離れ暮らし
「コトネ様。本当に申し訳ございません」
思わず定規で測りたくなるような90度のお辞儀。
私が人間扱いされていないことに驚きはしたものの、それはキースのせいじゃなく謝ってもらう理由がない。
むしろカイザー様が頭を下げるべきでは?
犯人はカイザー様だと自白していたし。
まぁ、謝るぐらいならさっきの部屋にいただろうから、カイザー様からの謝罪はこれっぽちも期待していない。
期待したら負けだ。
怒っているのに悔しそうに握りしめた拳が震える。
気にしてないと言えば嘘になるけど初めてここに来た日から私への態度は最悪だった。今さら腹を立ててもしょうがない。
「頭を上げて。キースは何も悪くないんだから」
隠すことのない悪意ある言葉の数々。
彼らには人を傷つけているという自覚さえない。それはどんないじめよりも恐ろしいものだ。
見下して当然と思っているからこそ、非人道的な扱いを平然とやってのける。
「コトネ様にはこれから不便をおかけすると思います」
「え、何その宣言……?」
「これからは、王宮ではなく王宮の離れに住んで頂いてもよろしいでしょうか」
「あ……うん。離れ?」
「本当ならここから出るのが一番なのですがコトネ様はその……」
悲しそうに私を見た。
その先を言うのを怖がっている。私がシェイドさんの加護を受けているから王宮から出せない。手放せない。
それはキースのせいじゃないのに責任を感じている。
「陛下に許可を取ってまいりますので、コトネ様は部屋を移る準備をしていて下さい」
って、言われてもなぁ。
ここに私の物はない。全て支給された物。
初日に着ていた服でさえ奪われた。
どんな病が充満するかわからない物は灰にするのが一番だと。
無理やり服を脱がされただけでなく、肉付きの良すぎる体を見ては吹き出して笑われた。
浴槽に溜められていたのはお湯ではなくアルコール。
アルコール消毒という言葉がこの国でもあるらしく、突き飛ばされモップで頭や体を洗われた。
最後には冷たい水を何度もかけられて、ゴワゴワのタオルを嫌そうに渡される。
家畜として見たり、病原体として扱ったり。
王宮のメイドは底意地の悪さが目立つ。
あの行動がカイザー様の指示によるものか自発的なものかはどうでもいい。
私はここの人に嫌われている。その事実だけが身に染みて理解した。
とりあえずキースが来てくれるまで座って待つことに。
「離れってどんな感じだろ」
別荘みたいな感じではないよね。
離宮を想像してしまうけど、高望みしすぎだよね。
物置小屋とか?
敷地内にある建物は私の想像を超えて大きくて広そうだし、不自由はしなさそう。
私としてはどんなとこでも文句はない。お世話してもらってる身だし。
「お待たせしましたコトネ様」
ノックのあとにドアの向こうでキースが声をかけた。
女性の部屋として扱ってくれてるからこそ入らないのだろう。
イケメンに女性扱いされるのはむず痒い。
ノックとかせずに、遠慮なく入ってきていいのに。
着替え中とかじゃなかったら、私も気にしないし。
ドアを開けると、手ぶらな私を見ては驚かれた。
「何か買ったりはしなかったのですか?」
「買う?この部屋から出られないのに買いになんて行けないよ」
「そうではなく……。アイツ……とことんふざけた真似を」
何かに気付いたのか一瞬にして怒りの炎がキースを包んだ。
そのうち殺気だけで人を殺せてしまいそうだな。
無言で距離を取ろうとするとハッとしたキースは頭を下げた。
「申し訳ございませんコトネ様!!コトネ様に対して怒りを表しているわけではなくて」
「それはわかってる。大丈夫」
キースは真面目だな。
少なくともついさっき、私を助けてくれた人が私に怒りを向けるわけがない。
王宮を離れる前にせめて友愛に挨拶したいけど無理だよね。
ワガママを言ってキースを困らせたくもないし。
今日までお世話になった部屋に「ありがとうございました」と頭を下げるとキースは驚いていた。
本当は食事を運んでくれたメイドにも感謝はしたいけど、いないからキースに言伝を頼もう。
嫌がらせ目的だったとはいえ、食事を運ばない手もあったのに律儀に持ってきてくれたわけだし。
おかげで餓死だけは免れた。
そういう意味での感謝であって、カビの生えたパンのお礼ではない。決して。
離れには馬を使って行くらしい。徒歩でも行けるけど馬のほうが速いとかで。
敷地広そうだもんね。王族が住む土地がみすぼらしかったら威厳も何もあったものじゃない。
数字で表されてもよくわからないから、ドーム何個分とかのほうが比較しやすい。
でもね、キースはサラッと言ったけど、私。馬乗れないからね?
乗馬が趣味の貴族でもなければ、普通の凡人生活しか送ってこなかった一般庶民。
どうするか悩んでいるとキースが馬に乗った状態で手を差し出した。
お姫様抱っこをされた挙句に引き上げてもらうとか……。
本当に私、重いからね!?
この国の平均体重を軽く上回ってるはずなのにキースはもろともしてない。
鍛えてるからだとしても、キースはガッチリ体型ではない。
細マッチなのだろうけど、私を抱き上げられるなんて相当力がいる。しかも腕は全く震えていなかったし。
「コトネ様」
柔らかい声で私を呼んでくれた。
イケメンって白馬がよく似合う。
私に気を遣わせないためにか微笑む姿もカッコ良すぎる。
イケメンに酔ってしまったせいで思考力が落ちたと自分に言い訳をしながらその手を掴んだ。