交流会
パーティーから数日後。
私は王宮の一室にお呼ばれされた。そこでレオンハルト様と向かい合ってお茶をしている。
あまり状況は飲み込めていないけど、レオンハルト様はちょっと不機嫌。
原因は明らか。視線はずっと私の後ろの、シェイドに注がれる。
「申し訳ございませんがシェイド殿。退室をお願いします。私が招待したのはコトネ様だけですので」
静かな所で聞くとレオンハルト様の声は素敵。
おじ様好きにはたまらないだろうな。
こうして対面してるだけで大人の色気をモロに食らう。
「私とコトネは一心同体だ。私がここにいることは問題はない」
「私はコトネ様とだけ、お話をしたいのです」
シェイドは譲らないしレオンハルト様はめげない。
どちらの味方をするべきか悩む。確かに招待状には一人でと書かれていた。だからシェイドを連れて来た私が悪い。
「シェイド。ちょっとだけ二人にしてもらえる?お願い」
「はぁ……。十分だけだ。時間になれば強制的に帰らせる。いいな」
「うん。ありがとう」
精霊達もシェイドにくっついていく。
制限時間があるとはいえ、二人きりになれたことを喜ぶレオンハルト様。
今から私が聞こうとすることは自惚れで、自意識過剰。
第三者がいたら鼻で笑われる。黙ってお茶を飲んで他愛もない世間話をしてれば恥をかくこともないのに。
それでも、確かめずにはいられない。
「レオンハルト様は私のことが、その……」
ハッキリと意識しているからこそ、次の言葉が喉に引っかかる。
「愛しております。コトネ様、貴女を」
神官長もレオンハルト様もなぜ簡単に「愛してる」なんて言えるのかな。
私なんかに…………。ダメだ。真剣に向き合うと決めたのに、自らを卑下しては。
「パーティーで会ったのが初めてだと記憶しているのですが」
「言葉を交わしたのはあの日が初めてです。ですが、私はコトネ様が召喚されたその日に、お姿を拝見しております」
「えーーっと、つまり……一目惚れ……?」
優しく微笑んだ。それは肯定を意味していた。
正直、どこに一目惚れする要素が?と問いたい。
私のことを好いてくれる人の想いには向き合いたいと思っているけど、レオンハルト様は歳上すぎる。
断るにしても絶対に今じゃないな。
「コトネ様が私に好意を抱いていないのはわかっています。私を見る目がイオナと同じですから」
「イオナさん?」
「私の補佐官です。女性ですが、とても優秀なんですよ」
「女性の補佐官?カッコ良いですね!私が働いていた会社も、女性は多く働いているんですけど出世する人はみんな男性ばかりで」
能力を認めながらも「女は男を立てるもの」と考える人ばかり。でも、友愛にだけは接し方が違う。
お姫様のように特別扱いされていた。
あの頃の私、なぜそんな異常な光景を当たり前として受け入れていたのか。バカだなぁ。
「イオナも最初は文句を言われていましたが、私が黙らせました」
上司が部下を守ったんだ。まさに理想の職場。
学校でも会社でも私を守ってくれていたのは皮肉にも友愛だけ。
純粋無垢な天使は弱い者いじめを許さない。自分の好感度を上げるための自作自演。
ほんっと私ってバカ。
「レオ様!助けて下さい!!」
ノックもなしに勢いよく室内に飛び込んできた友愛は、目を潤ませてか弱い女の子だった。
ご指名を受けたレオンハルト様は友愛の存在を空気のように扱い、まるで何事もなかったように会話を再開しようとする。
待って。普通に尊敬するんだけど。
「こ、心音ちゃん…いたんだ」
標的が私に移った。
何を言われるのか想像がつく。
「そっか。心音ちゃんは聖女だから自由に色んな所に行けるんだもんね。キース様だけじゃなくて、ミハイル様やレオ様と関係があってもおかしくないよね。でも、シェイド様は大丈夫?心音ちゃんは愛し子なんだから、あまり男の人と二人でいるのは良くないんじゃないかな」
捉えようによっては私が男漁りをしてるみたいだな。
私を心配する言い方をしてるため、悪意があると証明は出来ない。
「ユア殿。貴女は部屋から出ることを禁じられているはずですが、なぜここにいるのですか?」
「そ、それは……」
計算が狂ったって目をしている。
友愛が望むこの後の展開は、男漁りをしている私に嫌悪感を示したレオンハルト様が私を部屋から追い出し、傷心しているとこに友愛が持ち前の愛嬌で慰めるつもりだったのか。
弱った男性は狙い目みたいだし、既成事実があればレオンハルト様は友愛の第二の旦那様になるしかない。
「わ、私。助けて欲しくて……。ずっと部屋に閉じ込められて、辛くて……。レオ様なら」
「ユア殿。私のことは宰相閣下とお呼び下さい」
名字でさえ許してくれないんだ。
神官長も神官長と呼ぶようにと訂正していたな。そういえば。
名前で呼ばれることさえ難色を示すなんて、元いた世界なら犯罪者のように非難される。
「で、でも……」
「子爵家令嬢が侯爵家の私に意見出来る立場とお思いですか。そもそも、下級貴族である貴女が上級貴族である私の許可なく名前を、しかも愛称で呼ぶなど不敬にも程がある」
侯爵だったんだ。
王族には及ばないけど、出会った中で一番だと感じてる。
キースは王族とはいえ今は離れている。
神官長にはプライドをズダボロにされた。
レオンハルト様は……厳しいことを言われたとはいえ、まだ可能性があると信じたい。
カイザー様は贅沢な暮らしをするためのお金としか見るつもりはないのか。今となっては王太子としての立場も危ういから、早いうちにカイザー様の代わりを見つけておきたいんだろうな。
「ねぇ友愛。さっき、助けてって言ったけど何があったの?」
私から話を振ってもらえると思っていなかったのか、途端に笑顔になった。
さっきまでの深刻さはどこにいったのやら。
そんなに私が従順なことが嬉しいのか。
「実はね。レオンハルト様の補佐官の人に襲われそうになったの」
おーい友愛。名前で呼ぶ許可も貰ってないよ。
さっきまで会話をしていたのに急に言葉が通じなくなり、レオンハルト様も頭を抱えた。
レオンハルト様の頭痛に気付くこともなく、鼻をすすりながら涙を零さないように耐える。
友愛は外出を禁止されているから、イオナさんが部屋に押し入って怪我をさせようとしたってことかな。
レオンハルト様が選んだ補佐官が意味もなく暴力を振るうとは考えにくい。
「突然、部屋に入ってきたかと思ったら馬乗りになって、乱暴に体を触ってきて……。私、怖くて……突き飛ばして逃げてきたの!」
ん?襲われたって、そっちの意味?
