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ずっと好きな人達

 瞬間移動というのは慣れない。私もラヴィも。


 突然、現れた私達に驚きながらも手に持っていたカップを落とすことなく、「おかえりなさい」と声をかけてくれた。


 とりあえず先に、私だけが離れに帰るのはいつものこと。


 シェイドの魔法のおかけで、部屋は一切汚れることなく、掃除の手間がない。


 一人で留守番をしているラヴィは、私が元いた国の食事に慣れるために緑茶以外も飲むようにしている。


 私のことを知ろうとするラヴィへの好感度が高いらしく、シェイドも嫌がることなくラヴィには素直に出すようになった。


 やたらとキースに冷たく攻撃的なのは相性が悪いからだと思っていたけど、そうじゃない。


 キースが私のことを好きで、だから……。


 ──いつからなんだろ。


 私なんかに一目惚れはありえないからキッカケがあったはず。


 思い返してみても、惚れられるようことはない。


 昨日の反応も、私と目が合って照れたとか?


 縁遠い、“恋愛”という世界に悩まされる。


 ラヴィや神官長はキースの想いに気付いていた。私だけが疎かった。


 私にとってキースとラヴィは心許せる二人だから、つい距離が近くなるときもあった。


 ──無知は罪だとよく言ったものだ。


 私を好きでいてくれたのに、私なんかが好かれるはずがないと決め付けて。


 私に魅力があるかはさておき。私を好きだと言ってくれる人が三人いるのも事実。その想いを私が勝手に否定するのはとても失礼、


 シェイドと向き合うと決めたのなら、キースと神官長の想いからも目を背けてはいけない。


 誠実には誠実で返さなくては。


「ねぇシェイド。思うんだけど。国民全員とまではいかなくても、陛下と王妃様。あと神官長は魔法が使えるようにしたらどうかな?そしたら何かある度に呼び出されることがなくなるんじゃない」

「言っただろ。魔法は争いの元だ。わざわざ火種を蒔く必要はない」

「ふふ」

「なにがおかしい?」

「だってシェイド。この国の人が本当に好きなんだなって」

「なぜそうなる」


 呆れたような、不貞腐れたような。


「どうしてこの国だったの?他にも国はあるし、グランロッド国だけに魔法が使えるように加護を与えたのはなんで?」


 率直な疑問をぶつけると「忘れた、知らん」と会話を終わらせようとする。


 美しく妖しい黒い瞳から目を離さないでいると、観念したように息をつく。


 過ぎた日々を愛おしく思う優しさを含んだ瞳は一度だけ閉じられる。


「その前に。私は精霊王などと呼ばれてはいるが、元はただの樹だ」


 頬に触れた手から伝わるのはシェイドの記憶。


 女の子が大きな樹の前で膝を付いて祈っている。


 身なりからして平民ではなく貴族。

 歳は六〜七といったところ。


 まだ幼い子供は平和を強く望む。


 女の子の髪は青みがかった緑で、どこか神官長と似ている。


 貴族の子供がなぜ祈っているのか。


 大昔ではまだ戦争が行われていて、いつ自分達が巻き込まれるか。不安と恐怖に押し潰されてしまう寸前。


 藁にもすがる思いで、何に祈っていいのかもわからず、友達、家族、大切な人達が傷つかないようにと願い続ける。


 清い心を持った少女の願いはいつしか神様に届いたのだろう。


 白く小さな花は輝きを放ち、実態のない幻想のような姿でシェイドは現れた。


 ──多分、きっと、少女は、聖女と呼ばれる存在。初代だ。


 当時、神様という言葉があったかは定かではないけど、少女には神様に見えたに違いない。


 神々しく、神秘的に、息をするのも忘れてしまうほどの美しい存在が目の前に現れた。


 少女の熱や思いまでは伝わることはないけど、見とれてしまう気持ちはよくわかる。


 大樹として長い年月、人間を見てきたシェイドは言語を話す。


 純粋無垢な切なる祈りによって生まれたシェイドは奇跡を扱う。


 シェイドにとって魔法は生活を便利にする物ではなく、大切な人を守る手段。


 スラリとした指が少女の額に触れる。


 聖女の証と呼ばれる蓮の花の紋様が浮かぶ。


 蓮の花は淡く光り、魔法の概念や使い方が少女の脳内に巡る。


 今度は大樹でもシェイドにでもなく、国に祈りを捧げた。


 眩い光りが国全体を包めば、それは加護の完成。


 国民はそれまでの生活と打って変わって、まるで最初から魔法が使えたかのように戸惑うことはない。


 唯一、強大な魔法を扱う少女は精霊樹を守るため神殿を建て、愛する人との間に出来た子供に託した。


 それがバルク家の、長い長い歴史の始まり。


「人間は愚かだ。だからこそ、愛おしいと思った」


 シェイドの記憶から、シェイドの想いも一緒に伝わってきたけど不思議なことに、初代聖女でもある少女への恋心など皆無。


 ただの大樹から新しい生命に誕生させてくれたことに感謝はしているけど、それだけ。


 特別な感情は芽生えていない。


 聖女を好きになるわけではないのか。


 ──え、待って。じゃあシェイドはなんで私が好きなの?


