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初デート

 外は存分に賑わっていた。子供からお年寄りまで大はしゃぎ。


 聖女が召喚され精霊王が再び加護を授けてくれたと。どこもかしこも慈悲深く可憐な友愛を持ち上げている。


 神官長を見ると、やれやれといった感じで肩をすくめた。


 こんなことをする犯人は一人だけ。利益とか、そんなのお構いなしに、自分のしていることが本気で正しいと思い込んでいる。


 絵に描いたような、もう理想的と言ってもいいバカ。


「コトネ様。声に出ています」

「ご、ごめんなさい」


 カイザー様はこの国の王子で敬わなければならないのはわかっている。


 わかってはいるんだけど……。


 友愛の言葉を疑うことなく信じ込み、非道な行いを命令するカイザー様への尊敬など皆無。


 少なくとも本人のいないときにまで持ち上げてあげるつもりはない。


 この国に来てから心の狭さを痛感する今日この頃。


「謝らなくていいんですよ。実際、国民も思っていることですから。この騒ぎも、殿下がマシになりますようにと切実な思いも込められているんですよ」


 聖女を召喚したカイザー様の株は急上昇。あとは本人が改心するのみ。


 国民がカイザー様を嫌う理由はその性格にある。


 神官長から聞いた話ではカイザー様はクズ代表ランキングぶっちぎり。


 驚くことに第一王子の立場を利用して女性に無理やり迫っていた。誘いを断れば不敬罪に問われるか、ありもしない冤罪で裁かれる。


 一夜とはいえ我慢すれば平和な日常が続く。


 苦労なんて一言では表せないほどこの国の女性は疲れ怯えきっていた。


 だからこそ。公女様との婚約が破棄された翌日から国民の心は一つになった。


 なぜあんな男を野放しにしてしまったのかと。


 頭ではわかっていた。公女様がリードを引っ張ってくれてる一時の間だけでも、心にゆとりはあった。


 だから本来なら責め立てるべきではないし、むしろ苦労を労うべき。


「コトネ様。何か食べたいものはありますか」

「いえ。私は見てるだけで」

「遠慮しなくていいんですよ。それともこちらの食べ物はお口に合いませんか?」

「そうじゃなくて。その…」


 ダイエットしてるからとは言えなかった。


 王宮で食べていた固いパンでさえ美味しい。ちゃんと調理された物はもっと美味しいのだろう。


 匂いにつられてお腹が鳴りそうなのを我慢するのは辛い。


「困りましたね。一人では食べきれないですし、誰かに手伝ってもらわなければ」


 いつの間に買ったんだろう。


 大量の食べ物はどれも二つずつあって、神官長の求める誰かは私。


「お言葉に甘えていただきます」

「向こうに座りましょうか」


 広場に設置された飲食スペース。


 隣合って座り黙々と食べる。


 行き交う人はみんな、神官長に興味がないのか、こちらを気にする様子もない。


 こんなイケメンなのに。


 私の世界なら取り囲まれ、身動き一つ取れないんだろうな。


 あ、そうか。神官長はイケメンではあるけど、性格に難があるんだった。


 だから近寄り難い存在なんだ。


 残念なイケメンって言葉が似合う。


 本当は似合っちゃいけないんだけどね!


「コトネ様」

「はい?」


 神官長は穏やかな笑みを浮かべたまま何も言わない。


 無言で見つめ合ってると照れる。


 何?何なの!?


 耐えきれなくなって私のほうから顔を逸らした。


 イケメンの考えることってよくわからない。


「コトネ様は今、心に決めた人、あるいは気になる方はいますか」

「いえ……全然」


 キースは良い人。だけど、それだけ。


 カッコ良くて真面目で正義感も強くて、物事を公平に見ることも出来る。


 非の打ち所がなさすぎて、欠点がないのが欠点と言ってもいいほど理想な男性。


 そんな素敵すぎる人に私が恋心を抱くなんて、おこがましすぎる。


 身の程は弁えているつもりだ。


 シェイドは……そもそも人間じゃないしな。


 なぜか私のことを愛し子と言ってるだけで、何も教えてはくれない。


 イケメンには違いないんだけどね!


