結果
「さて……」
人目もはばからずピンク展開に入る前に神官長の咳払いで現実に引き戻された。
ありがとうございます神官長。貴方も私の恩人です。
「コトネ様が聖女だからといって、我々はそれを強要するつもりはありません」
「当たり前だ。これだけは言っておくぞ。心音を聖女だと祭り上げ騒ぐことは許さん」
「嫌なのですか。コトネ様?」
強要するつもりはなくても、祭り上げるつもりではあったのか。
「嫌……と言うか。私は柄じゃないし。やっぱり聖女って綺麗な人をイメージしてると思うから」
「コトネ様はとてもお美しいですが」
「そういうお世辞はいいので」
「本当のことなんですけどね」
中途半端に背が低いから丸みを強調している。せめてあと十センチあればマシだったかも。
成長期に必ず背が伸びるわけでもない。
一日三杯の牛乳と早寝を心がけていたけど、それだけで人が成長するならみんながみんな、高身長だらけになってしまう。
シェイドは私の代わりに、私が思っていたことを条件とし交渉を終えた。
聖女の祈り(シェイドの力)は頼まれたらすぐに使う。その変わり国民には言いふらさない。
問題を解決する度に私のおかげだと盛り上がられるのはちょっと。
実際に救ってくれるのはシェイドなわけだし。
シェイドに感謝するなら全然いいと思う。
本人は良い顔しなかったけど。
助ける度に感謝と共に盛大に祝われるのは疲れるよね。
次に、これまで通り私はあの離れで暮らす。
贅沢な暮らしは性にあわない。
広すぎる部屋も多すぎる人の数も。
離れの意味を知っている陛下は僅かに眉を上げた。神官長もどこか不満げ。
王宮じゃなくていい。せめて離宮で暮らして欲しいと切実な願いが飛んでくるけど、私は離れ暮らしがいいのだ。
それだけは何がなんでも譲れない。
この二つを守ってさえくれるのなら土下座してでもシェイドに力を借り続ける。
「コトネ様のお気持ちはよくわかりました。我々一同、そのお約束を守ると誓います」
神官長に続いて他の神官までもが頭を下げる。
わざわざ誓約書まで書いてくれた。
内容は至ってシンプル。
万が一にも破った者がいれば、死刑か追放刑。
──罰が重い!!
その二択なの!?
もっと軽めの罰にしてあげてよ。
食事を抜くとか、謹慎とか。
しかも追放刑の下に小さな文字で、爵位を返却したのち、その身一つで放り出すと付け加えられている。
やり口が詐欺なんだけど。
神殿を代表して神官長がサインをする。本人のサインであることはここにいる全員が証人なのに、まだ足りないのか血判まで押した。
本人がそれで満足そうなら私はもう何も言わない。
次は陛下だと言わんばかりに、誓約書を持っていく。
国民を代表しての陛下のサイン。を、する前に不備がないか隅々までチェックする。
やたら文字が小さい部分には敢えて触れず、でも、神官長と誓約書を気付かれないように交互に何度見かしていた。
米粒より小さな文字でもなければ顕微鏡を使わないと読めない小ささでもなく、目を凝らせばきちんと読めるように表記されていた。
ただこれは確実に悪意を持って作成されている。
陛下のサインがあるから簡単に破棄も出来ない。
一国の王の名前がそんなに軽いわけもなく、この場にいる誰もが紙の上で交わされた契約の重さを理解している。たった一人の王子を除いて。
命がけの約束なんてしたくなかった。
しかもその誓約書、目を通したのは作成した神官長とサインを陛下。当事者である私のみ。
他の人は二択の罰があることしか知らない。
ま、まぁ陛下ならきっと家臣に詳細を語るはず。神官長は……黙ってると思う。これを機に神殿から不穏分子を一掃しそう。
「今後、心音に用がある者はそこの下僕を通せ」
その下僕ってキースのことじゃないよね。
キースも反応しないで!
「特にその心音を睨みつけてる女は絶対に近づけるな」
天使とも呼ばれていた友愛が鬼の形相。
指摘され誰かに見られる前に泣きの表情を作れる早業と演技力に心の中で拍手を送る。
友愛は女優になるべきだった。
世間に注目され光り輝くスターへの階段を登ればよかったのに。レッドカーペットも夢じゃない。
「違うんですミハイル様。私は騙すようなこんなやり方、嫌だと言ったのにそこの神官様が無理やり」
「ユア殿。私がいつ名を呼ぶことを許可しましたか?神官長とお呼びするようお伝えしたはずですが」
独り身ならともかく婚約者のいる女性が男性の名前を呼ぶのは好ましくない。相手の男性から許しを得たなら好きなだけ呼んでいい。
そうでもしないと浮気や不倫と疑われてしまい、女性の立場が危うくなる。
特に友愛はカイザー様の婚約者。発言や行動は充分に慎まなくてはならない。
「でも、この国には一妻多夫の制度があると聞きました」
「それは貴女に価値がある場合のみです。それとも殿下だけでは物足りませんか?」
容赦なく責め立てる。
話が繋がってないことに不機嫌になった。
名前を呼ぶなと言った瞬間に謝罪ではなく、あまり使われていない制度を口に出すなんて。
イケメンに囲まれて優雅なお城暮らしを計画していたみたい。
カイザー様本人を前に「そうです」なんて認められず神官長のキツい物言いに泣き出した。
「とはいえ。この神官がユア殿を偽の聖女に仕立て上げようとしたのは許し難い事実。罰する必要がありますね」
目配せ一つで神官長の思惑を読み取り、神官は連行された。
「もう一度聞きます。貴女は本当に共犯ではないのですね?」
「はい。……グス。心音ちゃんが聖女だとわかりきっているのに陥れるような真似はしません」
「その言葉を信じましょう。ですがもし、のちに嘘だと判明した場合、重たい罰が科せられますので」
嘘だと見抜いてるはずなのに。一回目は見逃すってこと?
慈悲深い神の使いに相応しい判決。
「お兄さんはどうするんですか」
「処刑します。当然です。偽物の聖女をでっち上げ人々を混乱させたのです。神は絶対に許しません」
神官は国民ではあるものの管轄が神殿なら決定権は陛下ではなく神官長。
派閥はあるにせよ実質この国は権力を持っているのは王室と神殿。
権力争いはしない。互いに干渉もしない。
それこそが長きにわたり国の平和を築いてきた秘訣。
──要は王様が二人いるって思っておけばいいわけか。
神官長は流れている自身の噂に乗っ取り、生きたまま火炙りに処すと断言。
血の通わない機械のように真顔だったらどれだけ良かったか。
思わずときめいてしまいそうな眩しい笑顔で宣言した神官長は狂気。
それは友愛への警告。そして見せしめ。
慈悲なんてなかった。
神官長はバルク家の名に恥じないよう務めを果たしているだけ。




