女子会
友愛とのお茶会をお断りしたその日の昼過ぎ。時間で言えば三時のおやつタイム。
食べてないからね、おやつ!
パーティー参加が必須になってしまった以上、少しでも、0.1キロでも痩せなくては。
そのためお菓子類は控えるよう心掛けたのに……。
なんと、公女様が私を訪ねて離までやって来た。
笑顔の中に驚きが混ざっている。
やっぱりみんな、私が暮らす場所を離宮と思ってるんだな。
それでも、ハッキリと顔に出るわけではない。淑女として相当ハイレベルな教育を受けてきたのだろう。
公女となると、王族の婚約者に選ばれる確率も高く、物心つく前からスパルタ教育だったに違いない。
完璧を求められ続けるのは苦痛だ。些細な失敗も命取り。
ほとんどの時間を勉強に費やすなんて窮屈な人生。それが公爵令嬢に生まれた運命だとしても。
軽く咳払いをした公女様はキースを外に呼び出した。
外はとても見晴らしがよく、扉を開けて顔を覗かせると二人の姿がよく見える。
かろうじて声は聞こえないものの、キースが怒られているようだ。
「キース様!コトネ様を離れに閉じ込めるなんて、何を考えているのですか!?」
突然、頭の中に公女様の声が響く。
【コトネ、嬉し?】
──あ、シルフのせいか。
この子達はとにかく私に褒められたいみたいで、事ある毎に精霊の力を使う。たまに無駄使いじゃないかなと思うときがある。
「コトネ様がご自分で離れを選ばれたのです」
そうなんです。だからキースを怒らないで。
「だとしてもあんな……あん、な……」
言葉が切れた。
一瞬見ただけの光景を鮮明に思い出している最中。
あんな離れ、と呼ぶにはあまりにも綺麗で、私はリラックスして暮らせている。文句のつけどころがない。
「コトネ様は不自由をしていないのですか」
「シェイド殿のおかけです。私とラヴィだけではコトネ様のお役に立てなかったかもしれません」
そんなことないよ!
二人とも私のためにすごく一生懸命だもん。
魔法が使えるシェイドと比べたらダメなんだって!
キースと公女様の会話を聞いているであろうシェイドはゆっくりと目を閉じて何かを考え込む。
私が離れに追いやられたわけでないと理解した公女様は非礼を詫びて、こちらに戻ってきた。
「ところで公女様はなぜここに?」
「コトネ様。ミラ、とお呼び下さい。私達は姉妹なのですから」
私はレイチェスター家の養女にしてもらったから必然的にそうなるんだけどね。
──姉と妹、どっちなんだろう?
落ち着いた雰囲気と物怖じしない態度から私より歳上に見えるけど、決めつけるのは失礼だ。
かと言って年齢を聞くのもなぁ……。
後でキースに確認しておこう。人様の歳を間違えるのは失礼だから。
しかも私を養女に迎え入れてくれた由緒あるお方。極力、無礼にならないよう心掛けなくては。
公女様……ミラは無邪気な笑顔でパン!と手を合わせた。
「申し訳ありませんが、殿方は退室をお願い致します。これからお茶会ですので」
これは俗に言う、思いつきというやつだ。
ミラのように愛情を持って厳しく育てられ、常識を身に付けた淑女が、約束もしていないのに「お茶会」なんて口にするはずがない。
キースもそれをわかっているから戸惑う。
わざわざ私を訪ねて来てくれたんだ。何かしらの用事があるにせよ、お茶会ではないよね。
貴族の作法に不慣れな私と公女とのお茶会。
心配されるに決まっている。
不安そうな表情を浮かべたままキュッと唇を紡ぐ。
ミラは数少ない私の味方。作法を間違えて権力を振りかざすような人ではないにしても。
心配性のキースは胃がキリキリしてそう。
空気の読めるミラはキースの不安を見抜きながらも、意外そうに小さく笑った。
キースが表情を表に出すことが面白いのかも。
真面目が取り柄みたいなとこがあるし、キースを知っているミラからしたら驚べきことなのかもしれない。
不安を抱えているのは私もだ。失敗を咎められないにしても、完璧な人とテーブルを囲むのはね……?
キースとラヴィが完璧じゃないとかじゃなくて!!