 あの少女を好きでいたのなら、私への恋心の説明もついたのに。


 そういえばシェイド、初めて会ったときからと言った。


 仮に、百歩譲って、万が一、ううん、億が一の可能性として私が少女の生まれ変わりだとしても。


 別世界で生まれ変わるなんてあるのかな。


 それともシェイドが私の世界に来たとか?


 大樹から祈りの奇跡により姿を得られたとはいえ、別世界に行くなんて無理なはず。


「あのさ。変なこと聞くけど、私はあの少女の生まれ変わりだったりする?」

「いや。あの者の魂は天に還っている。神、とやらの庇護を受けていたのだろう。死後、清き魂のまま神に保護されている」

「保護?」

「私の加護を受けているのだ。死後もその力を悪用する輩がいると……わかっていたのだろう」


 魔法の根源でもあるシェイドの加護を受けた少女に宿る力は死しても尚、衰えることはない。


 魔法という特別な力を与えられた民は、他国を平然と侵略することを考えた。


 万能で全てを見通す神様は、その未来が視えていたのかもしれない。


 死者への冒涜は許されない恥ずべき行為。


 まして死体を利用しようとするなんて考えられない。


 欲望のままに力なき人達を虐げる民を、それでも見捨てなかったシェイドは本当にこの国が、この国の人達が大好きだ。


 私がシェイドの立場だったとして、加護を切った後もここまで面倒を見れるかな。


 放置はしないにしても、聖女が現れたら再び加護を授けるなんて、絶対無理。


 …………だからシェイドは聖女にのみ加護を与え、国民はその恩恵を受けるだけにしたんだ。


 愚かで愛しい人達が同じ過ちを繰り返さないように。


 頭が良いとか武術に長けているとか、才能の部分で他人より優れているだけならいい。


 人知を超えた魔法のような特別な力は、必ずいつかは正しさを失い暴力へと変わる。


 そして既に、グランロッド国は偉大なる魔法を暴力として振るった過去がある。その罪は消えない。


 千年も昔のこと、と、切り捨てるのではなく、千年前に奪った、と、今も贖罪を続けている途中。


 近隣の国が困ったことがあれば迷わず手を差し伸べる。


 信頼や信用というのは簡単に取り戻せるものではない。


 王族を筆頭に、特別でなくなった自分達を受け入れて、一丸となり罪を償う。


 シェイドの守りの力が必要だったのは最初だけで、今では対等な交友関係が結ばれている。


「シェイド?どうしたの?」


 私に過去を見せたことによりシェイドも鮮明に昔を思い出しているのだろうか。なぜか黙り込んだまま。


 声をかけても無反応。


 絵画のように美しいオーラを放つシェイドについ目を奪われる。


 綺麗を通り越した褒め言葉は“美しい”だ。


 だってこんなにも、飽きずに見ていたいと思わせる 。

 今の顔は私に合わせてくれているけど、元の顔のほうがカッコ良いかもしれないな。


 こっちの世界のイケメンは、顔面偏差値がずば抜けて高い。


 性格を一切考慮せず、顔だけでランキングを作ろうものなら、それほど差はないかも。投票する人の好みだね。


「すまない。少し考え事をしていた」


 珍しい。私といるときに他のことに意識が飛ぶなんて。


 自分で言うのもなんだけど、シェイドにとっての一番は私。同じ空間にいなくても同じこと。


 シェイドは私の考えを簡単に見透かすのに、私には何もわからない。


 気になることがあるなら言ってくれないと力になれないのに。


 不満……不安が伝わったのかシェイドは


「バルク家の次期当主が調べている。何も心配するな」

「何を調べてるの。私は聞かないほうがいい?」

「結果次第だ」


 伸ばされた手は体温を確かめるように頬に添えられる。


 まただ。悲しい瞳。


  安易に「大丈夫」と言っても無駄だ。奥底に隠しておきたい過去(こと)を知っているからこそ、より不安にさせる。


 ──でもね。本当に大丈夫なんだよ。


 お母さんを殺した罪を背負って死んだところで、お母さんが生き返るわけではない。


 理屈は理解していた。でも……子供だったから。


 神様に願って、命を捧げたら生き返るのではと期待を込めて、お母さんと同じく車に轢かれることを選んだ。


 何事もなくこうして大人になれたのは、お父さんが間一髪で助けてくれたから。


 子供の浅知恵を瞬時に見抜いたお父さんは泣きながら、痛く苦しいほどに私を抱きしめた。


 鮮明に覚えている。お母さんのお葬式で一生分の涙を流していたのに、抱きしめながら枯れたと思っていた涙が溢れていた。


