家族のために
正論中の正論をぶつけられたカイザー様は怒り爆発寸前。
身分がここまで人を愚かにするのか。
私には関係のないことだけど。これからは間違いは素直に認めようと思う。
シェイドは本当に力を貸してくれるつもりはなさそうだ。
私としては今もこうして命の危険が脅かされている人々を救いたい。
どうやってシェイドを説得しようか悩んでいると、何を思い付いたのかカイザー様の声が弾んだ。
「神官長!貴様らはその豚を聖女と崇めているのであろう?ならば、豚に頼めば良いではないか。ユアの聖女の力の、おこぼれを秘めているかもしれんぞ」
まるで神官長を論破したかのようなドヤ顔。
「良かったな豚。ユアの役に立てるぞ」
「(こんなのが私の兄だったのか。最悪だ)」
うんざりしたような声は、キースの心の声。
表情こそ変わらないけど内心はぐったりしている。
「(昔はまだマシだったのに。こんなバカを支えようとしていた自分が恥ずかしい)」
ひどい言われよう。
でも、キースはそんな兄を本気で慕っていた。だからこそ王子の座を退き、騎士となった。
騎士としてカイザー様を支えるために。
そんなキースにここまで言われてしまうカイザー様は既に手遅れ。
今からでもキースが王子に戻ってくれれば陛下も、ここにいる重鎮方も一安心。
キースの心も揺れ動いている。カイザー様ではなく自分が王位を継承したほうがいいのでは、と。
国の未来も大事だけど、そこにキースの幸せがないのなら私は継いで欲しくない。
国民の未来を憂い、その座に就くことが褒められることだとしても。
やりたくないことをやり続けて、一人だけ苦しむのであれば、その未来は実現させてはならない。
「あの!ところで、どこの領地が危険なのですか」
とある貴族の領地としか教えられていない。
聞いたところで貴族の名前なんてわからないけどね。
わからなくても知っておくこと、知ろうとする姿勢が大事。
「そんなことも知らないのか」
「それではユア殿はご存知で?」
さっきから一言も喋らない友愛に矛先が向けられた。
聞き返されることは想定外だったのか、カイザー様も黙る。
──あ、これ多分。カイザー様も知らないな。
国の一大事とかに興味なさそうだもんね。脳内お花畑だし。
いや、待って。それはどうなの。一国の王子として。
一瞬、カイザー様なら仕方ないと納得しかけたけどダメだよね。
天候なんて自然を、人間がどうこう出来るわけがないにしても、話し合いとかあったはず。
それさえ参加せず一体何をして……。友愛と楽しくベッドの上でお喋りでもしてたかな。
好きなことには好きなだけ時間を割くんだ。
「レイチェスター領でございます。コトネ様」
「レイチェスター……?シェイド!すぐに雨を止ませて!」
「なぜだ?その女にやらせればいいだろう」
「シェイド様。レイチェスター家はコトネ様の家族となる一族です。ならば当然、そこの領民もコトネ様にとっては家族になるわけです」
さっきまで友愛にやらせろと言っていたその口で、私が救済を望んだ瞬間に味方となってくれる神官長。
「家族、か」
ポツリと呟いたシェイドは、どこか悲しげな瞳を伏せてパチンと指を鳴らした。
魔法の根源でもあるシェイドと、人間が使っていた魔法は根本が違う。少なくとも指二本で天候をどうこう出来る人間はいなかったはず。
改めてシェイドのすごさを痛感する。
ここからでは雨が止んだか確認は出来ない。すぐに騎士を一人、レイチェスター領に向かわせる。
「心音。家族は大事か?」
「え?うん。もちろん」
「会ったことともない領民でもか?」
「そういう言い方をされると答えずらいんだけどね。でもね、大事にしたいと思ってる。だって公女様やその家族がずっと大切にしてきた人達だから。って言っても、私が出来ることなんて何もないんだけどね」
