聖女お披露目
聖女のお披露目って……。
だって友愛は聖女じゃない。奇跡なんて起こせる訳がないのに。
周りに唆されたとは考えにくい。友愛はしたたかだ。どちらかと言えば唆すほう。
まさか私が友愛の奇跡の演出をシェイドに頼むとでも?
──うん、したよ。
何も知らない、天使のような友愛に心酔していたちょっと前の私なら喜んで友愛の影になっていたことだろう。
陽のあたる舞台に立てる人間は決まっているのだから。
でも、私はそこまで人間が出来ているわけではない。
これまで隣にいてくれた恩があっても、私への嫌がらせの首謀者が友愛なら恩返しはしなくていいはず。
ごめんね友愛。貴女のことは嫌いにはなっていないけど、私の心は広くなかった。
内通者でもいない限り、私が友愛の本性を知ったことなどわかるはずもなく、きっと今でも従順な奴隷だと思っている。
真っ白で華やかなドレスを身にまとった友愛が中央広場の中心に作られた壇上から姿を現した。
さっき庭園で会ったときと、服が変わっている。白は清純と清らかさを連想させた。
友愛の登場にあちこちから歓声が聞こえる。
熱気がすごい。アイドルのライブみたいだ。
ヴェールで顔は隠しているものの、可愛さやら何やらが溢れ出ているな。
今回は聖女のお披露目ということもあり、カイザー様は壇上には上がっていない。
腕を組んで誇らしげにしているところを見るに、友愛人気や支持を得るこの瞬間を邪魔したくなかったのだろう。
聖女ではない友愛はどんな奇跡を見せてくれるのか。
目が離せない。
「本物の聖女なら光の花を咲かせるのですが、彼女は何をするつもりですかね」
笑顔なのに目の奥が笑ってない。
盛大に失敗して大恥をかくことを期待している。
友愛歓迎ムードの中でそれを口にしないだけでも大人だ。
壇上に身なりがボロボロの男性が二人の兵士に連れられて来た。
男性は首を大きく振って辺りを確認する。
「本当にまた目が見えるようになるのですか、聖女様」
広場に集まった全員に聞こえる大袈裟な声量。
──ああ、ヤラセか。
聖女ではない友愛が起こせる奇跡には限界があり、仕組まなければ奇跡は起きない。
てか、提案した人も受け入れた友愛も、自身が聖女じゃないと認めたってことじゃないかな。
国民を騙してまでも聖女の肩書きが欲しいの?
片膝を付き、胸の前で手を組む祈りのポーズを取ると、特別なことが起きないまま男性は目が見えると大喜び。
感激のあまり大泣きしながら感謝を述べる男性の演技も中々。
嘘をつくことに慣れすぎていて涙を自在に操れる。
「是非とも聖女様のお顔を拝見させて下さい」
最初から顔を見せるより奇跡の後のほうがより印象が残る。この演出は友愛が考えたっぽいな。
より良く自分を見せる方法を熟知している。
ゆっくりとヴェールを外した友愛は美しく微笑んでいて、男女問わずこの場にいた全員が頬を赤らめた。
約一名を覗いては。
──神官長、冷めすぎ。
私でさえうっとりしたのに。
拍手と歓声で巻き起こる熱気に頭がクラクラしそう。
聖女お披露目は、言葉通り友愛を国民に紹介するだけの場であり、奇跡の演出はオマケでしかなかった。
だから誰も疑わない。
あの男性の目が本当に見えなかったのかなんて。
これだけ派手にパフォーマンスしてしまえば後には引けない。友愛達はそのことわかってやってるのかな。
「コトネ様。少々お待ち下さい」
あんなにも冷めた目をしていたのに、私には温かみのある目で笑顔を作る。
神官長が壇上に向かって歩き出すと、自然と人は左右に分かれて道が出来た。
イケメン神官長の登場に広場はザワつく。
「おお。神官長自ら聖女様にお声をかけるのか」
「カイザー様もだけど、神官長と並ぶと絵になるわね」
あちこちで好き勝手言われてるけど、耳に入ってない。大股で足早に進んでいく。
友愛は友愛で、神官長が自分の隣にいるのは当然だと言わんばかりに満足げな笑み。
私だけなんだろうか。
これから何が起こるのかと不安なのは。
壇上に上がった神官長は友愛に見向きもしない。
同じ異性に二度も無視される屈辱を味わうのは初めてだろう。
神官長は兵士から剣を借り、氷のような冷たい表情で、男性の足を深く斬りつけた。
──何してるのあの人!!?