私の中で二人は家族みたいな関係を築けてると思ってる。
「コトネ様。私はただ、お茶を飲みながらお話したいだけですわ」
かしこまったお茶会ではなく、楽しくお喋りをするだけ。つまりは女子会をしたいということか。
「そんなにお時間は取らせません。そうですね。一時間ほど、シェイド様とキース様は席を外して下さい」
退室に自分の名前も挙げられシェイドは目を丸くする。
異議を唱えることなく大人しく従ったことに拍子抜け、いや、驚いたのは私だけじゃない。
もっと駄々をこねると思ったのに。
シェイドなら私達の会話を盗み聞くことぐらい訳ない。それにシルフもいるし。
「シェイド。何もしないでね?」
遠回しに盗み聞きしないでという意味は伝わったようで、長い間のあとコクリとうなづいた。
男性陣が追い出され、部屋には美女二人とぽっちゃり女子一人。
ラヴィは素早くお茶会の準暇を済ませ、公女様……ミラが持ってきたタルトが出された。
──ちょっとラヴィさん?私は今、ダイエットの真っ最中なんですけど?
私の視線に気付きながらも緑茶を注ぐ。ミラには紅茶。
「コトネ様?それは一体」
「私が好きな飲み物です」
「これが……」
物珍しそうに、興味を惹かれるミラに一口だけ飲んでみないか聞いてみた。
紅茶が私に合わないように、ミラに緑茶が合うとも限らない。口に合わない物を丸々カップで飲むのは辛い。
カップを口に近付けると緑茶の香りに表情が綻ぶ。
──おお、好感触。
「美味しいですわ」
どんな味を想像していたのか、声がかなり驚いている。
気に入ってくれたようで何より。
自分の好きな物を好きになってもらえるのは喜ばしい。
残念ながらタルトに合う飲み物ではないので、二杯目のおかわりのときに新しく淹れ直すと言えば、作法関係なく豪快に紅茶を飲み干した。
淑女の嗜みとは?貴族令嬢のマナーとは?
問いたかったけど、ここは見て見ぬふりが正解。
そんなに急がなくてもお茶は逃げたりしないのに。
ミラの可愛い一面に思わず笑みが零れる。
「タルトでは緑茶には合ませんね。コトネ様は普段、どういった物を合わせているのですか 」
「ミラ。様はやめて下さい。私達、姉妹になるのでしょう?」
驚きながらもどこか嬉しそうな、その表情に空気が和らぐ。
──か、可愛い!!
カイザー様って絶対ミラのこの顔、見たことないよね!
「コトネ様」
内心、悶え苦しんでいるとラヴィに声をかけられて我に返った。
「私は和菓子と合わせるのが好きで……もし迷惑じゃなかったら今度、挨拶に行ってもいいですか。そのとき、イチオシを持って行きます」
言葉で説明するより実物を見たほうがわかりやすい。
「その際、一週間前には連絡を貰えますか」
「いいですけど、なぜ?」
「両親がとても喜んでいて。コトネが来てくれるとなれば、大掃除に取り掛かる可能性が……。あ!もちろんコトネが聖女だからじゃなくて!私がコトネはとても可愛い人だと言ったから、すごく楽しみにしているんです」
「(二人とも、なぜ敬語なのだろうか)」
──嘘でしょ。期待値上げられてるの!?
こんなのが目の前に現れたて義娘になるとわかったらガッカリされる。
直接会うのはやめて、手紙にしようかな。
だってまさか楽しみにしてくれてるなんて思わないじゃん。
心優しい公爵夫妻を騙してる気分。
「そんなに緊張しなくていいんですよ。娘が二人になるって、はしゃいでるだけなんです」
ミラによると夫人は虚弱ではないけど、体は丈夫なほうではなく、三人目の出産は命を落とす危険があった。
娘二人が欲しいという願いはあったけど、養子縁組は考えてなかったらしい。
実子と養子では、同じように愛しても周りの目が、養子を傷つけてしまうかもしれないから。
……え?なら私を迎えてくれる理由は?
「私からお願いしたからです。コトネと家族になりたいと。迷惑でしたか?」
「全然!そんなこと!!」
「でも、この時期だと我が家に来るのは難しいかも。大きなパーティーがあるから使用人が大忙しで。コトネのためなら、いくらでも時間は作るだろうけど」
「じゃあ、色々落ち着いたら、招待して欲しいです」
私じゃなくて公爵家の都合に合わせたほうが絶対にいい。
「コトネ、パーティーのこと知っていたんですね」
「聞きましたから」
強制参加ということも。
「誰にエスコート頼んだのですか?やっぱりキース様?」
「エスコート?」
それは初耳なんですけど。エスコートって何?
