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辞める決心、守る決意【レオンハルト】

 生まれて初めて、自分の全てを捧げたいと思うほど、一目で恋をした瞬間。


 宰相なんて役職を与えられているが、実際は出来の悪いバカ王子の代わりの執務を担当するのが主。


 毎日毎日、女性のことしか考えない、能天気お気楽王子。


 王子としての威厳はなく、次期国王として責任も背負わない王子を支持するつもりはなく、現陛下が引退すると同時に私も辞めるつもりだ。


 あんなバカが国のトップになれば一週間と待たずに国は破滅。生まれ育った国ではあるが、心中するつもりはない。


 働かなくてもいいくらいに金は貯まったことだし、辞めたあとは世帯を持つのも悪くないだろう。


 今までは仕事が生きがいだったが、生涯を誓い合う女性が隣にいれば、別の幸せが訪れるかもしれない。


 結婚してくれる女性がいればの話だが。



 私は王妃様の庭園にいつでも足を運べる。というのも、私は花が好きだ。


 人間と違って煩わしくない。醜い部分もなく、ずっと美しいまま。


 仕事で疲れたときは息抜きに花を見に行く。


 あの日も、疲れていた。


 バカ王子が数人の神官と共に召喚の義を行った(おこなった)のだ。


 報告を受けたとき、よく理解が出来なかった。鬱陶しいくらいに、聞き返したことはよく覚えている。


 理解したとき、頭が真っ白になった。


 聞けば、召喚の理由はバカ王子の花嫁捜しだとか。


 ──何をやっているんだ!あのバカは!!


 今はまだ平和が続いているが、最悪の事態が国を襲ったらどうするつもりなんだ。


 私利私欲のために未来を犠牲にしたバカに付いていくつもりはなく、すぐに辞表を書いた。


 このときはまだ召喚されていなかったようだが、私には関係ない。


 報告の時点で儀式の準備は完了していたのだ。もう、どうすることも出来ない。


 最後にもう一度だけ美しい花々を目に焼き付けておきたくて、王妃様の庭園に出向いた。


 そこで…………初めて自分から恋をした。


 花に囲まれ一人立ち尽くす女性は美しく、胸が高鳴る。血が沸騰したように全身が熱い。


 見慣れぬ服装。馴染みのない顔。彼女が召喚された花嫁。


 あんなにも可愛らしい女性がバカの花嫁なんて認めたくない。


 その思考がおかしいと気付いたのはすぐ。


 辞める私には彼女のことも、バカの花嫁のことも、気にする資格などない。


 ──辞めるのをやめよう。


 すぐに辞表を破り捨てるために部屋に戻る。


 彼女を守らなければ。


 異国の地でいきなり結婚させられるのだ。心細いだろう。


 何があっても私だけは、彼女の傍にいて、彼女の味方でいる。


 強い使命感が私を突き動かす。



 召喚が成功したことはすぐさま私の耳に入った。


 だが、奇妙なことに二人召喚されたと。


 うち、一人はバカ王子に見初められ初対面でプロポーズ。相手も悩むことなく受けた。


 もう一人はその場から姿を消し、発見されたのは王妃様の庭園へと続く花道。


 ──では、彼女は……。


 心底安堵した。


 バカ王子の毒牙にかからずに済む。


 国王陛下夫妻は良縁の国のパーティーに招待され、今は留守にされている。戻ってきて早々、頭を抱える姿が目に浮かぶ。


 可哀想だが、起きてしまったことはどうしようもない。素直に現実を受け止めてもらおう。


 バカ王子の寵愛を受けているユアという女性。王宮ではかなり評判が良い。


 可愛らしいだけでなく、性格まで良くて、まるで天使のようだと。


 ──天使、ねぇ……。


 この国に来て三日。既に騎士団長の給料、三年分の金額をドレスや宝石に変えた。


 とんだ天使だな。国を破綻させるつもりか。


「いやー!ユア様!美しすぎて眩しいです。レオンハルト様はお会いになられましたか」


 私の補佐官がドン引きするような上機嫌で戻ってきた。


「シャルバ。今日はもう帰ってくれ。そして、明日からは来なくていい」

「はい?な、なぜですか!?」

「君の仕事はなんだ?」

「レオンハルト様の補佐です」

「そうだ。君はとても優秀だった。だが、ユア様が来てからというもの、仕事は滞る一方。朝から会いに行き、たまにしか執務室に帰ってこない。そんな無能はさっさと出て行け」


