。再生などできるはずない」
しかし、実際に目の前のゾンビは再生した。俺はそのゾンビに興味が湧いた。
「お前、名前はあるのか?」
「……ス、……ミス」
「スミスか気に入った。配下にしてやる」
スミスは嬉しそうにしているかはよく分からないが、俺の城に転送してやった。
その後、俺は古城を隈なく探索した後、自分の城に転移して戻った。
* * *
今日は満月か……、綺麗だな。城のバルコニーに出て一人で月を眺めている。可愛い彼女と一緒に見れたら最高なのに、とため息が漏れてしまう。
その時、背後から何者かが近づいて来る気配を感じた。
振り返ると、思わず息を呑んでしまうほどの美女が立っていた。白い滑らかな肌、銀色の美しく長い髪、豊満な胸、くびれた腰。前の世界で見たどんなモデルよりも美しいと思える程の顔立ちだ。
俺は一瞬呆けたものの、ここに普通の人間の美女がそう簡単にたどり着ける訳はない。手練れの刺客か? 俺は警戒し鑑定スキルを使用する。
名前 アルテミス=フォートミス
性別 ♀
種族 アンデット
……以下のステータスは省略
人間ではなくアンデットだと? 俺は「お前、何者だ?」と問う。
「私は昼間、あなた様の配下に加えて頂いた、スミスでございます」
その美女は微笑み、透き通るような美しい声で答えると、優雅な動作で礼をする。
「昼間、あの城にいたゾンビか。だがその姿は……?」
アルテミスは俺に歩み寄りながら、説明を始める。
「私は、人間の魔導士でした。人々を苦しめる邪悪な死霊術士を討伐したときに呪いを掛けられてしまいました。以来ゾンビとして生かされ、絶対に死ねなくなってしまったのです」
「でも満月の光の魔力に照らされる間は、元の姿に戻ることが出来ます」
「累積で8760時間、愛する男性と半径1m以内にいることが出来れば呪いが解けずっとこの姿でいられるようになります」
「呪いが解けると言っても、姿が元に戻るだけです。人間には戻れません。永遠にアンデットのままです」
再び俺は鑑定スキルを使用する。解呪まで8759時間46分14秒……カウントが見える。
8760時間……つまり、一年間、1m以内にいればこの美女といつでも一緒にいられるのか。俺が考えていると、アルテミスが声を掛けてきた。
「今宵の伽は私に命じてください」
「え?」
アルテミスは俺にさらに近寄ってきて、間近に顔を寄せ耳元で囁く。
「ですから……、私を抱いて下さい。マイマスター」
「呪いを掛けられた際に、私の魂魄と霊体は変質してしまいアンデットとなりましたが、肉体としては人間の女そのものですよ」
アルテミスはその妖艶な肢体をくねらせ俺に見せつけ誘惑をしてきた。女性の甘い香りが俺の鼻をくすぐる。俺に幻覚は効かない、この香りは本物だ。俺の鼓動が高鳴る。
女性に免疫のない俺が、こんな美女から誘惑されたら緊張してしまう。
俺が「はっ、ハぃ」と裏返った変な声で返事をすると、アルテミスはクスッと笑い俺に腕を回し抱き着く。
「愛しています。マイマスター」
顔を近づけ甘い声で囁く。俺はアルテミスをきつく抱きしめ、唇に吸い付く。温もりと柔らかい感触は生きた人間そのものの様に感じる。
俺は理性が吹き飛び夢中でアルテミス抱いた。溜まりに溜まった情欲を、一晩中吐き出し続けた。そして力尽きた俺はそのままバルコニーで寝てしまうのだった。
* * *
翌朝、目が覚めるとゾンビのスミスさんが傍らに立っていた。俺が目を覚ましたことに気が付くと、一礼して去って行った。鑑定すると解呪まで8755時間……。長いな……っていうか無理だろ。
でも最高だったなー。
その日は初体験の余韻で何もする気が起きず、ぼーっとしていた。
そして夜が来た。俺はバルコニーまで行き、空を見上げ月を見つめる。
「今日も満月だろ。ほとんど丸い。うん、満月だね!」
「マスター、今宵も月が綺麗ですね」
背後から美しい声が聞こえ、俺が勢いよく振り返ると、スミスさんはアルテミスの姿になっていた。
「満月の度合いが97%以上ならこの姿に戻れます。大体ひと月に4日程度はあります」