 私のためだけに力を使ってくれるのは嬉しい。


 私がシェイドを好きだと言ったらそれは、ぐうたら生活を満喫したいがための力目当てにしかならない。


 もし仮に好きになるのだとしたら、ちゃんとした想いで好きになりたいんだ。


「では私と婚約致しましょう」

「は……?」


 時が止まったかのような感覚。


 さっきまであんなに賑やかだったのに、シンと静まり返る。


 実際に人はいるんだよ。


 静かになったのは私の気のせい。


 神官長の冗談はレベルが高すぎて理解して笑うまでに時間がかかった。


「あはは。もう何言ってるんですか」

「私は本気ですよ」


 笑って流せる雰囲気じゃなくなった。


 神官長が何を言っているのか、よくわからなくなってきた。


「で、でも。神官って結婚出来ないんですよね?」

「普通はそうですね。ただ、バルク家は主である神より許可は得ています」


 あ、そうか。精霊樹のある地下に入れるのはその血筋のみ。


 子孫を残さないと精霊樹の管理をする人がいなくなる。


 許可をしているのが神様ではなくシェイドだったのかもしれないけど、神様を信仰する神官としては神様のほうが良いのだろう。


 今まではバルク家と縁があり、シェイドと神様を信仰する家門との間に子供を成していたらしい。


「ん?あの、それって結婚しなくてよくないですか?」


 要は子供がいればいいんだよね。


 言い方は悪いんだけど、目的は結婚ではなく子供を作ること。割り切った大人の関係で充分なのでは?


 神官長は目を細めて微笑んだ。


 青みがかった緑の瞳があまりにも綺麗で、思わず息を飲んだ。


「結婚するのは人間ではなく神なのですよ。コトネ様」

「えっと……?」

「結婚相手は穢れを知らぬ乙女であり、一年間、神聖の間で神に祈りを捧げます。条件をクリアした者は神の従僕となることが認められ、地上に降りられない神の代わりに、我々バルク家の血を引く者と生涯を共に出来るのです」

「神聖の間からは出られないのですか?」

「身を清めるときとご不浄に行かれるときは出られます。食事は一日に一度と決められています」

「それを貴族令嬢がするのですか?一年間ずっと?」


 かなり過酷すぎない?


 神聖の間では一日中ずっと祈り続ける。夜の十二時から朝の五時までが睡眠時間らしいけど、神官と結婚するためにわざわざそんな苦労を買ってでる令嬢がいるのか。

 バルク家との結婚は任意であり娘に強制はされない。にも関わらず現代まで、血が途絶えなかったのは、そういうことだ。


 きっとその数ある貴族の中から選ばれたことにより強い使命感を持っている。


 だから一夫多妻制や一妻多夫制があるのか。流石に妻一人で子供を何人も産むなんて負担だし。


 制度にはそれなりの理由があるわけだ。でも、そうか。理由がなければ作るわけがない。


 私は全力で、土下座してでもお断りしたいけど。


「ですので私とコトネ様の結婚には何の問題もございません」


 人当たりの良い爽やかな笑顔。


 私、了承してないよね?


 神官長と結婚するなんて言ってないよね?


 なんでちょっと、決定した雰囲気出してるの。


「無理ですから!!一年もそんな……絶対挫折します!!」

「コトネ様は聖女なので、神聖の間で祈る必要はありませんよ?」


 笑顔なのに、強制されている気分。


 あと私、聖女じゃない。


 叫んで否定したいけど、そんなこと出来るわけがない。国民にとって聖女は友愛。


 王宮で散々見下されてきた体型の私が突然「聖女じゃない」と口にしたらどうなることか。


 頭のおかしな人と認識されるだけならまだしも、聖女の名を語る不届き者になったら一巻の終わり。


 この人絶対わざとだ。


 私が言い返せないことをわかってる。


「私では不服ですか?」

「そうではないですけど」


 キラキライケメンが私に求婚なんて、常識的に考えてありえない。


 だからこそ浮かれたり、舞い上がることもなく冷静でいられる。


 会って間もないだけでなく、お互いのことをほぼ何も知らないのに、婚約するなんて。


 政略結婚が主な貴族の間では普通なのかも。


「私に関する噂が理由で悩ませているのでしたら、あれは嘘なので信じないでもらえると助かります」


 生きたまま人を焼くってやつだよね?


 他の噂のことを言っているのだとしても、私は知らない。


 友愛なら噂のことも自らの境遇も気にせず、迷うことなく受け入れるのだろう。


 私はそこまで神経が図太くない。


 何なら今の状況、ドッキリじゃないかと疑っている。


「まぁ、嫌いな人間には容赦しませんが」


 噂、半分は当たってない?


