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二人の聖女

 精霊樹とは?


 名前だけは聞いたことがある。ゲームとか漫画とか、たまに出てくる。


 具体的にどんな物なのかはよくわからない。


 精霊と名の付く樹だしシェイドと関係しているのかも。


 考えてると頭の中でシェイドの声がした。


 こっちの会話筒抜けなんだ。せめてプライバシーは守ってもわらないと。


 今回は危険が伴うかもしれないからだと言い訳が聞こえてくる。


 私を心配してのことなら、目を瞑ろう。この一度だけは。


 ──ふーん。なるほどね。それが精霊樹。


 精霊を生む樹。自然の魔力が作り出したもので人間で言うところの母親みたいなものか。


「つまりシェイドが存在するための御神体ってことかな」

「その通りでございます」

「え?え…!?声に出てた!?」

「待て神官長!精霊樹なるものがあるなど知らなんぞ!!」

「はい。そのことは口外しておりませんので」


 王子相手に背筋が凍るほど冷たい声。カイザー様も聞き間違いではないかと耳を疑った。


 いくら神官長といえど一国の王子に対するものではない。


 気が短く心の狭いカイザー様なら絶対に怒鳴り散らす。


 私が本気で心配しているのにシェイドは笑いを堪えるのに必死。そんなに面白いこと言ってないけどね!!


 理不尽に罰せられる前に神官長様は精霊樹について詳しく説明をしてくれた。


 バルク家は代々、神殿に務め精霊樹を守ってきた由緒正しき家門。


 公にされない理由は精霊樹そのものが巨大な魔力を持ち、万が一にも悪用されないため。

 精霊樹が守られる地下にはバルク家の血が必要となり、秘密が世に出ることは一度もなかった。


 それ普通にすごいよ。神官長もそうだけどバルク家の先祖は皆、使命感だけで重大な責任を背負い続けてたとか。


 秘密の大きさに潰れてしまいそうな重圧だってあったはずなのに。


 それを今、しかもカイザー様に明かしていいのかは別。


 言いふらされるよ。神殿は精霊樹を隠していたとか何とか。


 精霊王の加護を自分達の物にする反逆者とも言いそう。


 そんなことをしたら完全に神殿を敵に回すことになるけど、自身のプライド第一のカイザー様は後先考えることなく目先の行動を優先する。


 私の目に映る神官長は噂のような非道性なんて持ち合わせてなく職務を全うする良い人。


「コトネ様はご自分が聖女だと思われますか?」

「まさか!!」


 食い気味に否定してしまった。


 神官長は驚きのあまり目を丸くする。それがちょっとだけ可愛い。


 すぐに表情を作り直して率直な疑問をぶつけられた。


「なぜですか?」

「それは……」


 シェイドの力をフル活用してぐうたら生活を満喫してるからです。とは口が裂けても言えない。


 神官長は私と初めて会うからただ太ってるだけに思うかもしれないけど、ダイエットしてる割に顔は丸くお肉タプタプ。こんなにも成果が見受けられないのに付き合ってくれてるキースに申し訳ない。


 私のダイエットのはずなのにキースの体が仕上がってるようにも感じる。


「聞くまでもないだろう。そんな豚が聖女ならこの国は終わりだぞ」


 顎を突き出した状態で見下すカイザー様は私を嘲笑う。


「カイザー様。いい加減にしろ」

「キ、キース!?」


 いつの間にか私の傍を離れていてキースが、カイザー様の喉元に容赦なく剣先を突きつけた。一歩踏み出すだけで取り返しのつかないことになる。


「コトネ様に謝れ」

「事実を述べて何が悪い!?」


 反発が強まれば剣はカイザー様を貫こうとする。


 私が止めても聞く耳を持たない。神官長に至っては目の前で起きていることが見えているかと問いたいぐらい無反応。


 ──冷静……ううん。一欠片の興味もない。


 ここにはカイザー様を守る兵士もキースを止められる陛下もいない。


 いるのは溺愛される聖女(友愛)と見下される聖女()。数人の王族派。そして中立の神殿の使い。


 これは友愛を聖女と認めさせるための集まりなのか。


 それなら私の知らない所でやって欲しかった。


 巻き込まないでよ。


「殿下。今すぐに謝罪を」


 私は謝罪して欲しとは思わないけど、人間、優しく言ってくれてる内に素直に聞いたほうがいい。


 殺されそうなのが傀儡王子。殺そうとするのは人望の厚い元王子。


 裁判になってもキースが優勢。


 そういうときのために、良い人間関係は築いておくべきだ。


「これが最後だ。コトネ様への無礼を謝罪しろ」

「俺はこの国の王となるべき存在だ。こんなことしてただで済むと思うなよ」

「黙れ」


 更に力が入る。


 脅しではなく本気。


 大量の汗を書きながら自分の置かれている状況を理解しているにも関わらず


「何をしているこのグズ共が!!さっさとキースを止めろ!!」


 ──頭の中はお花畑なのかな?


