見る目のある人
クール。知的。冷徹。
そんな言葉が似合う女性に私は今、見下ろされている。
頭のてっぺんから足の指まで品定めをされている気分。
他者を寄せ付けない圧倒的存在感。息をするのも忘れ見惚れてしまう。
──絶対、このお茶会の主催者だ。
開いた口が塞がらないとはこのこと。
美しい人は何人も見てきた。誰もが憧れるような女性は世界中にいた。
その中でも群を抜いている。
王妃様も美しい人ではあるけど、また違った美しさ。
私だってジャージを選んだことは後悔してるけど、予定外の場所でお茶飲んでるこの人達にも非はある。
庭園にはいないって聞いていたから私は花を見に来ただけ。
人がいるとわかっていればドレスを選ぶが、そもそも来るという選択を取らなかった。
すっかり涙も止まったことだし早くここから去ろう。
貴族や淑女のマナーなんて知らないから頭を下げた。
「所作に美しさがありませんわね」
「あのような醜い家畜に作法を教えたがる人はいませんわ」
陰口のように声を抑えてはいるけど、私に聞こえるように言ってくる辺り、性格の悪さが滲み出ている。
我慢よ我慢。
ここで反発したら私を認めてくれた人全員に迷惑がかかる。
私一人が我慢して平和になるのなら耐えてみせる。
「レイチェスター公女もそう思いません?」
その名前!キースから聞いたことがある。
カイザー様の元婚約者。この国で一番の淑女。
なるほど。女好きのカイザー様がお気に召すほどの美女だ。
となると彼女達は公女様の取り巻き。
「私が醜いと言ったのは貴女達にです」
閉じた扇子をテーブルに置いて公女様は私に顔を上げるよう言った。
一番地位がある人には従っておいたほうがいいに決まっている。
顔を上げた瞬間、叩かれることはないと信じたい。
顔色を伺いながら恐る恐る顔を上げる。
申し訳なさそうな表情を浮かべながら、今度は公女様が私に深く頭を下げた。
令嬢達は状況を理解出来ずに慌てふためく。
私は……頭が混乱中。
何これ、どういうこと?
誰かこの状況を説明して。
「もしユア様が聖女だとしたら、親友の悪口を言いふらしたりしません」
友愛のことだ。
悪口と取れる直接的な言い方はせず、回りくどく遠回しな表現をしたに違いない。
そして公女様だけが友愛の小さな悪巧みに気が付いた。
「そんなこともわからず本物の聖女様を貶すなど……!!」
声に怒りが含まれている。
言葉の真偽を確かめることなく鵜呑みにした令嬢達に失望を表す。
貴族の中でも最上位に位置する公女様に見放されたら、取り巻きである彼女達は立場を失う。
そんなことになれば私が逆恨みをされそうで怖い。
「公女様。私は気にしてないので。それに聖女といっても名ばかりなので」
「寛大なお心。感謝致します」
恨まれたくない下心だとは、わざわざ言う必要はない。
事がひと段落するとキースの私を呼ぶ声が聞こえた。ここにいると叫ぶとすぐに駆け付けてくれる。
キースの登場に令嬢達は頬を赤く染めてうっとり。
──おお、やっぱりキースはモテるんだ。
私の目が赤いことに気が付いたキースは騎士道に反して令嬢達を睨み付ける。
イケメンが凄むとドキッとする反面、怖さも倍増。
女性に対して如何なるときも紳士に振舞っていたキースの態度に令嬢達は小さくなった。
大勢で私を攻撃したと認識している。
公女様は私を庇ってくれたのだと説明する前に、公女様が口を開いた。
「キース様にお聞きします。聖女様はお二人のうち、どちらですか」
「コトネ様です」
即答。
そんな質問をする時点で少なくとも公女様が敵でないとわかってくれた。
友愛の嘘が明らかになったのに公女様以外、友愛を必死に庇う。
いくら鈍感な私でもこれはさすがに気付くよ。
何かがおかしい。
そういえば友愛って何をしても許される子だった。怒られたことなんて一度もない。
あれは好かれているからだと思っていたけど異常すぎる。
神官長の兄にしてもそうだ。
取り調べでは全ての非は自分にある。嫌がる友愛に聖女の印を付けたと自供した。
それを友愛大好きカイザー様が黙って見てるわけもない。
そこを追求したらなんと、カイザー様の目を盗んで友愛の部屋に忍び込んだと。
無理だよね?絶対。
だって友愛とカイザー様は同室なのだから。四六時中一緒にいるのに、どうやって忍び込んだのかな。
その方法だけは口を噤んでいた。
三人は共犯のはず。それなのに一体なぜ……?
──まさか友愛が言ったから?神官に無理やりされたと。
自分の命がかかってるあの場面で一人で責任を背負うリスクはない。カイザー様の名前でも出せばお咎めはなかったかも。
むしろ、そこまで好いているのなら道ずれにしようと友愛の名前が出てもおかしくはない。
友愛には何かがある。
正体不明の黒いモヤに体を縛られている気分。
神官の自白があるため、友愛とカイザー様への追求は不可能、というよりはする必要がなくなったため疑惑を残しつつも、二人は無罪となり暴走した神官の被害者となった。
「コトネ様。本日は大変申し訳ありませんでした。次回開く私のお茶会には、是非とも参加して頂けませんか」
何を言っているのか。意味がわからない。
こんな訳のわからない恰好をした私なんかをお茶会に誘ってくれるなんて、きっと良い人なんだろうけども。
断りたいけど誘いを断れば、公女様に不名誉な噂が流れるかも。
困ってキースを見ると、私の代わりに答えてくれた。
「申し訳ございません。コトネ様は」
「そうだ!今からいらして欲しいですわ」
「あの……。レイチェスター公女」
「コトネ様のお口に合うかはわかりませんがお菓子も用意しております」
「ですから……」
キースが押し負けてる。
頑張れキース!私の命運は貴方にかかってる。
立場で言えばキースのほうが上。負けないで。
あれ?なんか……負けてない?
二分と持たず公女様が勝者となった。
そうか。紳士なキースは女性相手に強くいけない。まして私を助けてくれた人なら尚更。
「では聖女様。参りましょう」
「お待ち下さいミラさん。私もご一緒します」
立ち上がり微笑んだ友愛に、令嬢達はうっとりしている。
「結構です。私はコトネ様だけをお呼びしたのです」
友愛の申し出を断れる人が神官長以外にもいたなんて。
「公女様!お気持ちは大変嬉しいのですが私では分不相応。心苦しいですがお断りさせて頂きます」
「分不相応?なぜですか?貴女は聖女様です」
──ちょっとキースさん?これどうしたらいい?
肝心のキースには顔を背けられる始末。キースに見捨てられたら私にはどうすることも出来ないのでは。
さっきまでのお淑やかなキャラどこいったの。強引なのが本当の公女様だったりする?




