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表紙で物語は決められない

作者: くまそば

連勤の仕事を終えて1日丸々のんびりできる本日、以前から図書館で予約の順番待ちをしていてようやく手元に届いた推理小説を、クーラーがキンキンにきいた自室で読み進める。外では、朝の涼しい時間帯に干した洗濯物が気持ちよさそうに風に揺れている。

やや説明的で、ワタシの頭には難しい単語に面白みが感じられないながらも、数カ月待ち続けたという勿体なさに目が紙の上の活字を滑っていく。耳にはお気に入りだけをまとめた音楽プレーヤーからランダムに曲が流れてきて、それも内容が入ってこない要因だとは思いつつ止める気にはなれなかった。

どのくらい読んだのか確認のため、本の天部分を見やると、同時に机の上に放っていたケータイが目に映る。通知を知らせるランプが点灯していたので、いったんスピンを挟んで軽く体を伸ばした。しかし、先程まんぷく昼食を食べたというのに小腹がすいているのはいかんともしがたい。

「…」

アプリの体力回復通知に、メール受信通知…と、チャットアプリからのメッセージ通知。

『いるのは分かってる』

…これが太陽さんさんの昼下がりでなかったら軽いホラーである。

『さっさと入れろ』

今、外したくないんだけどな。ため息ついでにイヤホンを両耳から引っ張り、玄関に向かう。数歩でたどり着いたそこを開くと、一瞬にして汗をかく熱波と、不機嫌顔した汗だくの黒づくめ不審者が入ってきた。

「遅い。」

「不法侵入?」

「こんなイケメンが訪問してやってんだ。ありがたく思え。」

「客観性をお持ちのようで素晴らしいですね。」

押し付けられたコンビニ袋のお高め箱アイスを冷凍庫にしまう間に、不審者…黒羽和葉くろばかずははキャップとサングラスとマスクを外して、我が物顔してソファーになだれ込む。暑いんだったらキャップとマスクまで黒を使わなければいいと思う。

「あ、温度。」

「今日の最高気温知ってるか?39度だぞ、さんじゅうきゅう。けちけちすんな。」

「家から出なきゃ良いのでは。」

「アイスいらんのか。」

「ありがたく頂戴いたすけれども。」

「まじでお前、俺以外に餌付けされんなよ。」

「お前に餌付けされた覚えもねぇよ。」

さっそく箱を開けて、スプーンと一緒に2つアイスをローテーブルに乗せる。適当に流していたテレビでは、刑事ドラマの再放送が始まっていて、現在目の前にいる男と同じ顔がスーツを着てセリフをしゃべっていた。

「さすが俺。」

「やっぱバニラが一番うめぇ。」

「花より団子だな。」

「団子じゃなくてアイスな。」

「そういう意味じゃねぇよ。」

「そのお花様が何の用かね。」

「用が無けりゃ友だちん家訪ねちゃいかんのかね。」

「はぁ。」

「反応うっす。若手注目株、視線1つで女を虜にするイケメン俳優、黒羽和葉に友だち宣言されて仏像顔していられるの女はお前くらいだよ。」

さすがお高めのアイスだけあって、すぐに食べ終わってしまった。

黒羽和葉は、自信が説明した通り今をときめく若手イケメン俳優だ。2.5次元という舞台を中心に、テレビでも活躍し、顔の良さだけでなく役本人が乗り移っているような演技力の高さにも定評があるらしい。さらにインタビューやバラエティーでは、現状のような死んだ魚の眼をした暴君などではなく、ちょっとしたずらっ子好青年という印象があるらしい。“らしい”というのはコレのファンだという友人がとくとくと語ってくれたことだからだ。

そんな有名人と出会ったのは10年程前。高校に入った最初のクラスでたまたま隣の席になって、たまたま趣味の話が合って、たまたま友人関係と呼べるまで仲が良くなったというだけの話なのだが、以来、大学でコレがデビューし、ワタシが就職しても、こうして家を行き来…というか、一方的に来襲されているのだが、それくらいには交友が続いていた。公言していることなのでもはやパパラッチは飯のタネにならないと周知しているらしいし、大抵のファンも「モブ1人と仲良くしている黒羽和葉すげぇ優しい」ぐらいしか認識していないらしい。

「んで、相変わらず変なタイトルの本好きだな。」

「失敬か。」

「面白いの?」

「面白いような難解のような。」

「どっち。」

「ワタシには高度なんだろうね。」

「お前簡単な脳みそだもんな。」

「再び失敬か。」

その通りだけども。

「タイトルとパラ読みで決めるからだよ。」

「フィーリングを大切にしているのだよ。」

「一万年と二千年早い。」

「良い笑顔で言われると地味にダメージでかいな。」

「今度オーディション受ける予定のキャラが腹黒優等生なんだよ。前にお前が勧めてくれたマンガ原作の舞台化。」

「まじか。SNSで流れてきてたやーつ。」

「行く?」

「どーかなー。人気作だし、抽選当たるといいけどな。」

「受かったら招待してやろうか。」

「こういうのは自分の力で当てるから楽しいのだよ。」

「そういうもんかね。」

「そういうもんだね。」

すっかり溶けてしまったアイスをカップからすすると、黒羽和葉は一息ついてから立ち上がる。ちょうど再放送も終わって、夕方のニュースが始まった。

「明日早朝撮影だったわ。」

「乙。」

「モーニングコールは?」

「え、しないよ。」

「仏像顔好きだな。」

元からですが何か。

「それと、今度は、俺が来る前にそのヨレヨレのキャラTシャツを着がえとけよ。」

「着替える時間があったと思いますか。」

「毎回のことなんだから準備しておけ。」

「家でくらい楽な恰好させてくだされ。」

よく、男と女の友情は成立しないという。そこには恋愛感情が必ず発生すると考えられるからだ。そういう意味では、百戦錬磨のイケメンと、初恋も怪しい恋愛初心者のワタシがそういう関係になることは皆無なので友情は成立するのだろう。少女漫画の世界じゃあるまいし、現実はそう簡単に恋に落ちることはない。

「じゃあまたな。」

「おー。」

貴重な休みが、また終わっていく。明日からの仕事に憂鬱を覚えながらすっかり冷たくなった洗濯物を取り込もうと、玄関の向こうに聞こえる足音が消えてから鍵を回した。


なんだこれ、と思ってくれたら幸いです。

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