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欲【キース】

 会議は進む。余計な人間がいないから。


 カイザー様は異常だ。ここまで愚かではなかったのに。


 ユア殿と出会ってからか。おかしくなったのは。


 手当り次第、女性に手を出さなくなったのは助かるがユア殿のためにと横暴を繰り返す。


 騎士も侍女もメイドも、ほとんど全員がユア殿の虜となってしまっている。


 わからない。彼女の何がそんなに魅力なのか。


 容姿は美しいかも死れないが、それだけ。


 たったそれだけの価値しかない人間に、なぜそこまで入れ込めるのか。理解に苦しむ。


 ──ユア殿よりもコトネ様のほうが可憐で愛らしい……。


 って、何を思っているんだ私は。


 女性に対してこのようなことを思うのは初めてで、戸惑う自分がいる。


 王宮内の掃除は計画通り、上手くいった。


 これを期に、ユア殿を聖女と口走る者達を王宮から追い出すことだろう。


 連日、陛下の元にユア殿が聖女としてどれだけ素晴らしいかを演説する使用人が後を絶たない。おかげで業務に支障をきたす。


 陛下としても偽物を本物と偽る愚行はしない。


 嘘に加担するということは国民を騙すということ。偽物を担ぎ上げてしまえば待つのは滅びのみ。


 レイチェスター領の雨も降り止み、会議は終わると思いきや、神官長が聞き流せない新たな議題を提出した。


 コトネ様の婚約については私も陛下から聞かされていたが、相手の候補は何も決まっていない。


 カイザー様がクラナド伯爵を宛がおうとしていると知ったときには殺意を覚えた。


 あんなクズがコトネ様の夫になるかもしれないなんて、想像もしたくない。


 シェイド殿からの殺気が突き刺さっているにも関わらず、コトネ様にアプローチする神官長が羨ましくもある。


 神官長の私を見る目がやけに挑発的なのは気のせいではない。


 このままでは本当に神官長との婚約が成立してしまう。


 ──わかっている。


 聖女であるコトネ様と精霊樹を代々守ってきたバルク家の次期当主でもある神官長こそが相応しいことぐらい。


 だから……。これから私が取る行動はきっとコトネ様を困らせる。


「コトネ様の婚約者に私も立候補したいのですが」


 人生で初めてだ。本気で何かを手に入れたいと思ったのは。


 コトネ様が婚約し、結婚するときに笑顔で祝福出来ないとわかっているのに、神官長との婚約をこのまま進めさせるわけにはいかない。


 純白のドレスに身を包むコトネ様を一目見たら、奪ってしまいたくなる。


 コトネ様が選んだ最愛の男との仲を引き裂いてでも私は、手を離せなくなる。


 私のワガママが珍しいのか一番驚いているのは陛下。


 これで三度目だからな。カイザー様と比べたらかなり少ない。


 すぐ気を引き締めて、一国の王として問われた。


 なぜコトネ様なのかと。


 私自身、多くの令嬢から婚約の話がきている。


 アーサー卿からも早く身を固めろと言われ続けられたが、好きでもないのに結婚するのは相手にも失礼。


 政略結婚は理解しているが、どうも私の周りには好き同士で結婚した者のほうが多い。


 そのためか、結婚に夢を見てしまっている。


 私は恋愛結婚を望む。


「守りたいからです。聖女としてだけではなく、コトネ様本人を、そして何より、ずっとお傍にいたいと思っております。もしも、許されるのなら」

「それはつまり、キース。お前はコトネ様を」

「愛しています。心から」


 この気持ちに蓋をしたくない。


 芽生えた感情は成長を留まることを知らず、大きく膨らんでいく。


 コトネ様が笑ってくれると嬉しくてたまらない。

 コトネ様が泣いてしまうと心が痛む。


 傍にいたら今度は「ずっと」を願ってしまう。


 コトネ様と出会ってから新しい感情に突き動かされる日々。


「コトネ様。初めて見たときから私は貴女に惹かれています。神官長ではなく私を選んでは頂けませんか」

「ま、待って。一旦落ち着こう!ごめん、頭がパンクしそう。え、キースが私を好き?なんで?」

「なぜと聞かれましても」


 一目惚れに理由はない。


 あまりにも綺麗で、全身が熱くなり、コトネ様の騎士になりたいと呟いていた。


 上手く言葉にする自信がない。


 ただ、これだけは言える。


「こんなこと嘘では言いません。コトネ様。この先ずっと、貴女の隣で貴女を守る存在は、私で在りたい」

「こ、心音ちゃんに結婚は早いと思います!!」


 勝手に口を挟まれたかと思えばバカなことを口走る。


 自分はカイザー様と婚約し、ゆくゆくは結婚する身でありながら、コトネ様はまだ早い?


