変わらぬ日常
あれから時間だけは過ぎた。
お父さんは目の前に迫った死を払い除け、今日も前を向いて生きている。
危なっかしい瞬間はまだあるけど、私が生きているとわかっただけでも立ち上がることは出来た。
私の声を届けることは、もうしないほうがいいのかもしれない。
定期的に、一方的に話しかけて、もし万が一私が先に死んでしまったら、それこそお父さんを絶望の底に突き落とすことになる。
親より先に娘が死んだ苦しみは、あの一回で充分。
もう会うことのないお父さんの幸せを遠くから祈る。
──ごめんねお父さん。こんな親孝行しか出来なくて。
「平和だね」
「平和ですね」
シェイドの力を必要とする大きな事件は起きず、平和が続く。
友愛を王宮に住まわせるにあたって、商人からの買い付けを禁止したと聞いた。
衣食住を無料で提供しているのに、その上、国のお金で贅沢三昧。民の税金を友愛のために使い続けるのもおかしな話。
禁止にするのが遅すぎるとキースはボヤいていた。
友愛が迷惑をかけた尻拭いではないけど、今まで買った宝石やアクセサリー、服を売ればいいのではと提案してみた。
買った値段には及ばないけど、王宮御用達の商人の品物はどれも価値が高い。そこそこの金額は取り戻せたらしい。
それに友愛は買うだけで、特に身に付けることもなく、完全なる無駄遣い。
カイザー様はすぐ陛下に直談判をした。聖女としての品位を保つには必要経費だと。
欲しい物があれば働いて稼げと一刀両断されたらしいけど。
──その言葉、耳が痛いのよ、私。
お金を使っていないとはいえ、私も働くことなく欲しい物を手に入れている。
それが私の特権だと優しく諭してくれるけど、甘やかしすぎるのはダメ人間への第一歩。
神官長が神殿に籠り、ここには来ないことがキースの心を軽くしている。
いつもの爽やかっぷりに拍車がかかっていた。
ストレスだったのかな。神官長が。
「コトネ様。今日は庭園に行かれますか」
王妃様の庭園はとても綺麗だ。心が洗われる。
あの素敵な場所で二度と友愛と出会わないとわかっていても、臆病な私は足を踏み入れるのが怖い。
百合の花を見てしまったら、感情のコントロールが出来なくなる。
私が泣けばまたキースがシェイドに責められる。それは嫌だ。
キースには「行かない」と首を横に振って答えた。
「失礼しますコトネ様。アーサーです。入ってもよろしいでしょうか」
朝から元気な声。
王宮からのお客さんに珍しがっているとラヴィが出迎えた。
上の空だった私から返事は聞けないと判断されたのか。
お客さんを外で待たせるわけにはいかないもんね。ラヴィが気の利く侍女で良かった。
入ってきたアーサー様の笑顔はどこか暗い。
「こちらユア殿からコトネ様にです」
手紙を受け取ろうとすると、スっとラヴィが前に立ち代わりに受け取った。
目を光らせたキースの立ち会いの元、封が開かれる。
中身までは取り出さないにしても、毒が塗られているのではと隅々までチェックしていた。異常がないとわかると、謝罪をしながら私の手元に手紙が収まる。
──使い勝手のいい私を友愛が殺そうとするわけはないんだけどね。
友愛の名前を勝手に使ったカイザー様なら、ありえるかも。
手紙は元の国の言葉で綴られていてキース達には読めていない。
長々と書かれているけど要は、お茶会をしよう。場所は王妃様の庭園。イケメン三人を連れて来い。
先日の話し合いをしてから自由がない。部屋から出られないからどうにかして。
私なら陛下と王妃様を説得出来るだろう。
不当な扱いをされていることに悲しんではいるものの、自分には一切の非がないと訴える強気な文面。
形だけでも謝罪すれば出歩く許可は貰えるだろうに。
柔らかい物言いをしてるけど、これはお願いだけではなく命令。
しかも内容から開催することは決定しているかのよう。
ここまで欲望丸出しの手紙は他にない。最早、尊敬さえ覚える。
「これって返事を貰うよう言われてますか」
「いいえ。渡すようにとだけ」
「お忙しいのにわざわざありがとうございます」
騎士団長自らが出向いてくれるって。友愛の信頼は回復しなさそう。
私にしか読めない文字を使えたのは、女同士の秘密のやり取りを盗み見されたくないとでも言ったのか。
厄介者扱いされていても友愛は女性であり、ある程度の尊厳は守らねばならない。
返事はしたくないけど、渡さなかったらアーサー様が手紙を故意に紛失したと騒ぎ立てる。
先の読める展開。
私のせいで迷惑をかけたくはなかった。
私まで長々と書く必要はない。
友愛に割く時間はないとストレートに書くつもりはなく、友愛とカイザー様の時間を邪魔したくないからと言葉を偽った。
嘘は言っていない。