俺は「そうなのか」と返しつつ、喜びで体が震えるのを感じた。
今日もアルテミスは美しく、つい見とれてしまう。俺は恐る恐るアルテミスに聞く。
「今夜も抱かせてくれないかな?」
「はい。喜んで」
即答だった。他の配下のモンスター同様、俺の言いなりなんだろうか。少し攻めた命令をしてみる。
「口でしろ」
「ああ、マスターに命令して頂けるとは、なんて光栄なのでしょう!」
アルテミスはすぐに俺の近くまで来て、俺の服を緩め始めた。
「マスターの喜びこそが私の喜び」
恍惚とした表情で俺の命令に従うアルテミス。俺の言いなりになる美女に気分は高まる。今夜もそのまま力尽きるまでアルテミスと縺れ合った。
それから翌月も、その翌月も満月期の4日間はアルテミスと抱き合った。
いつもバルコニーでするわけにもいかないので、配下たちに月明かりが入る寝室を作らせた。
雲が満月を隠そうものなら、配下のモンスターに命じ雲を消し去った。
一日も早く呪いが解けるように、ゾンビのスミスさんの時もなるべく俺の傍に置いた。
人間たちには「ついにゾンビと結婚したか」と揶揄されたがそんな事は気にしない。スミスさんの本当の姿、アルテミスは俺にとって世界最高の美女なのだから。
ようするに俺はアルテミスに惚れてしまったのか。人間ではない人型の♀。しかも美形。多分この世界にアルテミス以外にはそんな存在はいないだろうから。
俺は探すものが、人化の秘法と、アルテミスの呪いを解く方法の二つになった。配下に情報収集をさせ、自身は世界中を探し回る。
ある時、配下のモンスターから、人化の秘法がとあるダンジョンにあるという情報を入手したと報告を受けた。
俺はスミスさんを連れて、そのダンジョンへ向かった。
ダンジョンの最奥まで容易く到達したものの、そこにある広間には何も見当たらない。また偽の情報だったか、と思いながら俺は広間の真ん中まで歩いて行く。
すると俺の足元に魔法陣が出現し光り輝く。これは拘束用の魔法陣だな、俺を捕らえる為の罠か。
ふん、こんなもの俺に効くわけがない。
俺は腰に下げた剣を抜いて、魔力を通わせる。そして地面に描かれた魔法陣を切りつけた。
しかし、魔方陣にはかなりの魔力量が込められており解除できない。
仕方ないので配下を召喚しようとするが、召喚魔法を行使しようとすると魔力が霧散してしまい召喚もできなかった。これは少しまずいな。
魔法陣の外周部分には、紫色の結界が展開され触れると、俺の身体ですらダメージを受ける。
「上位の術士100人がかりで、国宝級の封印用アーティファクトに魔力を送って作り出した魔法陣だ。貴様でも抜け出せないようだな」
広間に男の声が響いた。声の方に視線を向けると、一人の軍服を着た中年の男が立っている。
そいつは勝利を確信したのか、俺の前まで来て薄ら笑いを浮かべ解説する。
「俺もこんな事はしたくないんだが、強力なモンスターを使役する貴様は迷惑だから消せとの勅命でな」
「悪く思うなよ。大人しく魔石に封印されてくれ」
そのとき、バシッと衝撃音がした。
スミスさんが紫色の結界に体当たりしている。その身を砕かれながらも、再生を繰り返し魔法陣の中に進入しようとしていた。
「ただのゾンビ風情が壊せる魔法陣じゃあないんだ。大人しくしていろ」
軍服の男はそれを見て笑っている。
俺はスミスさんが己の身を砕きながら、結界にぶつかり続けるのを、見ていられなくなり思わず叫んだ。
「もうやめろ! たとえ封印されてもいずれ自力で抜け出して見せる。いくらお前が死なないと言っても痛みはあるんだろう!」
だがスミスさんは体当たりをやめない。しきりに「ますた……、たすける」と呟きながら結界に突進を続けていた。
人間だった頃に強力な術士だったからか、呪いで魂魄と霊体が変質したからなのか、あるいは想いの強さがなせる業なのかは分からないが、スミスさんは結界を強引に通り抜け魔法陣の中に侵入した。同時に俺は魔法陣からはじき出される。
魔法陣の周囲の紫色の結界が、スミスさんごと徐々に収縮して一つの魔石になる。俺がアルテミスの名を叫ぶと、彼女の声が聞こえたような気がした。
