愛し子
「今日からコトネ様の侍女となりましたラヴィと申します」
離れにつくと、表で誰かが待ってくれていた。
キースに馬から降ろしてもらうと、その女性は小さく微笑んだ。
ラヴィさんは私を着付けてくれた人だった。乱暴に着替えさせられる中、優しく髪をといてくれた。
それはそれは丁寧に。
だからなのだろう。唯一、顔を覚えていた。
肩より少し長い髪は仕事の邪魔にならないようにまとめられている。
さっきは他の人に囲まれてわからなかったけど、私を蔑むことなく、人として接してくれようとしてるのだ。
多分この人は生まれながらに仕える人なんだろう。
そしてそれを当たり前に思っている。
嫌ではないのだろうか。王族でもなく、まして友愛と一緒にたまたま召喚された私のような人間のお世話をすることは。
しかも……。住み慣れた王宮からこの離れへの移動。私のせいでラヴィさんに迷惑をかけてしまっている。
「ラヴィさん。ごめんなさい。私なんかのために」
「何を仰っているのですか?コトネ様のようなお方にお仕えするのは名誉なことです」
「それは私がシェイドさんの加護を受けているからですか?申し訳ないんですけど私はそんな大層な人間じゃないですよ」
「あぁ。そういえばそんなことも聞かされていましたね」
そういえば?
これは冗談か本気か。態度を見るに本気っぽい。
無表情なラヴィさんは目を細めて笑った。
「私はコトネ様本人にお仕えするのが心より嬉しく思います」
嘘じゃない。ラヴィさんは本当に……。
私という人間を評価してくれている。
無価値で、何の取り柄もない友愛のオマケである私なんかに。
嬉しくて涙が出そう。
ここまで言ってくれる人に、卑屈になるのは逆に失礼だ。
「これからよろしくお願いします」
「コトネ様。主が使用人に頭を下げるなど言語道断。それと敬語も。呼び方も改善して下さい」
ズバッと言ってくれる。
私が叱られているのを、なぜかキースは微笑ましく見ている。
「よろしいですか。コトネ様」
しょんぼりと頷くと、ラヴィはまた無表情に戻った。
ラヴィには仕える側としてのプライドがある。
王宮で働いているということは代々続くお家柄。知ったような自分なりの解釈をして恥ずかしい。
少なくともラヴィは真に仕えるべき人は自分の意志で見極めている。
私なんかでいいのだろうかと不安に思う反面、ラヴィのような素晴らしい侍女に選んでもらったのなら、似合わないとしても少しだけ背伸びをして頑張ってみようと思う。
「ラヴィ。改めて今日からよろしくね」
「はい」
うん。やっぱり笑ったほうが綺麗だ。
ラヴィは綺麗系だから、真面目な顔もいいんだけどキリッとした目が和らぐ瞬間はギャップがある。
「挨拶は終わりましたか?それではコトネ様。中を掃除致しますので、このまま外でお待ち頂いても構いませんか?」
騎士の命とも呼べる剣を置いて腕まくりをする。
私が住むことになったとはいえ、ここは長い間放置されていた。埃も溜まり汚れも目立つ。
ここで暮らすには環境が悪すぎる。
王宮の敷地内ということもあり外観だけはそこそこ立派。みすぼらしいままだと王族の威厳に関わるとかで、少量のお金を使い造り変えた。
それなら取り壊したほうが維持費もかからず、節約になったのでは?と、出かかった言葉を飲み込んだ。
残しておいてくれたおかけで、私の住む場所があるわけなんだし。
二人が私のために掃除をしてくれると言うんだけど、二人より三人じゃないかな?提案してみるも首を縦に振らない。
むしろ激しく拒絶される。
私の手を煩わせるほどのことではない。なるべく早く終わらせるからと。
だから三人でやればもっと早く終わるって。
タダで住まわせてもらってる挙句に身の回りの世話もやってもらうんだよ。せめて掃除ぐらいは手伝いたい。
それにね。これでも家事全般は得意なほうだよ。きっと役に立つはず。
「こんな薄汚い所に心音を閉じ込めるつもりか」
聞いたことのある声。
小さなつむじ風と共に現れたのは腰まで長い銀髪に、イケメンや美少年なんかでは言い表せられない男前が宙に浮いていた。
耳が尖ってる。人間じゃないんだな。
この人は……召喚された日に私の前に現れた。あの日よりキラキラ度が増してない?