 コトネ様が聖女で在ることを理由に最もらしいことを語るが、聖女の条件は純潔ではなく心の清さ。


 結婚すること自体に問題はない。


 ユア殿の必死さは醜く、コトネ様の結婚を妬み邪魔していることは明白。


 カイザー様と比べると他の男のほうがさぞ優良物件だろう。


 浮気の心配をしているのなら、それは大丈夫だ。


 レイチェスター嬢と婚約しているときから気に入った女性に手を出していたカイザー様が、ユア殿と婚約した途端よそ見をしなくなった。


 女性にのみ広げられていた視野が一気に狭くなる。


 それこそがユア殿の起こした奇跡。


 まぁ別に、カイザー様がいくら問題を起こそうと私はも──う尻拭いをするつもりはないがな。


「キース。神官長。その件について私も話がしたいと思っていたところだ」


 身構えるコトネ様が不謹慎にも可愛らしい。


 蓋を開けた感情は私を縛ることなく、素直な気持ちを思えるようになった。


 時と場合は弁えるが、二人きりなら溢れる想いを口にして伝えている。


「コトネ様の婚約に関しては、コトネ様が望まぬ限り、強制するつもりはない。これは王命であり、守られぬのなら処罰の対象となる」

「しかしながら陛下。早々に決めておかねば、よからぬ輩に嫁がせようとする愚か者が出てきてしまいます」


 言葉と視線が向けられているのはカイザー様。


「案ずるな神官長。誰であろうと処罰の対象だ。例え貴殿であろうと、カイザーであろうと、王命に逆らうのであれば反逆の意志があるとみなす」

「なるほど。肝に銘じましょう」


 一瞬、期待してしまった。


 陛下は私の味方になってくれると。相手が普通の令嬢なら力を貸してくれるだろうに。


 コトネ様を困らせてシェイド殿が不機嫌になることよりも、コトネ様の幸せを第一に考えるところが陛下らしい。


 ──だからこの方は国のトップに立つお方なのだ。


 この王命は神官長にというよりはカイザー様に向けられている。


 余計なことをしたら王位継承権を剥奪すると宣言したも同然。本人に伝わっているかは疑問だが、カイザー様の魅力は整った容姿と次期国王の座のみ。


 王位を失ったカイザー様に価値はないが、贅沢な暮らしをしてきたユア殿が今更、生活水準は下げられない。

 何がなんでも今の座は守り通す。


 ユア殿からすればコトネ様が結婚する機会がなくなるのは願ってもないこと。


 何もしないだろう。余程のバカでない限り。


「ちなみにですが、コトネ様にアプローチするのは構いませんか?」

「コトネ様が迷惑と被って(こうむって)いるのならやめるように」

「迷惑ですか。コトネ様?」

「えっと……」


 優しいコトネ様がハッキリと断れるはずもなく言葉に詰まった後、笑って誤魔化した。


 それを都合の良いように捉えるのだから神官長は、きっと本当に……コトネ様のことを。


「ではコトネ様に好いてもらえるように頑張りますね」

「バルク家次期当主。貴様にはやるべきことがあるはずだ」

「もちろん忘れておりません」

「そうか。ならば、“それ”が終わるまで心音の前に姿を現すな」

「承知致しました。シェイド様」

「……いいか。完璧にやり遂げるんだぞ」

「当然です」


 神官長の笑顔は信用性に欠ける。シェイド殿の眼差しも疑ったまま。


 祀ってきた精霊王よりもコトネ様から得る信頼だけを優先しているのだろう。


 こんなにも態度に出す神官なんて、後にも先にも、この方だけ。


「心配しなくても、ちゃんと完璧に調べ上げてみせます。コトネ様のためにも」


 神官長のやることとは、何かを調べることなのか。


 王族ではなく精霊王と関わりの深い神官長に頼むのは、神殿で保管されている資料でなければ得られない情報があるから。


 バルク家の血を引く者しか閲覧出来ない資料があっても不思議ではない。


「遅くなって申し訳ございません。まだ終わっていませんね?」


 王妃殿下の登場によりユア殿だけが、あからさまに目を逸らした。


 やましいことがある人間が取る行動の一つ。


「ユア殿にお聞きしたいことがあります。先日のお茶会、誰の許可を得て、わたくしの庭園で開いたのかしら?」


 柔らかい物言いだが、怒っていないわけではない。


 ユア殿のお茶会の件はしっかりと報告されていて、直接危害を加えたわけではないが、令嬢と共にコトネ様を侮辱したことは耳に届いている。


 勘違いしてはいけないのはユア殿はカイザー様の婚約者であるが、まだ王族ではない。許可なく出入りしてはならない場所は多々ある。その内の一つが庭園。