「そちら、ユア殿にお届けすればよろしいですか」
「いいんですか?」
「ええ。王宮に戻るついで、ですから」
「それじゃあ……お願いします」
「お預かりします」
快く引き受けてくれてるけど、友愛からのお願いは難色を示していたはず。
一礼してアーサー様は退室した。
友愛が関わると平和が終わる。
名前を聞いただけでキースとラヴィが纏う空気がピリつく。
さっきまであんなに和気あいあいしてたのに。
みんなの天使だったはずの友愛が、ここでは嫌われている。
なんだろ。この複雑な気分は。
天使だった友愛との付き合いが長すぎたせいだね、きっと。
「キース様。そろそろあの時期ではありませんか」
「あぁ。そうだな」
「何があるの?」
二人は一度顔を見合わせてから、口を揃えて言った。
王族主催の大規模なパーティーだと。
年に四回開催され、国中の貴族が一度に集まる。辺境に住む貴族もこの日だけは王都に出向く。
人脈を広げたい下心を持った貴族が大半。主に陛下と王妃様と。
そりゃそうだよね。貴族同士より、王族と懇意になったほうが色々と便宜を図ってもらえる。
不正には手を貸さないけど、忠実な家臣を守るためなら尽力するのかもしれない。
見え透いた下心に引っかかるわけもなく、権力欲しさの貴族が陛下の派閥に入ることは一生ないのでそこは安心。
陛下と王妃様に振られた貴族の集まりが、カイザー様を傀儡の王にしようとしている王族派なんだとか。
レイチェスター公爵家は毎回、囲まれていた。公女様はカイザー様の婚約者で次期王妃。 ゴマを擦りたい人は大勢いる。
婚約破棄してフリーとなった公女様へのアプローチは凄まじい。
純粋に憧れ恋焦がれた男性は多く、カイザー様の婚約者に選ばれたときは泣く泣く諦めるしかなかった。
公爵に寄ってくるのは権力狙い。公女様に寄ってくるのは婚約のアプローチ。
伊達に公爵家をやっていない公爵や公女様はのらりくらりと面倒事を躱す。
公女様に至っては中身はどうあれ、婚約破棄をされた身。しばらく結婚の話はしないで欲しいと遠回しに伝えている。
伝わっているかは……うん。まぁ、伝わってればいいよねとしか言えない。
元々、大規模なパーティーが今回は、私と友愛の召喚成功により更に盛り上がるらしい。
「ねぇキース。そのパーティーで私が聖女とか、祭り上げないよね?」
「当然です。そのようなことをしたら、陛下が身分を剥奪され、その身一つで追放されてしまいますから」
神官長並に胡散臭い笑顔。
神官長制作の誓約書の詳細がきちんと伝わっているようで何より。
というかその罰って、シェイドの力を使ったときに私を持ち上げないって条件じゃなかった?
いや、口を出すのはやめておこう。
もしかしたらあの後、新たに条件を付け加えたのかもしれない。神官長ならやりそうで怖いな。
私のためなら何をしてもいいと思ってるとこはカイザー様とそっくり。
そんなことを言うと目に見えて不機嫌になりそうで、心の中だけに留めておく。
「で、そのパーティー。私は欠席でいいんだよね?」
「いえ。恐らく出席かと」
「え、なんで」
「コトネ様は……と、ユア殿は王族であるカイザー様がこちらが呼び出したので、改めて紹介すると陛下が。もちろん!コトネ様が聖女であることをわざわざ公言したりはしません」
気のせいでなければ、今一瞬、キースが友愛の存在をなかったことにした。
思い出したならいいんだけどね。
「貴族の集まるパーティーでしょ?私なんかが行って大丈夫?」
友愛だけを参加させたほうが王族の権威?にも傷がつかない。
私がいかないと公の場でカイザー様が友愛を聖女だと発表ことを恐れているみたいだけど、私がいようといまいと、カイザー様は発表するよ。絶対。
──自分正義な人間だもん。
味方に付けられる貴族を取り込んで、派閥の勢力を広げたいのだろう。
神殿が認めてない時点で本物の聖女にはなれないんじゃないかな。
聖女は神殿の管轄に入るわけだし。
勝手なことをしたら陛下の機嫌を損ねるとわかっていながら行動に移せてしまう無謀さは、果たして勇気なのだろうか。
私はそれを愚かと認識している。
「でもさ。そんなパーティーに着るドレスなんて持ってないよ」
王妃様から貰った物があるけど。
お願い。行きたくない思いを察して。
「大丈夫ですよ」
心の中で祈ってると、続きを聞きたくないような、それはそれは爽やかな、猛ダッシュで逃げ出したくなるような笑顔を作った。
「王妃陛下が仕立ててくださっていますから」
それは聞きたくなかった。
私の参加が決定していることに驚くしかない。そりゃさ?私のために新しいドレスを作ってくれたのなら行くしかない。
だって!王妃様が!私のために!わざわざ!!作ってくれたんだよ!?