 だって笑顔なのに声のトーンは本気だった。


「神官長」

「ミハイルとお呼び下さい。コトネ様」


 心の距離を一気に縮めようとしてくる。


 お断りしても挫けることなく、お願いという名の脅迫が続きそうだ。


「ミハイル様が特殊なことはよくわかりました。ですが私は、ミハイル様との結婚は致しません」

「なぜでしょう?」


 その疑問には答えたくない。


 しばらく黙っていると、どうしても答えが欲しいのか再度聞かれる。


「わ、私は……愛のない結婚は嫌なんです」


 両親はとても夫婦仲が良く、誰もが羨むほどだった。


 もちろん私のこともいっぱい愛してくれた。


 だからなのかもしれない。自分が結婚するときは両親のように、お互いを尊重し合い、しわくちゃのおじいちゃんおばあちゃんになっても手を繋いで歩けるような、そんな夫婦に憧れている。


 私が好きな人が、私を好きになってくれるなんて夢のまた夢。限りなくゼロに近く不可能かもしれないけど、ゼロじゃないなら縋りたい。


 理想なんてものは私なんかが夢見ていいことではなく、口にしたら最後、いい笑い者になるため誰かに言ったのはこれが初めて。


 私なんかが愛されて結婚したいなんて、夢を見るにも程がある。


 神官長は喋らなくなった。そういう反応が嫌だから黙っていたのに。


 愛されることを望んでいいのは、人生勝ち組だけ。


 私は負け組どころか、勝負のステージにも上がれない。


「私はコトネ様を愛しておりますので、条件はクリアしているはずですが」


 やっと口を開いた神官長は真面目な顔とトーンで、そんなことを言った。


「はい……?」


 私は今、人に向けてはいけない顔をしているだろう。


「本当ですよ」


 ──絶対嘘だ。


 涼しい顔で愛を語る人は信用ならない。


 元々、そういう顔だとしたらかなり失礼だけど、神官長がそういう顔でないことを私は知っている。


 爽やかさに胡散臭さしか感じない。


 神官長が私を好きなのはシェイドの加護を受けているからだ。バルク家は精霊樹を守る一族でもあり、シェイドと何かと縁がある。


 惹かれているのはシェイドのオーラ的なもので私にではない。


 そうに決まっている。


「いきなり信じろというのは無理な話でしたね。ですが、婚約はしておいたほうがコトネ様の身を守ることにも繋がります」


 神殿が私を聖女と認めようが、国民の半数以上は友愛が聖女だと認識している。


 いくら公式な文書で訂正しようとも信じる者はおらず、私と友愛、どちらが聖女であるか、新しい派閥まで出来た。


 数でこそ友愛が圧倒しているものの、私のほうは神官長を始めとして、陛下や王妃様、国の重鎮方、貴族の中でもかなり力のある家門が属している。


 どちらの派閥にも属さない第三者からしたら、どちらが本物か悩むまでもなく答えが出そう。


 聖女の肩書きなんて友愛に譲るから、とにかく私は目立ちたくないのだ。


 神官長曰く、私も一応は聖女友愛と共に召喚されたため、もしかしたら聖女の力のおこぼれがあるかもしれないからと、悪い噂の耐えない貴族に嫁がせようと計画が持ち上がっているらしい。


 だからこそ力のある貴族と婚約して身を守らなければならないとか。


 神官長の言い分は理解した。で、なぜ神官長が第一候補なのか。


 実際、バルク家がどれだけ力を持っているかはわからないけど、私に宛てがわれる貴族よりかは身分も力も上なのだろう。


「婚約云々はキース様からもお話があると思いますので。まぁ、この話はまた今度にしましょう。私の独断で話を進めるとキース様の怒りを買ってしまう」


 ──キースの怒り?


 仮に私と神官長が婚約したとして、どうしてキースが怒るの。


 護衛騎士として私の日常や行動を把握していないといけないのだろうか。


 イタズラっぽく笑った神官長は、ゴミをゴミ箱に分別して捨てて、手を拭く濡れタオルを貰ってきてくれた。


 気遣いというか気配りというか。完璧だな。


「行きましょうか。コトネ様」


 差し出された手をしばらく見つめていると、その意味に気付いてすぐに手を重ねた。


 友愛はよく同じことをされていたから違和感ないけど、私相手だとしっくりこない。


 神官長の手を借りて立ち上がり、そのまま歩きだそうとするから反射的に手を離した。


「私とでは嫌でしたか?」

「だって他の人に見られたら色々と誤解が……」

「私はそれでも構いませんよ。それに、見られる人なんて、ほら。どこにもいない」


 さっきまであんなにいたのに、屋台の店主もいなくなっていた。


 そういえば神官長と話してるときから、みんなが同じ方向に歩いて行ったような。


「早くしないと始まってしまいますよ。我々も急ぎましょう」


 消えた人々がどこにいるのかわかっているようだ。


「どこに行くんですか」

「聖女のお披露目です」

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