「心音はいるだけでいい。私の傍にいてくれるだけで、いいのだ」
縋るような寂しい声。
伸ばされた手は頬に触れ、そこから温もりが伝わる。
私はこの温かさを知っている気がした。
包まれるように体を巡る温もりは記憶を刺激するも思い出せない。
「陛下。コトネ様と、ついでに友愛殿の後見人のことも決めておきませんか」
「そうだな。コトネ様はレイチェスター家が快く引き受けてくれて、手続きも終わっている」
私の知らないところでサクサク物事が進んでいた。
正式にレイチェスター家の養女となりはしたけど、元の名前を捨てる必要はないと気遣ってくれている。
あくまでも身分が必要だったため、養子縁組をした。大切な私の名前を奪う権利など持ち合わせていない。
──権力が人を愚かにするわけではないのか。
公爵家ならもっと威張っててもいいはずなのに、悪い噂はなく誰からも慕われている。
ご息女である公女様は淑女として王妃様の次に憧れの存在。
友愛のこともレイチェスター家にねじ込もうとカイザー様が試みるも、当家だけはなく陛下からも却下された。
友愛は友愛で目で訴えかけてくる。
か弱く可憐で潤んだ瞳。
いつだって私は、その視線の意味を理解して望み通りに動いてあげた。
私のほうから視線を逸らすと僅かに顔を歪めた。
──友愛。貴女はこんなにもわかりやすかったのね。
一歩下がって見れば、友愛は感情のコントロールが下手。
癇癪を起こしたりするわけではないけど、思い通りにいかないと顔に出る。
今までは従順な手足となり動いてあげていたから決して見ることのなかった素顔。
私がいなくても周りの人が友愛のためなら何でもした。
それが当たり前ではないと気付けたのはこの世界に来たおかげ。
「そうだ!母上の実家なら」
「リミント侯爵もユア殿の後見人は拒否している」
「なら騎士団長!伯爵家で地位は劣るが、ないよりはマシだ」
──うーん、やっぱりバカだ。この人。
お願いする立場なのに上から目線すぎ。
友愛を養女に迎えることが得であり、名誉なことだと言わんばかり。
ここまで騒ぎの中心となっている友愛を家族にしたら、家門が滅ぶ未来しか待ち受けていないだろう。
ギリギリ滅びなかったとして、悪評だけが付きまとい下手をすればアーサー様は騎士団長の職を辞職しなければならない。
友愛を溺愛し、王子の身分を手放せるカイザー様とは訳が違う。
アーサー様の辞職は騎士団全体に波紋を呼ぶ。下手をすれば騎士全員が、辞職願を出すほどに。
「申し訳ございません殿下。しがない伯爵家ではユア殿が望む待遇は出来ませんので、お断りさせて頂きます」
うん。そうなるよね。
カイザー様の怖いところは、自分が提案すれば絶対に受け入れてもらえる謎の自信。
下手に出ていればアーサー様もこの場でお断りはしなかっただろうに。
一旦持ち帰り、正式に丁重にお断りしただろうけど。
カイザー様の難あり性格のせいだ。
「伯爵家でいいならクレナド伯爵にお願いしたらどうですか。殿下」
キースの声に感情はない。心なしか目も見下している気がする。
「なっ、ふ、ふざけるな!!あの男は」
「その男をコトネ様の婚約者に宛てがおうとしたではありませんか」
神殿にいるはずの神官長が、どうやって情報を集めているのか知りたい。
王宮にスパイでもいるのかな。
いつの時代もどこの世界も、情報はお金で買える。
神官長の場合は脅して聞き出してそうだけど。
もしもそうじゃないとしたら……うーん。あ、王宮に住む全員が友愛を聖女として認めてないため、私を聖女と認めてくれている派閥では情報共有がされているのかも。
クレナド伯爵というのは昨日、神官長が言っていたあくどい貴族かな?
