5. ご飯(他者視点)
使用人のミシェルは平民である。
彼女は最近、フランク・L・フォークナーに仕えるようになった。
フランクの使用人は辞めていく者が多く、入れ替わりが激しい。
しかし、給料が良く。
ミシェルはお金のためにフランクの使用人になった。
そこで、給付係を任されたのだが、
「こんなまずいもん食えるか! 作り直してこい!」
フランクはわがままばかり言う子供であり、暴言罵倒は日常茶飯事。
暴力を振われるのは時間の問題であった。
そも、多くの貴族は自分よりも立場の下の者を、見下す傾向にある。
平民など人ではない、と考える貴族が多く、選民思想が蔓延っている。
フランクも漏れなく選民思想を持った貴族であった。
さらに言えば貴族至上主義を超え、自分至上主義とも言える考え方を持っていた。
そして、ある日のこと。
ミシェルは粗相を働いてしまった。
デザートの載った皿を落としてしまったのだ。
フランクが「今日のデザートはなしにしろ」と言ったから、驚いてしまった。
デザートがないと大暴れしていたフランクが、デザートはいらない、と。
その言葉に驚かない使用人はいない。
あまりの失態にミシェルは顔が真っ青になった。
フランクによって怒られる。
どんな仕打ちが待っているかわからない。
と、ミシェルは悲観する。
「も、申し訳ありません!」
彼女は何度も頭を下げ、許しを乞うた。
ミシェルは恐怖で声も体が震えていた。
しかし、彼女の予想に反して、
「謝らなくても良い。それ以上謝られると、却って不愉快だ」
と、フランクは言った。
その言葉に安堵し、顔を上げた途端、
「ひ、ひいぃぃぃ」
と情けない声が出て、後退りをした。
あまりにもフランクが凶悪な表情をしていたからだ。
その顔に、この世で最も恐ろしいとされる魔女を連想するほどだった。
今から何をされるのか。
想像するだけで、震えが止まらなかった。
だが、しかし。
フランクはミシェルに近づいてくることはなかった。
それどころか、
「いたっ……」
なんと、フランクがミシェルの落とした皿やデザートを片付け始めたのだ。
ミシェルは開いた口が塞がらなかった。
――この人は何をやっているの?
まず、ミシェルは疑問を抱いた。
状況がまったく理解できなかったからだ。
そして、その疑問が口からこぼれ出た。
「どうして……?」
――どうして片付けをしているのですか?
そう聞こうとしたが、後半は口がパクパクと動くのみで声にはならなかった。
「割れた皿を片付けている。床に落ちたデザートを見ながら、飯など食えんからな」
――それはわかっている。
と、ミシェルは思った。
わからないのは、どうしてフランクが掃除をしているか、についてだ。
本来、ミシェルがすぐにでも片付けをするべきだったのだが、このときの彼女は驚き過ぎていて、役目を忘れてしまっていた。
ミシェルはまじまじとフランクを見た。
「……フランク様であられますよね?」
「無論、フランクだ。貴様の目は節穴か?」
尊大な物言いや見た目はフランクである。
しかし、行動があまりにも普段とかけ離れていた。
ミシェルは再度確認するように尋ねた。
「本当に、フランク様ですよね?」
「何度言わせる。貴様は馬鹿なのか?」
と、フランクが言うが。
ミシェルは未だに信じられなかった。
彼女の目の前には太った少年がいる。
ぶくぶくに太った体とテカテカの顔は相変わらずだ。
口調も傲慢極まりない。
フランクという人間は極めて暴力的な子供である。
そう、ミシェルは考えている。
なのに、目の前にいる少年は、ミシェルの描くフランク像と異なっていて、
「……私は夢を見ているのでしょうか?」
と、自身の頬をつねってみた。
フランクが使用人の後始末をすることなんてありえない。
それこそ、天と地がひっくり返りでもしない限り。
だから、真っ先に夢の可能性を疑った。
夢なら納得ができる。
彼女の潜在意識が夢に現れたのだと、思える。
しかし、
「い、痛い……夢ではないようです」
皮膚の痛みはしっかりと伝わってきて、これが現実であることを如実に物語っていた。
「夢なわけがないだろ。貴様が夢現なのは認めるが」
フランクがそう言うと、ミシェルは急に現実に引き戻されたような気分になった。
すると、今までの行動がとてつもなく無礼だったと気づき、
「た、大変失礼いたしましたー!」
と言ってから、ミシェルはパニックを起こし。
そして、逃げるようにその場を去ってしまった。
しかし、途中で自分が大きな失態をしていることに気がついた。
デザートの皿を割った挙げ句、片付けもせずに部屋を出ていってしまったのだ。
おっちょこちょいでは済まされない。
ミシェルは顔を真っ青にさせて、急いでフランクの部屋に戻っていった。
今度こそ、本当に怒られる。
と、彼女は震えながら、フランクの部屋に入ったのだが。
「部屋が綺麗になっている……?」
またもや、ミシェルは驚くことになった。
「貴様の代わりに、俺が片付けをやっておいた。俺に感謝することだな」
使用人として大きな失態だ。
もう恥ずかしいぐらいの失敗を繰り返して、羞恥で顔が赤くなった。
だが、これ以上の失敗は許されない。
そう思い、彼女はきゅっと真面目な顔を作る。
そして、
「申し訳ありませんでした」
と頭を下げると同時に。
――こんなに失敗続きの私を怒らないなんて……。もしかしたら、フランク様は改心されたのかもしれない。
とミシェルは思うのだった。