 決められたルールを守れないのであれば、王宮に住まわせることを考えなくてはならない。


 娘が欲しかった王妃殿下からしてみれば、コトネ様のように愛らしい女性は必然的に守りたくなる。


 大勢で攻撃したとなれば王妃殿下は完全にユア殿を敵と認識した。


「ユア。母上の庭園でお茶会を開いたなんて、何かの間違いだろう?」


 声が震えている。


 カイザー様は陛下よりも王妃殿下の機嫌を損ねるわけにはいかない。なにせリミント侯爵家は貴族派をまとめる長でもある。


 リミント侯爵が本気を出せばカイザー様など簡単に引きずり下ろせる。のだ


 抗議だけにしてくれているのは、王妃殿下が様子を見るようお願いしているからにすぎない。


 いくら見るに堪えないバカであっても我が子だ。易々と生まれ持った立場を奪いたくない親心。


 最愛の愛娘のお願いは親ならば聞き入れるのは当然。


 だが、そのお願いが消えた瞬間、貴族派を止めることは出来ない。一日と待たずして地位を失う。


 機嫌を取るために金品を用意しても、残念ながらリミント買収されるような人ではない。


 不正を行わないからこそ、貴族派をまとめる立場でいられる。


 買収を行おうとした時点でカイザー様は即座に引きずり下ろされるだろうが。


「そうなんです!私はダメって言ったのに彼女達が無理やり」

「その、彼女達は貴女が提案したと言っているのだけれど?」

 「(あれって公女様が開いたんじゃなかったんだ)」


 ただ遅れたわけではない。


 レイチェスターを始めとした、あの日のお茶会に参加した令嬢から聞き取りを行って(おこなって)いた。


 いつかの神官と違うところは、発案者はユア殿であると述べた。ユア殿を庇う素振りもなかった。


 異性なら庇い立てすればユア殿自身から褒美が与えられると下心から嘘をつくかもしれないが、同性の場合はメリットがないということか?


 カイザー様と結婚すればユア殿は王妃。今から取り入っておくのも一つの手だと思う。


 神官長は誰よりも真剣に耳を傾ける。物事を深く考えているのか顎に手を当てて。


「そんなはずありません!」


 可哀想な人だな。


 何かある度に誰かが罪を被るのが当たり前だと思い込んでいる。


 そういう生き方しかしてこなかったため、自らの過ちを認められない。


 王妃殿下は素直に謝りさえすれば水に流してくれる寛大な心を持っているというのに。


 自分で自分の首を絞めていく。


「ミラ様!あの人が言ったんです!!カイザー様の元婚約者で融通が効くからと」

「ユア殿。彼女はそのように愚かではありません」


 稀に見る冷酷な表情。


 夫婦喧嘩をしたとき、たまにあんな顔をしている。そんなときはいつも陛下から謝っていた。


 背筋が凍るほど怖いというに、謝ることをしないユア殿。


 ──謝ったら死ぬ病気にでもかかってるのか?


 レイチェスター嬢は幼い頃より王妃教育を受けていて、王妃殿下からの信頼も厚い。後を任せられるのはレイチェスター嬢だけだと言われるほどに。


 そんなレイチェスター嬢を侮辱され抑えていた怒りが頂点に達した。


 他人のせいにして、他人を陥れて。


 ユア殿は自分こそが世界の中心にいると思っている。

 可哀想を通り越して滑稽だな。


「本来であれば一ヵ月の謹慎にするところですが、カイザーが伝え忘れていたのかもしれません。ですので今回だけは、大目に見ましょう」


 埒が明かないと判断した王妃殿下はユア殿に割く時間がもったいないと感じ始めた。


 優しく諭されているときに素直になれば良かったものを。


 見捨てられるのは無関心と同じ。


 王宮においてカイザー様の寵愛しか受けないユア殿は居場所を失う一方。


「ですが、次に無断で庭園に足を踏み入れた場合、王宮を出て行ってもらいます。よろしいですね、陛下?」


 有無を言わさない迫力に押し負けた陛下は小さく数回うなづいた。


 これで本当に今日の会議は終わり。


 元々、この会議は問題を解決するために話し合うのは当然だが、ユア殿への警告でもある。


 大人しくしていろ。コトネ様に危害を加えるのなら容赦はしない。


 カイザー様と違って察しの良いユア殿のことだ。こちらの思惑に気が付いているはず。


 ユア殿に心酔している使用人も替わりつつある。


 孤立していくのが自分の嘘のせいだとわかっていても発言の撤回はしない。


 欲望に忠実で自己中心的。


 これほどまでにカイザー様とお似合いの女性も他にいない。

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