カイザー様対キース&神官長。
この勝負、どっちが勝つかハッキリしている。
容赦のなくなったキースは言葉を鋭いナイフに変えて、斬りかかる。神官長は元からだけど。
陛下は口出しするつもりはなく、終わるのをじっと待つ。
伯爵とやらはスリムではあるけど頭が寂しい御歳五十歳。
周りからも良く思われていない、要は嫌われ貴族。
お金と権力に物を言わせて女性を買い漁っている。
──カイザー様と同じ人種。
伯爵は独身。多くの女性と関係を持っても道徳に反することはない。
それに娼館の女性をお店のルールに従って買っているだけ。
が、それだけで終わらないから悪い噂が流れた。
あろうことか伯爵は、平民の女性を連れ去り乱暴しただけでなく、気性が荒い性格でもあり暴力も振るっている。
調査を行ったのに証拠一つも見つけられないのは、調査を命じられた部隊を率いていたのがカイザー様だったから。
どういう気持ちで参加したのかは知らないけど、女好きの遊び人して伯爵の暴挙を放っておけなかったのだと思いたい。
それとも自らの支持率を上げるために率先して名乗りを上げたか。いや、脳内お花畑のカイザー様が自身の支持率の低さを把握しているわけがない。
カイザー様を操りたい周りの人達が本当のことを教えるはずもなく。
──カイザー様って、どこからどこまでが本気かわからないよね。
理由はどうでもいいとして。
調査に出向いたカイザー様は、それこそさっき言ってた「おこぼれ」を貰い、見逃していた可能性が高い。
貴族女性には手が出せなくても、平民なら口を割ることはないし最悪死んでもいいと考えている。
だからこそ人ならざる行動を簡単に取れてしまう。
神官長を侮辱したケダモノって言葉はカイザー様にこそ相応しい。
自分と同じく美しい女性に目がない伯爵なら、養女といえど友愛に手を出してくる。カイザー様は確信を持っているから顔を合わせることも避けてるはず。
「カイザー。何をそんなに焦っている?調査はお前を筆頭に行われた。何もなかった、所詮は噂。そう言ったのはお前自身だ。よもや、欺いたか?この私を」
鋭い眼光。
伯爵の噂が出始めたのはここ数週間前から。被害女性は少な……くはないけど、これ以上の被害を抑える方法として友愛を送ることを即決した。
陛下としても厄介払いしたかったんだろうね。
勉強したり、進んで労働をすれば良かったのに、毎日贅沢三昧。
婚約者であるカイザー様が友愛を止めるべきなのに、欲しいと強請られれば迷うことなく買い与える。
そのお金がカイザー様が稼いだ物なら誰も文句は言わない。でもね、国のお金なんだって。友愛が使いまくってるお金。
商人は友愛の愛らしさに割引してくれてるみたいだけど、それでも気が遠くなる金額を使っている。
欲しいと思った物は片っ端から買い漁っていた。
グランロッド国は裕福な国ではあるけど、お金は無限に湧き出る物ではない。使い続ければいずれ底を尽く。
カイザー様の表情は青ざめ引きつっている。
「違う」と言えば友愛は伯爵家の養女となり、恐らく王宮からも追い出される。
「そうだ」と言えばいくらカイザー様といえど、ただではすまない。
友愛が酷い目に合わされるかもしれないのに、見て見ぬふりするのは気分が悪いな。
「そうだ!なら王族に迎えましょう!どうせ俺と結婚したら王族になるんだ」
結婚して王族の一員になるのと養女として王族になるのは、意味が違うのでは?
