想いの奇跡
シェイドは初めて友愛を見たときから違和感を覚えていた。魔力に似た気の流れを感じていたそうだ。
それが本当に魔力で、常に魅了を発動していると知ったのは、神官長が持ってきた手記を読んでから。
実際にはシェイドの授けた魔法とはかけ離れ、歪になってしまっていたために、前世の魂がこちらの世界に在ったことに気付けなかった。
友愛の使っている魅了は最早、魔法ではなく呪いに近い。ネアの、我こそが一番という。
気付けなかったことシェイドを責められるわけがない。
扉が閉ざされたことにより、シェイドは精霊樹の中で眠ることにした。長い時間眠ると、感覚は鈍る。
初めて会った日、すぐさま姿が消えたのも力を上手くコントロール出来なかったことが原因。それでも違和感を感じて忠告はしてくれていた。
完全に閉ざされていた地下とはいえ、月に一度だけ精霊樹の様子を伺う。
普通の樹と違って水や太陽がなくても枯れることはない。
必要なのは祈りだけ。
バルク家当主は代々、扉を開けた日に精霊樹の前で一日中祈りを捧げる。その想いこそ、精霊樹が存在し続けられる根源。
国の歴史にネアのことが記されなかったのは彼女が平民だったからだろう。
王太子妃になれたのは魔法のおかげで、王子にはちゃんとした婚約者がいた。ちなみにめちゃくちゃ惚れ込んでいたらしい。
魔法の暴走(嘘)だったとしても、平民のせいで国が傾いたとなれば厄介この上ない。
貴族だったら同じ血を引く人を処刑すればそれで終わり。
平民の場合は違う。今じゃなくても、その先の未来で連帯責任という形で平民全員が報復を受ける可能性がある。
──カイザー様とか、絶対やりそう。
ネアと両親が死んでしまい、魔女と呼ばれる血筋はいなくなったとはいえ、いつかまたネアのような魔女が現れるとも限らない。
神殿だけが真実を記し、真実を公にしないと当時の王族と約束をした。
全ては平民を守るために。
「でもさ。私は友愛の魅了、効いてないけど、なんで?それにキース達も」
「愛されていたからではないのか?心音、お前は」
「愛され……?誰に?」
「決まっているだろう。両親にだ」
触れるシェイドの手から、優しい記憶が蘇る。
私の両親が懸命に文字を調べて、どんな名前にしようか悩む。
見つけた一文字。『音』
ネットや本でいっぱい調べて、見つけた意味。
『優しい人になって欲しい』
周りを気遣える優しい人になって欲しいという願いを込めて「音」を名前に入れる人は多いらしい。
当初、私は「琴音」になるはずだったのをお母さんが「琴」を「心」に変えた。
ただ優しく在るだけでなく、誰とでも心を通わせられるようにと。
生まれてきた私に沢山の「大好き」「愛してる」と言ってくれる。
ううん。生まれてくる前から溢れんばかりの愛情を注いでくれていた。
「想いの力は時に、奇跡を起こす。そうだろう?」
「うん。そうだね」
シェイドにさえ説明が出来ない現象ではあるけど、両親の愛が友愛の魅了から私を守ってくれていた。
──感謝してもしきれない。
「そこの下僕達は」
「下僕じゃない」
「そこの者達は単純に、心音と先に出会ったからだろう。元いた世界では実態の持てないコイツらが心音を守っていたが、こちらに召喚されたときから心音には私の加護を与えている。歪になった魔法だとしても、所詮は無意識に垂れ流しているだけ。千年前もそうだったように、私の加護を超える力など存在しない」
「だったら今からでも友愛の魅了にかからないように、個別に加護を与える……嫌なのね」
顔をしかめた。ものすごく、不愉快そうに。
「与えたところで、手遅れだと思うぞ。特に色狂いバカはな」
そんな気はしてた。友愛とは肉体関係もあるし、体の隅々まで友愛に支配されているのだろう。
カイザー様には悪いけど、どうすることも出来ない。お手上げ。
キースは清々しい程に、魔女を妃に迎え入れようとしているのだから廃嫡にすればいいと心の声が漏れている。
陛下と王妃様は友愛と会うよりも先に、私に謝罪する場を設けてくれたから魅了されずに済んだ。もしも、カイザー様の婚約者として先に友愛を紹介されていたら私は今頃……。
考えるのはやめよう。最悪の事態は免れたのだから。
「じゃあミラは?先に会ったのは友愛だよ」
「単にあの女が不快だっただけだろう」
「……え?」
「珍しいことではない。人間の相性には、好き嫌いがある。レイチェスターとあの女はコインの裏表のように真逆だ。反りが合わなくても不思議ではない」
そういうものなのだろうか。
私の世界ではみんながみんな友愛の虜。嫌いな人なんて一人もいなかったから、にわかには信じ難い。
「私もコトネ様より先にお会いしましたが、鬱陶しい女、という印象しかありませんでした」
ラヴィは侍女だし友愛の身の回りの世話をするために招集がかけられていた。
友愛を崇拝する侍女に役目を奪われたことを怒るわけでもなく、むしろ解放されたことを喜んでいたとか。
ラヴィさん……。
「あんな女よりもコトネ様にお仕え出来るほうが幸せです」
「あ、ありがとう」
改めて言われると恥ずかしいな。
嫌々でも命令でもなく、ラヴィの意志で私に仕えてくれているのだと実感する。
「キース様は別の意味でも幸せそうですけど」
「ラヴィ!」
顔を真っ赤にしたキースは私と目が合うなり、頭を冷やしてくると部屋を飛び出した。
第二王子の肩書きなんて、あってないようなものだけど、キースを玩具にして遊ぶのはいかがなものかと。
遊ばれてる本人が許しているのなら、私からは何も言うまい。