神に仕える神官があろうことか人を傷つけるなんて!
男性の苦痛の悲鳴とは別に広場から戸惑いの声が上がる。目の前で大量に流れる血を見て、流石の友愛も演技ではなく本当に気分を悪くしている。
「さぁ聖女様。早く治して差し上げて下さい」
取って付けたような笑顔。
神官長は……怒っていた。
友愛が聖女を語ることも、友愛を聖女だと祭り上げるこの場にいる全員に。
よろけて倒れそうになる友愛を、駆け付けたカイザー様が受け止めた。
突然の出来事に神官長を睨むも、逆に冷ややかな目で有無を言わせない。
「どうしました?見えない目を治したのです。この程度の傷、簡単に治せるでしょう?」
鬼を通り越して悪魔だ。
あの傷では、治せなければこの先苦労する。
まるでそれさえ友愛に加担した罰だと、聞こえるのは気のせいであって欲しい。
「治癒は一日に一人だ」
震えてばかりの友愛の代わりにカイザー様が答えた。
「奇跡は頻繁に起きないからこそ奇跡なのだ」
「奇跡を何度も起こせるからこそ、奇跡と呼ぶのですよ」
どちらの言い分も間違ってはいない。正しいからこそ埒が明かない。
口が達者ならカイザー様はいいように操られたりはしないはず。あ、もう負けそうな雰囲気。
いくら頭がアレでも状況の理解が出来ない程ではないらしく、掴みかかる真似はしなかった。
なんか神官長って詐欺まがいの宗教教祖みたいだな。めちゃくちゃ顔は良いから女性信者多そう。
「ユアは聖女になったばかりで、力のコントロールがまだ不得手なだけだ!!」
「おや?雨を降らせたではありせんか。人間を治癒するよりも天候を操るほうが遥かに難しいのですよ、王子」
最後の「王子」がやたら挑発的に聞こえた。
ここで手を出してしまえば友愛はともかく、カイザー様の信頼は地に落ちる。
元から人気がないことを自覚してるかはともかく、言い負かされた上に感情的になって暴力に訴えるなんてカッコ悪い。
山よりも高いプライドを持つカイザー様が、友愛の目の前で愚行に走らないと踏んでの計画的挑発。
「これ以上は時間の無駄ですね。貴方方が彼女を聖女と呼ぶのは勝手ですが、我々神殿は認めていないことをお忘れなきよう」
冷酷無慈悲で残忍な神官長は私の前でのみ人間のように感情を取り戻す。
もしも私が人並みの日常を送っていれば、私を愛しているというあの言葉を信じて浮かれてしまう。
広場から立ち去るのは私と神官長だけ。他の人達は何が何だかわからず頭が混乱して動けなくなっている。
「いいんですか。神官長ともあろうお方があんなことをして」
「嘘をついた者に等しく罰を与えるのも神官の務めですから」
物は言いようだ。
神の名のもとに罪人に裁きを与えることも役割だと言われてしまえばそれまで。
男性が罪人かどうかは私達には判断しかねるけど、神官長が悪だと言えば悪なのか。
はは、怖っ。それはただの独裁じゃないかな。
バルク家が特殊な家門故に成立することであって、本来の神官がやっていいことではないはず。
神──官長に関する噂、絶対半分は当たってるよ。
人の性格ってこんなにも歪んでしまうものなのか。
住む世界や周りの環境のせいかもしれないけど、神官長そのものの性格のほうが可能性は高い。
「今日は楽しかったですか?」
「え?あ、はい」
「なら良かった。またいつでもお誘いしますので」
それはちょっと勘弁して欲しい。
こんなにも疲れるお出掛けは懲り懲り。
「え、えーっと……。時間があれば」
こうして、騒動はあったものの神官長とのお出掛けは幕を閉じた。
大勢の前で男性を治せなかった友愛に、聖女失格の烙印が押されることはなかったと聞く。