養女になれば義妹になる。
血が繋がってないとはいえ結婚なんて出来ないと思うんだけど。戸籍上では兄妹になるわけだし。
一夫多妻制なんてある国だし、兄妹でも義理なら結婚OKなのかも。
「クラナド伯爵でいいではありませんか。いくら女遊びが激しいからといって、殿下の婚約者に手を出す不届き者がいるはずないではありませんよ」
言葉に悪意を感じるのは気のせいじゃない。
神官長は「その女に手を出すなんてバカげてる」そう言ったのだ。
オブラートに包んだおかけでカイザー様は言葉通りに受け取り、友愛は副音声を聞き取ったらしく悔しそうに奥歯を噛み締めている。
神官長ってわざと友愛に喧嘩売るようなこと言うよね。
その怒りが私に向けられるとわかっていながら。
今は守ってくれる人達がいるとはいえ、露骨に喧嘩を売らないで欲しいな。
何事も無難にやり過ごすのが一番。
「さてと。友愛殿の後見人も決まったことですし」
ゴリ押しにきた。
反対勢力がいなとこんなにもスムーズに事が運ぶ。
いくらカイザー様が頭をフル回転させてもこの決定は覆らない。
伯爵の噂が真実であると聞かされているであろう友愛は、どうにかこの場を切り抜けようと策を講じる。
贅沢が出来なくなるより、イケメンでもない歳相応の男性の寝室に呼ばれることに恐怖しているみたい。
後見人になってしまえばすぐにでも結婚しない限り屋敷からは出してもらえないだろう。
想像するだけでゾッとする。もうホラーだよ。
「あのー。友愛はこれまで通り、王宮で住まわせてあげてくれませんか」
恐れ多くも発言をすると意外、とでも言うように全員が目を丸くする。
「理由をお聞かせ願いますか」
「噂と言ってもクラナド伯爵には調査が入っているのですよね?火のないところに煙は立ちません。だからもし可能なら後見人をまともな人に変えてあげて下さい」
「おお。なんとお優しいことか」
「流石は聖女様」
逆恨みされたくなかっただけなのに、私の株が上がっていたたまれない。
友愛を助ける発言に友愛自身、驚きの中にも目を輝かせていた。
私はまだ奴隷のままだと。
勘違いしてくれているほうがこちらとしても都合が良い。
結局友愛はカイザー様を支持する下級貴族、シネン子爵が後見人となることでこの件は終わり。
ようやく帰れると安心していたら、神官長がとんでもない爆弾を放り込んだ。
「最後に。コトネ様の婚約のことですが」
瞬間。
シェイドとキースが目を見開いた。
この議題、というか問題は何度か取り上げていたのか陛下の眉がピクリと動いた。重鎮方もザワっとした。
ここからのことは友愛達には関係ないからと部屋から追い出そうとするも、出て行こうとはしない。
私の婚約者が誰になるのか気になる様子。
カイザー様も相手によっては見下す気満々。
残念ながら私に婚約を申し込んでくるのは一人だけ。
「コトネ様。是非とも私と」
──やめて神官長。隣の圧が怖い!
今にもキレてしまいそうな雰囲気。
私がお断りしたことも、シェイドに釘を刺されたことも忘れているのか、神官長は全くもって何も諦めていなかった。
何が神官長をここまで突き動かしているの!?
「私はコトネ様を愛していますので、何も問題はないかと」
追加で爆弾投げてきた。しかもさっきより特大。
大ダメージを受けて私のHPはゼロになる寸前。
にこやかな笑顔が憎らしい。私に恨みでもあるのだろうか。
全員の視線が私に注がれているからこそ、友愛の歪んだ顔を誰も見ることはない。
「陛下」
おお!キース。助け舟を出してくれるの!?
「コトネ様の婚約者に私も立候補したいのですが」
──……………………はい?
なんだろう。聞き間違い?
振り向けばキースはとても真剣で、冗談ではなかった。
私が神官長のアプローチに困っているから名乗り出てくれてるわけじゃない。
可愛さに釣られて友愛の周りにいた男の子達とは違う。
本気で誰かを想う、好きが溢れている。
──え、待っ……えっ!?
頭が混乱してきた。
つまりキースは私が好きってこと?
──なんで……?