暴力じゃなくて、その……。え?
レオンハルト様も理解が追いついていない。
どういうこと。つまりイオナさんは女性が好き?
顎に手を当て考える姿が絵になる。
ここは私の数百倍頭が良いレオンハルト様にお任せしておこう。
レオンハルト様がテーブルに置いてあったベルを鳴らすと、肩より少し長い薄紫色の髪を一つに結んだ高身長の女性が颯爽と入ってきた。
モデルみたい。カッコ良い!
呼ばれたイオナさんと友愛はポカンと見つめ合うだけ。
「ユア殿。彼女が私の補佐官だ。イオナ。ユア殿を襲ったのか?」
「え!?襲っ……!?いやいや、ユア殿とは初めてお会いしましたよ!」
まさかレオンハルト様に会うためだけに嘘を……?まさかね。だって杜撰すぎる。
「この人じゃなくて、男性の……」
「シャルバ、ですか」
「そうです!その人、毎日のように部屋を訪ねて来るんです。レオンハルト様の補佐官だと仰っていたので、それで……」
「とっくの昔にクビにしましたよ。その男なら。仕事もせずに貴女の部屋に入り浸っていましたので」
「嘘です!だってそんなこと一言も」
「肩書きが必要だったのではありませんか?貴女が、本物の聖女なら、ただの貴族では相手にされませんからね」
「そんな……私は自分が聖女だなんて思っていません」
言ってるのはカイザー様だしね。
友愛は聖女のお披露目や、先日のパーティーで光の花を披露したけど、それらは全てカイザー様にやらされたと逃げ道を用意しているはず。
カイザー様でなくてもいい。カイザー様を傀儡の王にしようとする王族派の誰かに罪を擦り付ければ晴れて無罪放免。
被害者となり、悲劇のヒロインになれる。
「とにかく、アレはもう私の補佐官ではありません。襲われたのならカイザー様にでも報告して、地下牢に放り込むなり処刑するなり、好きにして下さい」
部下だった人に情けをかける様子はない。
どこかの非情な神官長とソックリ。
友愛はどんなシナリオを思い描いていたのか、ショックが隠せていない。
狙った男性がことごとく、言いなりにならないだけじゃなくて、私の傍にいることを選ぶ。友愛からしてみれば屈辱なんて言葉では生温い。
どんな手を使ってでも奪いたいのに、友愛になびく気配はなく冷たい言葉を浴びせられてきた。
世界が友愛を中心に回らない間違いを正そうと友愛自身が動けば、世界はもっと友愛を拒絶する。
住む世界が違っても、友愛が中心で在ることは自然の摂理だと思っていた。
当たり前ではない。目を覚ませ。
この世界は、そう私に語りかけている気がした。
「コトネ様。今日はあまりお時間がありませんでしたが、とても楽しかったです。次もまた会ってくれますか」
友愛の乱入により、もう十分経ってしまった。
レオンハルト様のことより、イオナさんが優秀でカッコ良いことしか収穫がなかった。
また会う機会を作りたいけど、約束をしたらシェイドが不貞腐れるかもしれない。
私のために魔法を使ってくれてるシェイドの気持ちを蔑ろにしたはなかった。
「迷惑ですか?」
「そんな、ことは……」
「シェイド殿が気掛かりでしたら、次はご招待します」
──それならいいよね?
レオンハルト様と次の約束をした直後、シェイドが迎えに来てくれた。
室内を見渡し、友愛の存在に気付くといきなり、丸いバリアのような物が私を包む。
シェイドの顔に血管が浮き出ている。まるで怒っているようだ。
怒りの感情に左右されているのか精霊達は攻撃態勢に入る。
「ダメ!!」
小さな四匹は手の中にすっぽりと収まる。両手で包み込むようにすれば次第に落ち着きを取り戻す。
視界に映っていた景色は一瞬で変わり、離れに戻ってきたのだと実感した。
まだレオンハルト様にお礼言ってなかったのに。
私達が帰ったあと、王宮で……いや、レオンハルト様が面倒事に巻き込まれたことは言うまでもない。
「どうしたのシェイド」
シェイドの周りだけ空気がピリピリしていた。これにはキースも剣に手をかける。
妙な緊張感が走る中、シェイドはそっと口を開く。
告げられた内容は友愛に関することで、私もキースもラヴィも、シェイドが何を言っているのか理解に時間がかかった。




