聖女はどちらか
カイザー様は周りの反応なんてお構いなしに高らかに宣言した。
「いいか!よく聞け!!友愛こそが聖女であり、我が国に恵みを与える女神だ!!」
女神の称号が追加された。
友愛聖女派閥は便乗し場を盛り上げるも、そうでない派、まぁ、私を聖女と認める派閥は声にこそ出さないけど不服そう。
陛下は頭を抱え項垂れた。自信満々に宣言しちゃうと、後から間違いでしたではすまない。
わかってないんだろうな、そういうの。
どちらの派閥にも入っていない方々は戸惑いを感じている。
友愛の歪んだ笑顔は私を冷静にさせるには充分。
心酔している私には、その顔が見えないと自信たっぷり。ごめんね友愛。その笑顔、しっかりと焼き付けておくよ。
とりあえず立ち上がると、友愛は目に涙を溜めながら抱きついていた。
──痛っ……!
突き飛ばされたときに足を捻ったみたい。
立っているだけなのに痛みは増すばかり。折れてはないはずなんだけど。
抱きつく友愛は私の足に負担がかかるように体重を乗せてくる。
わざと?わざとなの!?
怪我をしたから離れてと言ったところで、聞く耳は持ってくれない。
辛くはない。怪我を隠すのはいつものこと。
私は心配されない側の人間だから、いつも通り何もなかったように振る舞うだけ。
「ごめんなさい心音ちゃん!カイザー様は私のためを想って怒ってくれただけなの。許して、くれるよね……?」
待って。その言い方だと、本当に私が何かしようとしてたみたいじゃない。
私のことを嫌いな友愛が誤解を解いてくれるとは期待していなかったよ。でも!悪意を持って陥れられることを、私はしたのだろうか?
可憐な涙に多くの人は惹かれてしまう。
友愛の派閥が大きくなることは構わないけど、身に覚えのない罪を着せられるのは嫌だ。
思い返してみれば、こういう場面は何度もあった。友愛の慈悲深さと、好感度を上げるためだけに、よくわからないような小さな冤罪を着せられていた。
ここで私が「許さない」と言えば、友愛は悲劇のヒロインになる。「許す」と言えば、私は罪を認めることになる。
どっちも地獄。
「そう、だよね。怒ってるよね。無神経なこと言って、ごめんなさい」
返事がないとわかった途端、私を悪者に仕立て上げることを選んだ。
どうしたらいいの、これ。
黙って俯いていると、またもカイザー様は叫んだ。
「これから友愛が聖女である証拠を見せてやる!!」
それって蓮の花の紋様?それとも茶番のような奇跡?
これから何が始まるのか気になって仕方ない。
友愛達は階段で二階に上がった。
涙を拭いた友愛は高らかに一本の花を掲げた。普通の花ではない。キラリと光っている。
神官長の言っていた“光の花”?
神殿の何人かは友愛にゾッコン。聖女が光の花を咲かせることを漏らしていても不思議ではない。
でも……。あれは偽物だ。
確固たる証拠があるわけではないけど、わざわざ二階に移動して近くで見せないようにしたのは、近くで見られたら偽物だとバレるから。
きっとあの花はガラス工芸か何か。明るい場所で見たら光っていると錯覚させられる。
二階に上がったのも光に当てやすくするため。
よっぽど腕の良い職人が作ってくれたのだろう。
「そんなお粗末な物が聖女としての証拠?笑わせる」
友愛を認めつつある空気を壊した。
神官長自らが否定するような発言。また混乱が生じる。
どちらが本物なのかと。
「コトネ様。手を上に掲げて下さい」
「こ、こう?」
言われた通りに両手を掲げると四匹の精霊達が光った。
姿こそ、私が想像した可愛らしいものだけど、彼らは精霊なのだ。精霊王シェイドを主とする本物の。
同じようにシェイドの加護でもある蓮の花が浮かび上がり、その瞬間、蓮の花びらがどこからか降ってくる。
──え……何これ?