 震える声で「ごめんね」と呟くお父さんは、立て続けに家族を失うことが怖かったんだ。


 普通はそうだよね。


 憎くて憎くてたまらない、記憶からも消去して出会ったことをなかったことにしたいと思う相手でなければ、本気で死んで欲しいと思うはずもない。


 所詮、子供の浅知恵だったのだ。


 命の対価は命だと、何かのアニメで言っていたから。


 お母さんが死んだことでお父さんは私を責めなかった。周りの人も私を慰めるだけ。


 それが辛くて苦しくて。


 許されたくないと思いながらも、本心では許されたかった。そんな矛盾が、間違った答えを導き出したのだ。


 学校で、面と向かっては言われなかったけど陰口、しかも聞こえる声量で私のことを「人殺し」と言う人は何人もいた。


 詳細を話したのは友愛だけ。きっと私を陥れるために友愛が当時、敢えて口にした。噂はすぐに生徒の間に広がり、私を見る目は変わっていく。


 全てが仕組まれていたこととはいえ、友愛のおかげで前を向く決心がついたのも事実。


 嘘にまみれていたとしても、あのときの感謝だけは忘れない。救われたことに変わりないのだから。


「そうだ。ずっと聞きたかったんだけど。私と友愛って召喚されて来たじゃない?元の世界で大騒ぎになってるんじゃないの」


 私はともかく、友愛が行方不明になれば会社の人や近所の人達が黙っていない。家族も捜索願を出すだろうし。


「ある意味、騒ぎにはなっている。召喚された時点で、死亡したことになっているからな」

「え…………?待って。そんなの聞いてない。神官も誰も、そんなこと一言も……!!」

「連中は何も知らない。召喚された人間が元いた世界のことなど」


 家族を失うことを恐れていたお父さんを一人残して、私は死んだことになった。


 ──お父さんには私のことで二度と泣かせないと誓ったのに……。


 もっと酷い場合は、最初から存在がなかったケースもあるとか。


 住む世界が違うだけで、生きているのに死んでいることになる。


「元の世界に帰してやることは出来んが、心音の想いを伝えることは出来る」

「お父さんに会えるってこと!?」

「いや。一方的にだ。姿を見せることは無理だ」


 それでもお父さんに、私は元気だと伝えたい。


「眠っていたときならまだしも、異世界人でもある心音の思念を飛ばすのは長くはもたん」


 眠っていたとき、という言葉に引っかかったけど深くは聞こうとしなかった。


 一秒でも早く、お父さんに伝えたい。そのことばかり頭に浮かんでいた。


 包むよう重ねられた手から、一定のスピードで何かが流れ込んでくる。


 視界に広がる景色が一変。


 見慣れたリビングに痩せ細ったお父さんが座っていた。


 男手一つで育ててくれていたお父さんは家事を完璧にこなす達人と言っても過言ではない。


 そんなお父さんが、洗濯物を散乱させて食器も洗えていないなんて。


 どうやら時間の流れは異なるようで、私が死んでまだ一週間も経っていない。


 大きかった背中に手を伸ばすも体のない私の手はどこにも届かず。


「お父さん!!」


 叫んだ。力の限り。


 私とお母さんの後を追って睡眠薬を大量に摂取しようとしていた。


 医師から処方されるのは簡単だっただろう。妻に続いて娘まで死んでしまった。


 精神が不安定になり眠れなくなるのも当然。


 多分、それだけじゃない。


 お父さんの中で私は事故死ではなく自殺である可能性が捨てきれないなら尚更。


 どこからか聞こえる私の声に、持っていた薬が滑り落ちフラフラと立ち上がった。


「心音……?」


 部屋の中をグルリと見渡しながら力なく私を呼んでくれた。


「うん。うん……そうだよ。急にいなくなってごめんね。私は大丈夫だから。別の世界で元気に生きてる。だからお父さんも……生きてて、欲しい」


 どこまで伝わったのか。


 気付けば景色は少し見慣れた、私が暮らす小屋へと戻っていた。


 険しい表情で息をつくシェイドは私のために頑張ってくれたのがよくわかる。


 精霊王といえど、全く別の遠い遠い異世界に声を届けることさえ難しい。それでも私が望んだから。


 私が望めばシェイドは願いを叶えてくれる。どんな無茶ぶりにだって全力で。


「ありがとうシェイド。私のお願いを聞いてくれて」

「心音は私の愛し子だからな。当然のことだ」


 私を愛してくれる、私の大切な人。


 もう会うことは叶わないけど、どうか生きて。


 強く思えば、願いが届いた気がした。

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