 辞めさせる理由はもう一つある。


 彼女、コトネ様への誹謗中傷が酷い。


 私の前で言ったわけではないが、使用人と笑い合っているのを、偶然にも聞いてしまった。


 人の姿に似ているが、あれは家畜以下。生きていることが恥ずかしい。あんな醜い姿を人前に晒せるのは自分を人間だと勘違いしている証拠。


 他にも聞くに耐えない暴言の数々。


 仕事に私情を挟むつもりはなく、あくまでも仕事をしないという理由でのクビ。


「待って下さい!たった三日ですよ!?今日中に片付けますので、どうかクビだけは……」

「はぁーー。君は私の補佐。つまりは私の負担を減らすために雇ったわけだが」


 この三日間。シャルバの仕事は全て私が引き受けた。負担が減るどころか増える一方。


「し、しかし」

「いい加減にしろ。与えられた役割も果たせないのであれば、ここにいる理由はない。違うか?」

「王宮を追い出されたらユア様に会えなくなってしまいます!!」


 シャルバはとても真面目な青年だった。


 物覚えはいいし、人とコミュニケーションを取るのも上手。


 ゆくゆくは私の後釜にと考え育ててきた。


 初日だけなら大目に見てやるが、同じことを繰り返すのであれば仕事は一つも任せられない。


「これからは仕事もちゃんとやります!だから!!」

「そんなにユア様に会いたいのなら殿下の側近にでもしてもらえ。私の気が変わらぬうちに消えてくれ」


 撤回するつもりがないとわかると、肩を落としながら部屋を出て行く。


 入れ代わりにイオナが入ってきた。


 イオナは私が宰相になって初めての補佐官。


 女性に仕事を任せるのはいかがなものかと反対意見はあったが、能力に性別も年齢も関係ないと黙らせた。

 実際、イオナは優秀だったが、私とのあらぬ噂を故意に流され、彼女の名誉を守るため補佐の座を退いてもらった。


「レオンハルト様は真面目で堅物で思いやりのある紳士ですね」

「どうした。急に」

「仕事人間なら噂なんて気にせず、私のことをこき使い続けるでしょう?」

「言い方が悪いな。恨みでもあるのか」

「突然、呼び出されただけでなく、補佐に戻ってくれなんて、恨まれないと本気で思ったんですか」

「私の都合で振り回したことについては謝罪をする。すまない」

「だからモテるのでしょうね。レオンハルト様は。それなのに未だに独身だなんて。私は悲しいです」


 ハンカチで目元を抑えるが涙は一滴も出ていない。


 イオナとは幼馴染みで、こうした冗談を言い合える仲。友達というよりは兄妹に近い。


「紳士なのに、女泣かせのレオなんて不名誉な噂が流れるのは心外ですね。付き合った彼女達とはちゃんと向き合わなかったんですか」

「………私にはもったいなかったから」

「はい?」

「仕事にしか生き甲斐を感じていない私なんかよりも、本気で彼女達を愛してくれる男と付き合ったほうが、幸せになれる。私が彼女達の足かせになるわけにはいかないだろ」

「レオンハルト様!!それは彼女達に伝えていないのですか!?」


 最初は伝えるべきだと思っていたが、伝えたところで私が不誠実な男に変わりはない。


 懸命に想いを伝えてくれた彼女達を悲しませたくなくて、好きでもないのに付き合っていたのだから。


 ──結局、別れるときに泣かせてしまい悲しませていたがな。


 一日でも仕事を休めば次の日、ありえない量の書類がデスクに積み上げられたことがあり、それ以来、規定の休み以外で休むのはやめた。


 補佐官が優秀でも私がいなければ手を出せない仕事もある。


 休みは休みで外に出る気力もなく、部屋で読書三昧。

 彼女とデートに出掛けた記憶などない。


 私も大概、最低だ。いつも傷つけると知っていながら淡い期待を抱かせる。


 希望などないと、最初から突き放したほうが彼女達のためだっただろうに。


 いくら噂が流れても、なぜか女性からのアプローチは絶えなかったが。


「昔からそうでしたけど、不器用ですね。レオンハルト様」

「女性との付き合いに慣れていないだけだ」

「そういうことに、しておきますわ」


 デスクにまとめていた書類を手に取り、内容を確認した。


「相変わらずレオンハルト様がやってるんですね。これ、王太子の仕事では?」

「あのバカが書いていることを理解出来るわけないだろう。教えながらやるのも時間の無駄だ。私が一人でやったほうが早い」


 否定はしなかった。イオナもバカ王子を覆すことのないバカと知っている。


 将来的にバカが困ろうが私は全く困らない。


 王太子というだけで勉強からも、やるべきことからも逃げ続けたのだ。


 悪いのはバカ。私は忠告はした。


 最低限、この仕事が出来なければ国王は務まらないと。それでも、執務室を訪ねてくる日は一度もなく、だから見限った。


