残飯処理
「あのー。キースさん」
「キースで構いません。私はコトネ様をお守りするのが役目。言うなれば従者です」
こんなイケメンを呼び捨てにするなんて世の女性に殺される。
イケメンの騎士団長ともなればファンクラブがありそう。
年齢も私と近そうだし、将来の有望株。
こういう真面目な人ほど、家では奥さんに激甘だったりするんだよね。
奥さんにしか見せない胃もたれしそうな甘々スマイルを想像すると私が照れてしまった。
メイドと違ってスタスタ歩いていくのではなく、歩幅を合わせて隣にいてくれる。
最初は後ろを歩いていたんだけど、喋るたびに振り向いていたからキースさんが気を遣ってくれた。
イケメンで優しくて出世……は、もうしてるか。モテない理由がない。
「キースさ……」
目の奥が光った。
せめて最後まで呼ばせて。
男の子を下の名前で呼んだことのない私からしたらハードル高いんだよね。
名字でさえ嫌がる人は多かった。
いじめられてる私と関わりを持ちたくなかったから遠ざけられていたのだろう。
友達なんていなくても親友の友愛がいてくれたから、心が腐らずに済んだ。
咳払いをして意味もなく喉の調子を整えて
「キース。さっきは私、変なこと言った?」
あの空気感に気付かないほど鈍感なつもりはない。
質問を受けたキース……は立ち止まった。釣られて私の足も止まる。
「コトネ様ではありません。問題があるのはカイザー様です」
「それは仕方ないですよ。友愛に一目惚れしたんですから」
「そうではなくて……」
キースはバツが悪そうに私から宙に視線を移した。
意を決したようにキースは
「コトネ様が召し上がっていたのは残された食事です」
──……………………ほう?
つまり私はこの一週間、残飯処理をしていたということか。
なるほど。あの空気の理由はそれか。
パンにカビみたいなのが生えていたのも本当はカビで、お皿に汚れが付いていたのも模様とかではなく本物の汚れ。
よく体調不良にならなかったな、私。
「ですが!!これからはそのようなことはありませんのでご心配なく」
キースが悪いわけではないのに責任を強く感じている。
それにしても、なかなか最低な仕打ちをしてくれるな。あの王子様は。
気に食わないことがあれば直接言いに来ればいいものを。
そこまで嫌われていたとは思わなかった。偶然にも一緒に召喚されただけなのに。
長い廊下を歩いていると向こうから友愛とカイザー様が歩いてきた。
カイザー様の腕にしがみついて楽しそうにお喋りしてる。もうあんなに親しくなってるとは。
イケメン王子相手なら友愛にもピッタリ。異世界召喚に選ばれるほど友愛は特別だったってこと。
普通の人が釣り合うわけがなかったんだ。
現世ではプロポーズする勇者はいなかった。友愛の隣に立ち、愛を育むには外見だけでなく中身も良く年収も大事になってくる。
社会人になるとお金持ちにアプローチされていたけど、私に良い人が見つかるまでは誰とも一緒になれないと断っていた。
その都度、相手から睨まれていたな。
結婚の邪魔をしやがってって。
私なんかのことは気にせず、気になる人がいたら結婚していいのに。私を待ってたら一生独身だよ。
「キース。何をしている」
一礼して通り過ぎようとしたキースに言葉を投げかけた。
名前を呼ばれなければ無視するつもりだったのか、キースは小さくため息をついて体の向きを変えた。
「コトネ様の護衛です」
敬意を払う様子もなく淡々としている。何なら睨みつけてる。
仲悪いのかな?
キースは真面目そうだし理由もなくカイザー様を嫌う理由なんて……あ、私かも。その理由。
「行きましょうコトネ様」
「う、うん」
聞かれたことに答えた以上、長居するつもりはないらしい。
さりげなく腰に手を回され前に進められる。
「待てキース!!お前は俺の騎士のはずだ!!」
そうなの!?じゃあ私なんかに付いてちゃダメじゃん。
いくら王様の命令だからって、守るべき人を間違えてる。
護衛をされる側の意見としては、守ってもらう理由がない。
所詮、私は召喚に巻き込まれただけ。気を遣ってもらえるような立場でもない。
騎士団長ならもっと他に付かなきゃいけない人がいる。
カイザー様が嫌……無理なら友愛とか。
いくら勝手に召喚されて、見初められたといえ、この国の女性からしたら面白くない。
よそ者が王妃になろうとしているのだから。正直なとこ、王子よりも騎士のほうが信頼性は高い。
「聞いているのか!キース!?」
肩に置かれた手を払いカイザー様に剣を向けた。
友愛は小さく悲鳴を上げた。
「お前がコトネ様にした仕打ち。許されると思うなよ。もしコトネ様を傷つけようものなら、私がお前を斬る」
いやいやいや!!斬っちゃダメでしょう!?
え!?だって彼、王子様なんだよね!?
剣を引かないところは本気ととれる。
この国の仕組みが全くわからない。
私の知識では騎士とは王族を守るのが第一の仕事。主君なわけ。その主君であるカイザー様に剣を向けるだけでなく殺害宣言。
王族に逆らった罪で処刑とかされないかな。大丈夫かな。
カイザー様も心做しかキースに怯えている。
「あ、あのキース。早く行こう?」
こんなとこで流血沙汰になったら友愛が倒れてしまう。
昔から争いごとは苦手で、ちょっとの血を見るだけでも気絶してしまうほどか弱いんだから。
「コトネ様が仰るなら」
嫌々ながらに剣を収めた。斬りたかったのかな。カイザー様のこと。
理由があれば何をしてもいいってわけじゃない。ましてや相手は時期王様でしょ。
ゴマをするのはいいけど、わざわざ対立して今ある地位を脅かすなんてバカだ。
もし本当に私のせいでキースがカイザー様を恨んでいるのだとしたら、真面目すぎるキースに同情する。
私なんかのせいで将来を棒に振るかもしれないんでしょ?