それ着て出席しなかったら失礼すぎる。
「あれ?でもさ。友愛はどうするの。ドレス。全部売ったんだよね」
「一着だけ残しております。ですので、それを着て来るかと」
自分で選んだドレスだし不満とかないはずなのに、私だけ新しく、しかも王妃様御用達の店で仕立ててもらったとバレたら面倒だ。
他言無用でお願いしなければ。
友愛のことが嫌いで、私の後ろ盾には陛下だけでなく王妃様もいるのだと言いふらしたりしないよね?
しないと誓わせてもいいかな!?
これ以上下手に恨まれたくないんだけど。
そうだ!パーティー用に友愛のドレスも作ってもらえるようお願いしたらいいんだ。
召喚された私と友愛を紹介する場でもあるなら、どちから片方を特別扱いするのはおかしい。
「残念ながら二着分のドレスを仕立てる時間はありませんよ」
思い付いた名案はキースの一言によって儚くも砕け散った。
しれっと心を読んだキースは私が友愛に甘いことに嘆いてるようにも見える。
嫌われ貴族を後見人にしなかっただけでなく王宮に住めるよう口添えしたのだから、何も与える必要はないと言いたいのか。
でもね。残念ながら平和を保つには人々を平等に扱うしかないんだよ。
友愛は私と同等の扱いを受けることは屈辱かもしれないけど。
「キース」
「コトネ様。あのような者に情けをかけなくても良いのです」
声に怒りを感じる。
私の平和作戦は実行に移すことなく阻止されてしまった。
「コトネ様のことは我々が必ずお守りしますから。あの女に自由を与える口実を作るのはやめて下さい」
ついに、あの女呼ばわり。
友愛に対して紳士に振る舞うことをやめたけど、ここにいる間だけだよね?
本人を前にしてもその呼び方ではないと……信じたい。
好青年だったキースが腹黒神官長に似てきた。
陛下と王妃様がこんなキースを見たら泣くよ。こんな子じゃなかった……って。
私のせいでもあるし責任感じるな。
【コトネを守るのは僕らなの〜!!】
四匹がポカポカとキースを叩くも、見えない実態からの攻撃ダメージはゼロ。
それなのに火とか水とか、そういうのは効くため要注意。
可愛くてつい笑ってしまうと、キースの顔が赤くなる。
「コトネ様。好きな女性が不意に笑顔になると純粋な殿方はこうなりますのでお気を付け下さい」
「あ……うん」
何を気を付ければいいんだろ。
疑問が顔に出ていたらしくラヴィは呆れることなく教えてくれた。
「純粋な殿方は勘違いをする、ということです。もしかしたら自分に気があるのではと。ねぇ、キース様?」
「私はそこまで愚かではない」
改めて、キースは私が好きだと意識させられる。
公私混同はしないと誓ってくれたからこそ、今でもキースは私の騎士としてここにいる。
騎士なのにポーカーフェイスが下手なのもどうかと思うけど、純粋ってことは言い方を変えれば素直。
何かあるたびに赤面されるのは困る。早く慣れて欲しいものだ。
貴族のパーティーなら当然、ダンスを踊るんだろうけど、私を誘う人はいるはずもない。
キースは騎士として仕事があるし、神官長も神殿に篭ったまま。
立食パーティーと思えばいいのか。
で、ダンスの時間になれば酔ったとか、適当な嘘で逃げればいい。
うん、そうしよう。