 自分本意の男が治める国に忠誠なんて誓えない。


 それにバカを後ろから操って実質、権力を握ろうとする連中もいる。そういうのとは深く関わるつもりもない。


「イオナ。早速で悪いが教えてくれないか」

「私がレオンハルト様に?」

「コトネ様と二人で話がしたいのだが、どうやって誘えばいい」

「コトネ様?ああ!ユア様と一緒に召喚された子。え、なん……へぇーー。なるほど」


 ニヤニヤするイオナには反応せず、答えを待つ。


 人生の半分以上を仕事に捧げてきた私では、女性の誘い方もわからない。


「とりあえず交流会のお誘いをすればよろしいのでは」

「交流会?」

「お茶会です。お茶会。ただ、堅物宰相にお茶会に誘われてもコトネ様は困るだけ。ならばいっそ、仲良くなりたいという名目で誘えばいいのですよ」

「知らない男から仲良くなりたいと招待されたら、怖いだろう」

「会えばいいじゃないですか。国中の貴族が集まるパーティーなら、お二人を紹介する絶好の機会ですし」


 毎回、あのパーティーには参加したことはないし、したいとも思わない。


 正直、金の無駄遣いだからやめて欲しいが、昔から開かれてきた行事故、、もしやめる日がきたらそれは国が滅んだとき。


 新しい季節に誕生した新しい命を祝う日であったが、長い年月が流れ、いつの間にか、新しい季節を迎えることが出来る喜びを祝うだけの日となってしまっている。


「仕事。片付けないとな」

「おや、参加するんですか?何かと理由を付けて遠ざかっていたのに」

「コトネ様に会えと言ったのは君だろう」

「やれやれ。仕方ないですね。その代わり、きちんと休みはくださいね」

「規定日以外は二週間前には申請してくれ。調整する」


 今ある分、これから溜まる分。イオナが協力してくれるから当日には終わるだろう。


 コトネ様に会ったら何を話そうか。


 初めてだ。特定の女性に会いたいと思うのも、会える日が待ち遠しいのも。


 胸が踊る。コトネ様と早く会いたくて、時計を何度も見てしまう。パーティーまでずっと先だというのに。



 王宮内では二人(主にユア様)の話題で持ち切り。


 ユア様は元いた世界でコトネ様に不必要にいじめられ、奴隷のような毎日を送っていた。


 ──逆では?


 一目見ただけの私が断言するのもおかしいかもしれませんがしな話だが、コトネ様は誰かをいじめるような人ではない。


「レオンハルト様。悪いニュース聞きたいですか」


 仕事漬けの日々を送っていたある日、イオナが面白がるように聞いてきた。


 私は基本、執務室から出ないため王宮内の情報収集は補佐官に任せきり。国を揺るがすほどの重要な案件でなければ報告義務はない。


 悪いとわかっているニュースなど聞きたくはないが、後々、面倒事に発展したら嫌なので聞くことにした。


「コトネ様が離宮に移動しました」

「…………は?」


 手が止まる。


「キース様を護衛に、侍女はラヴィです」

「待て待て。離宮……なぜ!?」

「理由は聞かないほうがいいですよ」

「話せ。すぐに」


 上司として命令すればしばらく考え込んだあと、なぜか私から距離を取った。


 同じ室内にいるのだから、声を張らなくても充分聞こえる。


「殿下……いえ、バカ王子がコトネ様に……」


 告げられた内容は衝撃的で、目の前が真っ暗になった。


 身勝手な欲のために勝手に召喚しただけでなく、婚約した片方の話だけを鵜呑みにしてコトネ様を軟禁。それだけでなく食事は家畜の餌にしろなどと……!!


「イオナ」

「は、はい」

「あのバカの仕事は放置しろ。金輪際、こちらで受け持つ必要はない」

「かしこまりました」


 これまで我が家は王族派でも貴族派でもなく神殿と同じ中立立場を守ってきたが、もう終わりだ。


 リミント侯爵に全面的に協力することに決めた。


 どんな手を使ってもあのバカを引きずり下ろしてやる。


「それと。面倒で悪いが、コトネ様に無礼を働いた使用人を洗い出してくれ」

「あまり酷いことはなさらぬように」


 コトネ様が酷い仕打ちを受けていたのに、私はコトネ様に会いたいがために仕事に没頭していのか。


 こんなことなら会いに行けば良かった。


 宰相という立場を利用すれば簡単に叶ったはずなのに。素直にパーティーまで待つ必要はなかった。


「離宮か……」


 ふと、窓の外を見た。


 同じ敷地内にいるとはいえ、私がコトネ様を尋ね離宮まで足を運べば騒ぎになりそうだ。


 コトネ様に迷惑はかけたくなく、結局、パーティーまで待つしかないのか。

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