「マスター、私は不死身なのです。心配しないでください」
眼前で起きた出来事に、青ざめへたり込む軍服の男。俺はスミスさんが封印された魔石を拾い上着のポケットにしまうと、ベルゼマータとヴェルガラードを召喚し「滅ぼせ」と呟いた。
* * *
それから、俺はこの魔石の封印を解除する方法を必死で探した。
当然、アルテミスが封印された魔石は肌身離さず持っていた。一年近くが経過したある日、配下がどんな強力な封印も解除できるという魔王を見つけ俺に報告する。
すぐさま俺はその魔王に会いに行く。残念ながら魔王は♂だったので服従させることはできない。力で屈服させようとすれば誇り高く死を選びかねないので、俺は土下座して頼み込んだ。
何度もその魔王に会いに行き、手土産として世界各地で収集したアーティファクトをいくつも渡した。
どれも貴重な品物だが、アルテミスに比べれば如何なる秘宝とて価値など無いに等しい。そうこうしているうちに、その魔王も俺の気持ちを汲んでくれ、魔石の封印を解除してくれると約束してくれた。
儀式が行われ、封印が解除されると、姿を現したのはスミスさんではなくアルテミスだった。満月でもないのになぜだ?
「呪いは解けているのか?」
「ずっと、マスターが私をお傍に置いて頂いているのを感じておりました」
「そのおかげで、呪いは解除されたのです」
どうやら魔石に封印されている間も、1m以内にいるという解呪の条件を満たしていたようで、呪いは解除されたらしい。
俺はアルテミスに駆け寄り抱きしめた。
「アルテミス、会いたかった」
「ああ、マスター、私は最高の果報者でございます」
「俺の事は、マスターではなく名前で呼べ」
「はい、アキト様」
封印を解いてくれた魔王に礼を言い、俺達は自分の城に帰った。
待ちに待った一年ぶりの再会だ。早くアルテミスをベッドに押し倒したかったが、いきなりやらせろと命令するのは気が引けたので、封印を解く苦労話などをしつつ様子を伺っていた。
ふと、アルテミスと目が合うが、俺はつい視線を逸らしてしまう。
「アキト様、遠慮しているのですか? 私を抱きたいと顔に書いてありますよ」
俺の鼓動が跳ね上がり、思わず両手で自分の顔をペタペタと触ってしまった。落ち着け、実際に書いてあるわけないな。
その動作を見ていたアルテミスは優しく微笑む。
「私の心も身体もアキト様の物なのです。遠慮など不要ですよ」
アルテミスは俺に近づき、美しい顔を寄せそっと唇を重ねた。俺はたまらずアルテミスをきつく抱きしめ、貪る様にキスをする。そして、アルテミスを抱き上げ寝室まで運び、俺達は一心不乱に抱き合った。
会えなかった一年分を取り戻すかのような、熱く濃厚な時間を過ごし満たされた後、二人で抱き合ったまま横になっていると、アルテミスが俺に甘えながら囁く。
「アキト様、愛しています」
俺は「ああ」と答え、アルテミスの頭を撫でる。しかし、アルテミスは何か言いたげに俺を見つめているので「どうかしたのか?」と問う。
「アキト様は、私の事をどう思っているのですか?」
俺がなんと答えたものかと迷い「それは……」とこぼすと、アルテミスは上目遣いになり俺を見つめて「それは?」と俺の言葉を反復する。
俺は彼女の可愛らしい仕草が、愛おしくてたまらなくなる。
「俺も……し……るよ」
想いを口にしようとしたが、言っている途中で恥ずかしくなり、小声になってしまった。
「ふふっ、アキト様、聞こえませんでした。申し訳ありませんがもう一度言ってください」
アルテミスは俺にどうしても言わせたいようだな、可愛い奴だ。
俺は意を決して、はっきりと言う。
「愛しているよ、アルテミス」
「ああ、アキト様!」
俺のその言葉に、アルテミスは満面の笑み浮かべ抱きつき、唇を合わせてくる。気分が高まった二人は何度も縺れ合ったのだった。
人間の♀に嫌われるという、チートスキルの副作用のせいで一時は絶望したが、アルテミスのおかげで幸せをつかむことができた。これからも、彼女を大切にしようと誓うのだった。