誰よりも私が混乱している。
【えーい!】
シルフが風を操り電気を消した。
突然、会場は真っ暗になりパニック状態。
精霊達はクスクス笑うだけ。
イタズラしたらダメって怒りたいけど、すぐしょんぼりしちゃうからな。
可愛いからと甘やかすのはよくない。これはもうイタズラのレベルを超えている。
多くの人が集まる場所を真っ暗にするのは危険。怪我をしたら大問題。
【コトネコトネ。見て見て】
楽しそうに飛び回る姿が見えることに疑問が浮かんだけど、すぐ解決した。
光っている。先程の花びらが。
──なんて綺麗なんだろうか。
突然、暗闇になっても無数の花びらのおかけで取り乱す人はいない。
電気が点くと全ての視線は私に集中していた。
「カイザー様は勘違いされているようなので訂正致します。聖女が作り出す光の花とは、この世が暗闇に飲み込まれようとも、世界を照らし人々を導く花のこと。これが何を意味するか、おわかりですか?」
カイザー様だけが理解していない。
明るい場所でしか輝かない友愛の持つ花は偽物。あんなに誇らしげだった友愛は公衆の面前で恥をかかされてワナワナと震えている。
奇跡を見せれば平民のときのように、ここにいる貴族から支持を得られるとタカをくくっていた。
あんなに強く握ったら花は壊れてしまう。
私のほうが目立つなんて許せないと、態度が物語っている。
残念ながらこれは私ではなく神官長の仕返し。私はただ、言われるがままに手を掲げただけ。
床一面に散らばった花びらは溶けるように消え、一枚だけそれぞれの手の中に残っていた。とある人達を除いて。
人々を導く、つまりは道標。
私を聖女と認めない友愛派の人達には道標は与えられない。
「コトネ様。失礼します」
「え、ちょ、キース!?」
人の目しかないこの場所で、いきなりお姫様抱っこをされた。
驚きの中に、レオンハルト様だけは舌打ちしてそうな怖い顔。お隣の陛下も苦笑いしてる。
私はというと、もう慣れてしまった。
心を無にすれば恥ずかしさには耐えられる。
「足を怪我されているのですよね?シェイド殿ならすぐに治してくれます。すぐに帰りましょう」
「うん…」
隠した怪我を気付いてもらえるのは、こんなにも嬉しいことだったんだ。
「コトネ様!?痛むのですか!?」
キースの優しさについ涙腺が崩壊した。
その優しさを私は知っている。
いつだって誰よりも早く私の変化に気付いてくれるのはお母さんで、誰よりもいっぱい心配してくれたのはお父さん。
家族に愛されて、私は生きていた。
「ううん。大丈夫。ありがとう、心配してくれて」
「っ……い、いえ。当然のことですから」
あ、耳まで真っ赤。
陛下と王妃様に深く頭を下げ、踵を返す。
神官長も残る理由がないからと共に。
歪んだ悔しそうな友愛の顔を見て、ちょっとだけ心がスカッとしたのは内緒。
私だって人間なんだ。痛みや苦しみを永遠に溜め込めるわけじゃないのよ。
だから、今日の出来事に関して、友愛に悪いとは思はない。
私達が退場した後、会場内の雰囲気は想像通り。
私と友愛。どちらが本物であるか。その話題一色。
後日、二人の聖女の光の花は国中に広がり、貴族だけでなく平民の間でも話題になっていた。
平民の支持は圧倒的に友愛が多い。目の前で奇跡を起こして見せたわけだしね。
心を掴むには充分すぎる演出。
私には関係ないことだけど。
今日は肩の荷が降りて気持ちが楽になっていたから、普段なら絶対に思わないことを、思っていた。
私のことを信じてくれる人達がいるのなら、その人達のために聖女で在りたいと。
「結局、どっちが本物の聖女なのかしら?」
「コトネ様でしょ。だって国王陛下夫妻とご来場されたのよ」
「でもでも!カイザー様は友愛様が聖女だって。それに奇跡も起こしたんでしょ」
「俺は絶対、ユア様だと思うね。あの美しく可憐な姿!絶対そうだろ」
「そうか?僕はコトネ様だと思うけど」
「俺もコトネ様かな。だってさ、聖女じゃなきゃ説明つかないだろ。この花びら」
「それに神殿は正式に訂正してるじゃない。ユア様は聖女じゃないって。つまりは、ねぇ?そういうことでしょ」
「これで選択を間違えると私達、どうなるのかしら……」




