青騎士【キース】
カイザー様は昔から手に負えなかった。
王子という立場から横柄な態度。思いやりもなかった。
その上、面倒なのが美しい女性にはすぐ手を出す。
本当に救いようがないと思ったのは婚約者がいるにも関わらず多数の女性をベットに誘い込んだとき。
百歩譲って愛を囁くだけならいい。社交辞令として逃げ道があるのだから。
実際には関係を持ち、バレても悪びれることなく翌日には同じことを繰り返す。
そんな浮気癖のある男との婚約など解消されて当たり前。
未来の王妃という利得があったとしても、何十人の側室を迎えると最初からわかりきっている結婚など誰もしたがらない。
どの家も娘の幸せを第一に考え、後釜に収まろうとはしない。
「キース。少し話せないか」
国務に追われた陛下は顔に出るほどお疲れの様子。
私の顔を見てため息をつくのはカイザー様のことで何かあったときだけ。これまでどれだけ尻拭いをしてしたことか。
いち騎士である私に陛下の誘いを断るなんて出来るわけもなく一礼した。
「なぁキース。戻ってくるつもりはないか」
「申し訳ございません陛下。私は……」
「キース。そのような他人行儀はやめてくれ」
「陛下。陛下の跡を継ぐのは兄であるカイザー様です」
第二王子に生まれ周りからは期待だけを向けられた。カイザー様が少し残念だったからでもある。
勉学も作法も、全てに置いて私のほうが優れていた。
それは驚くことではなく当たり前。
王子として相応しい教養を身に付けるため必死に勉強した。
人の上に立つべく生まれてきたのだから、身分で好き勝手していいはずがない。
カイザー様は勉強が大嫌いでいつも逃げ出していた。
最初のうちは家庭教師も追いかけていたが、途中から見限るように何も言わなくなったな。
カイザー様に時間を割くなんてもったいないと気付いてしまったのだろう。
そのため授業はいつも一人で受けていた。
私自身も、空席を気にすることななくなっていく。
新しいことを知れる授業は面白くて、わからないことは先生が困るくらい質問もした。
そのせいあってか、向上心に溢れていると褒められて期待され、次期国王は私だと誰もが確信していた。
第二王子でありながら王位継承権第一位。
それは……とても窮屈だった。
王なんてなりたい者がなればいい。私である理由がない。
たかが王族に生まれた私を命を懸けて守ってくれる騎士の姿がとてもカッコ良く、憧れから目標へと変わった。
それからすぐに陛下に話をした。騎士団への入団を許可して欲しいと。
王子が騎士団に勤めることはおかしくはない。歴代の王子も何人かは騎士の職に就いていた。が、私の場合は過去の例が当てはまらない。
私以外に王位を継ぐ者がいなかったからだ。
あのときの陛下はこの世の終わりみたい頭を抱えていた。
将来、王の座には私以外ありえないと言ってくれたが「嫌です」と即答で断った。
本当に嫌だったんだ。
せめて悩んでくれと、陛下ではなく父親の顔で言われたときには、失敗したと感じた。
揺るぎない私の決意に陛下は渋々認めてくれた。そのときに王子という立場で贔屓され甘やかされたくなくて王族であることを捨てた。
私の行動が陛下にはどう見えていたのか。
一瞬、悲しそうな表情を浮かべるも私の肩に手を置き、激励をくれた。
応援し背中を押してくれる。たったそれだけのことが嬉しくて、どれだけ辛いことが待ち受けていたとしても挫折せず頑張れる気がした。
入団許可をされた翌日から、ただのキースとして一から騎士道を学んだ。
いつもは見ているだけの剣。初めて手にしたときは重かった。この剣で多くの人を守る。
それと同時に誓った。
私は何があっても騎士の誇りを守り続けると。
国がどうでもいいわけじゃない。むしろ騎士として、下からカイザー様を支えていくつもりだったのに。
当の本人は私の考えを理解出来ずに、罵倒され金輪際、兄弟であることを名乗るなと怒鳴り散らした。
──なぜわからないのですか?
兄上が王となったとき、国民は貴方に王としての責任を求める。自分本位で女遊びばかりする王などいずれ失望されてしまう。
失ってから気付いても遅いのですよ。
だからこそ私が繋ぎ役として貴方を支えると決めたんだ。
「カイザーの暴走を止めるためにレイチェスター嬢と婚約させたのにあのバカときたら……」
ミラ・レイチェスター公爵令嬢。
グランロッド国で一番の美貌を兼ね備えた淑女。彼女ほどカイザー様の希望に沿った女性は存在しない。
にも関わらず浮気をしまくったのはレイチェスター嬢の能力がカイザー様より優れていたからだろう。
常に人の上にいたいカイザー様にとって女性より劣るのはプライドが許さない。
婚約破棄をしたのはレイチェスター嬢だと聞く。彼女はカイザー様の女性問題を大事になる前に解決してくれていたが、流石に一週間連続となると耐えきれなくなった。
むしろよく、今まで我慢してくれたな。
婚約者として、助言をしてくれていたのにカイザー様には何一つ響かなかった。
全ての落ち度がこちらにある以上、婚約破棄は受け入れざるを得ない。
婚約者のいなくなったカイザー様は更に女性に手を出す回数が増えて、もうどうすることも出来なくなっていた。
「カイザーが隣国の王女を婚約者に迎えると意気込んでいる」
「確か二つ歳下の愛くるしいお方でしたね」
「他人事だと思っていないか?」
「まさか」
隣国とはずっと仲良くしてもらっていた。互いの国の情報は筒抜け。私が騎士になったこともカイザー様の女遊びの悪さも。
どれだけ好条件を出されても私が隣国の国王なら絶対に婚約は認めない。不幸どころか地獄しか待っていないのだ。
どこの世界に自分の娘を嬉々として地獄に落とす親がいるのか。
「なぁキース。戻ってはきてくれないか」
「お断りします」
「お前だってわかっているだろう。カイザーでは国を背負えない」
「陛下。可能性は無限大です」
私がこうして騎士になれたのも諦めなかったから。
苦しい訓練の毎日でも、不思議とやめたいとは思わなかった。むしろ楽しくて仕方がない。
私にとって騎士で在ることは存在理由にも似ている。
どれだけ縁を切ろうと私達は兄弟。
同じ血が流れているのだからカイザー様も今から努力すればまだ間に合う。
人間、遅すぎるということはない。
努力次第で、未来などいくらでも変えられる。
私がそうしたように。