男性と一緒に行くってことでいいのかな。
みんな一斉に会場入りして、陛下の挨拶でパーティー開始とばかり。
もしや、エスコートしてくれる男性がいなければ出席しなくていいのかな。王妃様がドレスを新調してくれてるから、それは無理か。
予想外の展開にどうしていいか悩む。
「そっか。キース様は会場の護衛に当たるんだっけ。ならお兄様に頼んでみましょうか?」
「それだとミラは……」
特定の異性がいなければ、家族や親戚に頼むのが普通なのだとしたら、カイザー様と婚約破棄したミラは兄にエスコートしてもらうはず。
「ここだけの話にして下さいね?実は私、ずっと気になる殿方がいるの」
「へぇー。そうなんだ。…………そうなんだ!?ずっとって、もしかしてカイザー様と婚約してるときから?」
「選ばれる前から。幼馴染みなんです。伯爵家の次男で怖がり。ずっと弟のように思っていたんですけど、ある日を境に意識するようになって」
「へぇー。何々。何があったの?」
かしこまったお茶会ムードはなくなり、恋バナトーク開始。
いつの間にか座っていたラヴィも興味津々。私達の突き刺さる視線に負けたミラは顔を真っ赤にしながらポツリと語る。
意外にもミラは雷が怖い。雷が鳴り響くある日、幼馴染みのエトワールさんは小さな体を震わせながら言った。「僕がいるから怖くない」と。
人一倍怖がりで、いつも誰かの背中に隠れるような弱虫。それがエトワールさん。
怖さを我慢して鳴り止まない雷から守ろうとしてくれた背中を大きく感じ、意識するようになった。
話を聞くだけでニヤニヤしてしまう。対照的にミラは俯いたままになってしまったけど、あの日を思い出してはホワホワしている。
人を好きになる瞬間はこんなにも特別になるものなのか。
私の周りはみんな友愛を好きになるのが当たり前で、好きという感情はいつしか特別ではなくなっていた。
私は先輩が好きだったはずなのに、ミラのように特別ではなく懐かしい思い出として記憶に残る。
学生時代のあの想いは憧れが強かったのだろうか。
時が経って、本物の恋を目の当たりにすれば当時のことを客観的に振り返ることが出来る。
誰にでも平等に優しい先輩に憧れを抱くことで恋心と勘違いしていた。
なにせ恋愛とは無縁の世界で生きていたからな。ベタな勘違いをしてしまった。
好きな人がいるのに女の敵と婚約したのは当てつけ。
少女漫画みたいな展開のように、なんと二人は両想い。
公爵家でもあり、エトワールさんの実家に援助をしているミラから告白してしまえば“強制”になってしまう。
形はどうであれ好き同士がくっつくならそれでいいじゃんって思うのはダメらしい。体裁悪いとか。
当人同士が好きだったとしても、借金が返せず仕方なく結婚したと思う人は出てくる。
──それは、とても……悲しいことだ。
もしもエトワールさんから告白されていたら、カイザー様からの婚約はお断りした。その手を引いてくれるのなら、平民として生きていくことも覚悟するほど。
婚約を受ける前日、ミラは聞いたそうだ。悪評しかない第一王子の元に嫁ぐけど、本当にいいのかと。
エトワールさんの答えは期待を裏切った。
ミラは王妃に相応しい。ミラならカイザー様を変えられる。遠い人になるのは寂しいけど、自慢の幼馴染み。
喉まで出かかった言葉を飲み込んで、偽りの言葉に応えるように感情を隠した上辺だけの笑顔を返すだけ。
しがない伯爵家。しかも家を継げるわけでもない次男。女好きの悪評だらけの王族に勝てる身分ではない。身を引いたのか。
ミラの未来のために。苦労をさせるかもしれない自分より、誰もが憧れ羨む王妃のほうが幸せだと。
多くを望んだわけではない。たった一言「行くな」と言ってくれたらミラの本音は飛び出していた。
蓋をされた本心にミラは、完璧な淑女となるべく勉強に明け暮れる日々。
そんな過去があったなんて。泣ける。
公爵令嬢としてカイザー様の婚約者に選ばれたことは当然であると自身に言い聞かせることでエトワールさんへの恋心に区切りをつけた。
つまりカイザー様がいなければ二人は結ばれていたのか。
「私のことはもういいです!それよりお二人はどうなんですか」
「どう、とは?」
「エスコートをして欲しい殿方はいないのですか」
「いません」
──早っ……。
ラヴィは悩むことなく一刀両断した。
顔良し。性格も破綻していない。職も安定している。こんなにも優良物件なのに彼氏とかいないんだ。もったいないな。
「コトネは?キース様はカイザー様と違って紳士だし、神官長は性格に多少目を瞑ればアリだと思うけど。あれでも人気はあるんですよ」
だろうね。顔はめちゃくちゃ良いもん。
「コトネにはシェイド様がいるから、よそ見してる暇はないか」
「確かにシェイドにはドキッとすることはあるけど、好きかどうかってなると話は変わってくるかな」
嫌いじゃない。それは事実だ。
どんなお願いだって叶えてくれるし、私を本気で愛してくれている。
でもね。シェイドは肝心なことは教えてくれないの。
なぜ私を好きなのか。どこで出会ったのか。
想いは本物でも何も語ってくれないから壁を感じてしまう。