それは申し訳がなさすぎる。
「キース様!!心音ちゃんが迷惑をかけていませんか?」
「…………いいえ。むしろ迷惑をおかけし無礼を働いたのは我々です」
「だからねキース。私はそんなに気にしてないから」
全くと言ったら嘘になるけど、この身一つで追い出されなかっただけでも幸運だった。
異世界召喚なんてよくある展開としては、ヒロインだけが王宮に住み、引っ付いてきた邪魔者はお払い箱。
国外に捨てられるか、地下にでも幽閉され餓死するか。
友愛の優しさにより慈悲を与えられているのだから、文句を言わず大人しくあの部屋で過ごしていた。
食事の真実を知ってしまった以上、可能な限り改善して欲しい。
「ケジメはしっかりとつけさせて頂きます」
何をするつもりですか。
キースは「失礼」と言いながら私を抱き上げた。
──Why!!!??
何が起きてるの!?
こんなに重たい体を軽々と……。その腕が折れたらどうしよう。
ついこの間、計ったときは確か……。太ってたんだよな。
痩せたいと思いつつも食べてばかりだから増えるのは当然なんだけどね。
というかこれはどんな罰ゲーム!?
デブがイケメンにお姫様抱っこって……。
あぁ、ほら!友愛とカイザー様も言葉失ってるよ!よく見て!!
キースだけが正常なのか、スタスタと歩いていく。
友愛達が見えなくなると少しだけ冷静を取り戻せた。
「自分で歩けますけど」
「これから向かう場所が少し遠いので。コトネ様の負担を減らそうかと」
「いいですいいです!!歩きます!!」
私の従者じゃなかったの?全然無視されるんだけど。
友愛とロクに話せないまま、また会えなくなるのか。
キースにお願いしたら連れてってはくれるんだろうけど、カイザー様との仲をこれ以上悪くさせたくない。
人と全く出会わないな。もしかして私のために人がいない道を選んでくれているのだろうか。
少し遠いと言ったのは、遠回りをするという意味だったのかも。
目的地に着いたのかキースの足は止まった。
「キース?ここは?」
「厨房です」
ニッコリ笑ったキースは行儀の悪いことに足で扉を開けた。私を抱きかかえてたら自然とそうなるよね。手が使えないわけだし。
中にいた人達は突然のことに驚き、食器を落としたり包丁を持ったまま固まる人が続出。
キースはようやく降ろしてくれた。壊れ物でも扱うように、そっと優しく。
「料理長はどこだ!」
「は、はい!ここに!」
奥から出てきた感じのよさそうなふくよかな男性。それでも私よりは細い。彼ぐらいがギリギリ許される範囲なのか。
あれなら頑張れば私もいけるかも。ここの食事のおかけで食べる量は減り、体重だってきっと……多分……減ってたらいいな。
料理長はキースに睨まれ冷や汗をかきながら目を逸らす。
うんうん。わかるよ。
イケメンに睨まれると怖いよね。
しかも無言だと尚更。
突然、騎士団長が現れては自分を名指しされたら恐怖しか湧かない。
「コトネ様の食事は料理長が準備をしているそうだな?あれは一体どういうつもりだ?」
人を殺せてしまいそうな鋭い目付き。
料理長さんはキースの威圧感で小さくなる。他の人も膠着状態。
動いて物音をさせようものなら矛先が自分に向くかもしれないと緊張が走る。
誰も料理長を助けようと発言しないところは共感が持てる。
自分が一番可愛いのは世界が違っても同じ。友愛のように立場を失う覚悟で助けてくれる聖人は早々いない。
キースは料理長の胸ぐらを掴んで再度確認した。
「あの食事はどういうつもりだ。私の言葉が聞こえないのか?」
「そ、それは……」
助けてと視線を感じるも多分、私にはどうにもできない。
ごめんなさい。
心の中で手を合わせた。
「殿下が命じられたのです!!か、家畜の餌を用意しろと」
瞬間、キースは料理長を殴りつける。
掴まれていたおかげで吹っ飛ぶなんてなかったけど、たった一発で顔は腫れ上がり鼻血を出した。
気絶しないように加減していたとはいえ、相当な力が込められていたのは間違いない。
奥歯を噛みしめるその表情は怒っている。
あまりの痛みに涙が込み上げてきて、大人ということも忘れ料理長は泣き出した。
料理長を投げ捨てたキースは料理人の命とも呼べる包丁を全てへし折る。
真っ二つに折れた包丁を拾っては料理長は愕然としていた。
固いパンが餌であるわけもなく私を哀れんだのだろうか。せめて人が食べられるようにと。
おかげで顎と歯が鍛えられた。そろそろ限界には近かったけど。
「二度と王宮で働けると思うなよ」
「そんなキース様!!我々はカイザー様のご指示に従っただけです!!」
ようやく喋ったかと思えば職を失うことを恐れての言い訳。
誰かのせいにしたほうが楽だし、実際カイザー様から命令が出されたのであれば逆らえない。
自分達は被害者であると訴えるもキースは慈悲を見せることはなかった。
「食事を出す相手がコトネ様と知りながら、あのようなものを出したのだ。当然、覚悟は出来ているんだろう?国王陛下には私から報告しておく。行きましょうコトネ様」
さっきまでの怒りが嘘のように優しい笑顔が向けられる。