「シェイド……さん?」
小さく微笑んでは抱きしめられた。
──苦しっ!!力強っ!!
骨がミシミシ鳴ってる!!
子供が加減を知らずに小動物を抱きしめるくらい、力加減を間違っている。
ギブの意味も込めて背中を叩こうとすると、か細い声が私の耳に届いた。
「会いたかったぞ。我が愛し子」
頬に手を添えられて状況の理解に遅れていると、そのまま顔が近づいてきてキスをされた。
自分が何をされているのか全くわからない。
重なった唇には温もりがあり、そっと離れると時間差で顔が熱くなる。
──今のってキスだよね!?なんで!?意味わかんないんだけど!!
私が一人、頭を混乱させていると、シェイドさんは愛しい人を見つめるような、そんな瞳で私だけを映している。
「どうしたのだ心音」
何事もなかったように首を傾げた。
平然としていることから外国風の挨拶なのだろうか。
「え……?あっ、なななな……」
ようやく我に返った。
──私のファーストキスが……。
年齢=彼氏居ない歴の私には受け入れ難い現実。
何をどう怒っていいのやら。
イケメンオブイケメンにキスをされて嬉しさもちょっとはあったけど、好きな人としたかったと残念な気持ちの半々である。
「おい貴様。コトネ様から離れろ」
殺気立って剣を向けた。シェイドさんの首筋に剣先が触れる。
私から手を離し、剣を払いながらゆっくりと振り向く。
キースを見る目は冷たく関心がないみたい。
この二人。相性最悪だ。
混ぜるな危険並みに絡ませたらマズいことにしかならない。
「邪魔者は消えろ」
一瞬でキースとラヴィの姿が消えた。
部屋をグルリと見渡してはパチンと指を鳴らした。すると思わず目を細めてしまうほどピカピカに光る。プロ中のプロが掃除したみたい。
──魔法……なのかな?
ファンタジーの世界にでも迷い込んだみたい。
精霊王シェイド。
人に近い姿をして、でも人じゃない。
「シェイドさん」
「シェイドでいい。私達は運命共同体なのだから」
「え、えっと……?」
初対面のはずでは?
シェイドは住みやすくするためか内装まで変えた。それは私の元の世界の部屋と同じ。広さは全然違うけど。
離れでも王族の所有物。立派だよ。
それはさておき。私はいつまで抱きしめられていればいいの?
力は緩んだといえ恥ずかしい。
「ねぇシェイド。キースとラヴィはどこに行ったの」
「私がいるのに他の者を気にかけるのか?」
「だって私はシェイドを知らないし、それにキースは……」
「ふむ……。確かにあの者は心音を守った。それに関してだけは礼を述べてやってもいい」
するとそこに、息を切らせたキースが戻ってきた。汗だくになってるとことを見るにかなり遠くから。
「心音には私が付く。貴様らは用済みだ」
「何を勝手な。コトネ様には我々が……」
「こんなとこに追いやったくせにか?」
睨まれてキースは言葉を失った。
相手が精霊王ということもあり静かに頭を下げては出て行った。
私を抱えたままベッドに腰を降ろす。
「大丈夫だ心音。私がいる限りずっと守ってやる。我が愛し子」
──またキスをされる……。
思わず目を瞑ると唇ではなく額に温かい感触が触れた。
さっきも言っていた。愛し子って何だろ。
意味を聞こうとすると私の肩に顎を置いたまま寝息を立てていた。
この状況で寝ちゃったの?
美しすぎる寝顔に柄にもなく私の心臓はドキドキ高鳴ってる。