 一瞬、どうにでもなれなんて投げやりになってしまったけど殺しはよくないな。どんな理由があれ正当化出来ない。それが私のせいなら尚更。


 王族派なんて呼ばれていても騎士でもなければ兵士でもない。ただの貴族。


 公の場で罵倒され怒りをあらわにするも、すぐに取り繕う。


 内心ではカイザー様を快く思っていないのが丸わかり。それでも支持するのは贅沢な暮らしと、多くの欲望を満たすためにお金を都合してくれる考えなしが必要だから。


 剣を持つキースに勇敢にも立ち向かう無謀な者はいるはずもなく。


 誰にもこの状況を打開する術はない。


 別にカイザー様を助けるわけじゃない。私のせいでキースの手を血で汚したくないだけ。


 キースの服をちょいちょいと引っ張った。


 驚きながらも、時間差で顔を赤くした。


 私はその反応をよく知っている。見ていたから。ずっと隣で。


 友愛が微笑むだけで、名前を呼ぶだけで、よく男の子達は耳まで真っ赤にしていたものだ。


 で、なぜにキースは彼らと同じ反応を?


 わからない。


 あ、もしかして恥ずかしかったとか。


 うん。きっとそうだ。もしそうじゃなかったらキースは私のことを……。


 ──ないない。あるわけがない。


 私を好きとか、例え冗談でもキースに失礼だ。


「私のために怒ってくれてありがとう。でもね。私のせいでキースの人生を終わらせたくないの」

「私は……」

「お願いキース」


 引いてくれる気配がない。


 命令すればキースは従ってくれるのだろうけど、そんなことをしたら私達の関係が一気に壊れてしまいそうで嫌だ。


 キースは私の護衛騎士。それだけは揺るぎない事実。


 融通が効かないときもあるけど、カッチリした主従関係があるわけでもなく、私としては家族のような雰囲気で接している。


 だからこそ完全に線を引かれて、その線を超えないように距離を取られるのは寂しい。


「キース様」


 これまで発言を控えていたラヴィが口を開いた。


「ここでやめておかなければ後々、コトネ様にご迷惑がかかるかと」

「それは困るな」


 剣を収めてくれたのはいいけど、私の迷惑にならなければ何をしてもいいということにはならない。


 その辺はちゃんとわかってくれているだろうか。


 剣を鞘に収めると部屋中が安心に包まれる。


 来る前はラヴィが諭され、来てからはキースが諭される。


 騎士と侍女。


 どちらの役職が上かなんて詳しいことはわからないけど、大失態を犯したわけでもなく自らの意志で王子という身分を返却したキースのほうが、やはり立場は上らしい。


 ──そりゃそうだよね。


 王子の身分がそんな簡単に剥奪されるわけないし、実の所、王位継承権もまだ失っていない。


 キースが望めば第二王子として返り咲くことが出来、そして……王座に就くことも夢ではない。


 ま、私がいようがいまいがキースは騎士を辞めるつもりはなかったみたいだけど。


 カイザー様に堂々と舌打ちするのは敵意の表れ。


 刺せなかったことを残念がらないで。


「兄に向かってその態度はなんだ!?」

「お言葉ですが私に兄はいない。貴方もよくご存知では?」


 騎士になるために全てを捨てた、か。


 それはそれで寂しいな。たった一人の兄なのに。


 私は一人っ子だから兄弟がいる感覚というものはよくわからないけど、親とはまた違った家族の一員。


 歳上なら甘えて、歳下だったら甘えられて。


 親にも言えないような秘密も言い合える特別みたいなものなのだろうか。


「兄弟喧嘩は終わりましたか?」


 一段落すると、ようやく神官長が喋った。


 今まで巻き込まれないように黙っていたのか。


 良い性格してるよ。


 神官長ならキースを止められたんじゃないの。


「それでは聖女であるための印を見せて頂けますか」


 蓮の花のことかな?知らぬ間に付けられていた。


 そんなの出し方とかわからないんだけど。


 不安そうに見つめてくるキースには悪いけど私はどうこうする気はない。


 それに印なんて出したら聖女になってしまう。


 私が神官長だったとして、私のようなぽっちゃり体型と友愛のような愛らしい女の子。


 どっちを聖女認定するかは決まっている。


 お互いが蓮の花を出せなかったら、神官長の好み……一存で決まる。


 私には精霊樹の輝きが放たれてるみたいだけど、そんなものいくらでも誤魔化せばいい。


 とにかく私は聖女ではないのだ。


 これで神官長との面会は終わりと思いきや、友愛が祈りのポーズを取ると額に蓮の花が浮かび上がった。


「そんなバカな……!!」


 誰よりも先に反応して驚いたのはキース。


 ラヴィも表情こそいつもと変わらないけど目が見開いている。


「どうだ神官長。これでユアが本物の聖女であり愛し子だと判明しただろう」


 だから愛し子って何。聖女とどう違うわけ。


「コトネ様。思い浮かべるだけでいいのです。蓮の花を」


 神官長は揺るがない真っ直ぐとした瞳で私を見ていた。カイザー様を無視して。


 友愛には見向きもしない。


 ──な、なんで……?


 あんなにも愛くるしい友愛を視界にも入れないって、もしかして神官長、女性には興味ないのかな。


 その割に私だけを深緑の瞳に映すのはおかしい。


 飲み込まれてしまいそうなのに目が離せなかった。


 優しく微笑む神官長に背中を押された気分。


 目を閉じてあの日を思い出すと体の奥底から熱くなり友愛同様に額に印が浮かぶ。


 神官長は「ほう…」と感心したように無意識に声が漏れていた。


「さて……。困りましたね。聖女である印をお二人共受けているとは」

「シェイド殿の加護はコトネ様が受けた!陛下も見ています!必要なら証言を……」

「いえ大丈夫です。と、言いたいとこですがそうですね。では……本物を見極めるためにお願いしたいことがあります」

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