神官長 ミハイル・バルク
「神殿の使い?」
陛下が訪ねてきて早数日。
いつもと気分を変えてお茶ではなくココアを飲んでるとキースが頭を抱えていた。
神殿ってあれだよね。あの、ほら……召喚の儀を執り行った人達。
うすらぼんやりとしか顔が浮かんでこない。
「カイザー様が神殿に聖女が現れたと報告してしまったようで」
「何か問題でも?」
「実はユア殿が聖女だと嘘を書いていて……」
「神殿は神の代弁者とも呼ばれています。嘘の報告など例え王族と言えど罰せられるでしょう」
「神官長ミハイル・バルク様は慈悲がないと聞きます」
「正直に謝ったら許してくれるんじゃない?」
「過去に似たような失態を犯した者が、生きたまま張り付けにされ焼かれたとか」
話だけ聞いてると血も涙もない人ね。
神の代弁者がそんな簡単に人を殺していいわけ。神の名のもとに裁くのはアリなのだろうか。
一体どんな人なんだろ。機械じかけの性格であることは間違いない。
生きたまま焼くなんて正気の沙汰じゃないよ。
そりゃさ。嘘ついたほうが悪いけど寛大な心で許して上げるのが神様じゃないかな。
慈悲の心は大切だ。
神官長が来るということで同時に召喚された私にも招集がかかった。
行きたくない。そんな危ない人に会いたくないけど断れる立場でもなく。
カイザー様が友愛を聖女だと報告したのなら、それでいいじゃん。
神官長だって友愛を見たら納得するだろうし、私が行く必要なんてないよね。
「その神官長とやらを殺してしまえばいいのか?」
私の嫌いという強い思いがシェイドに伝わり、物騒な提案をされる。
「確かに神官長がいなくなれば、コトネ様がわざわざ足を運ぶ必要もなくなるわけですし」
便乗しないでラヴィさん!
せめて心の中だけで留めておいて!!
冗談か本気か。どちらとも取れる態度に困っていると、キースが落ち着かせてくれた。
「神官長がいなくなれば、カイザー様は真っ先にコトネ様の仕業だと騒ぎ立てるに決まっている」
「確かに。こちらからコトネ様を攻撃する口実を与えるわけにはいきませんね。私が軽率でした。申し訳ございません、コトネ様」
あくまでも私の身を案じてくれている。
神官長を殺そうとしたことについては、悪いと思っていない。ここにいる私を除く全員。
私に被害が及ばなければ簡単に殺してしまうのか。
「でもさ。なんで今更なんだろうね」
今となって神官長の耳に入ったというのはおかしい。神殿の力を借りて召喚を行ったのなら神官長の許可を得たはず。
キースもそこが引っかかっている。
グランロッド国は王族派と貴族派に分かれ神殿はどちらにも属さない中立の立場。
カイザー様を支持したくない貴族を貴族派と称す。何ともわかりやすい派閥構成。
双方が争ってもどちらの味方をしないのが神殿。事が大きくなる前に仲裁程度はするらしい。
国が完全に二つに割れることは神殿も望まないのだ。
そんな神殿が婚約者探しのためとはいえ王族であるカイザー様に協力したらあらぬ噂が流れても不思議ではないのに。
干ばつが続いたことにより聖女召喚を行いたいという理由なら協力は得られる。
──うーん。カイザー様にそんな知恵あるかな?
現に国民の間では神殿がカイザー様を次期国王として認めたと根も葉もない憶測が飛び交う。神殿も正式な文書で否定はしているものの力を貸したのは事実。
中立立場が片方に加担したら、そりゃ騒ぎになるわ。
私が本物だと立証するためにシェイドも連れて行くべきだと。
私は偽物扱いされても平気。
私自身が聖女であることを否定しているから。そんな大役が私なんかに務まるわけがない。
責任も背負う必要はなく、いてくれるだけで大助かりだと言ってくれる。
実際、聖女の役目は召喚されるだけでいい。
聖女の存在が、グランロッド国にシェイドからの加護を再び与えられたという証拠。
加護を受けたところで、魔法が使えるようになるかと聞かれたら、そういうわけでもない。
魔法は争いの元。
聖女だけが精霊王と精霊……もとい。妖精の力を使うことが出来、国民はその恩恵を受けて豊かに暮らす。
それが新しい加護。
キースや陛下に悪気はないから私も黙ってるけど、それって人形でいろって言われたようなもの。お飾りの聖女として国の象徴であって欲しい。
失言だったと気付かれれば陛下の土下座だけではすまなくなる。
生首を見る趣味はなく、私が黙っているだけで平和が続くのならそうしよう。
「ラヴィも行くの?」
「そうですね。あの阿呆が何をするかわからないので」
「カイザー様の悪口はここだけにしてね?」
正直なのは良いこと。
ラヴィは私の侍女ってだけで立場が危うくなった。
偽物聖女に仕えカイザー様への無礼極まりない暴言。
仕事が出来て、信頼度の高いラヴィをこの期に失脚させようと他の侍女が手を組んだ。
私が攻撃されるならまだしも、キースやラヴィに何かするのは許せない。
ラヴィの潔白を証明するため、陛下に手紙を書いた。
私の書いた文字は勝手にグランロッド国の文字に変換してくれるため、失礼な文面にならないよう気を付けるだけで良い。
証拠もない戯れ言……憶測を陛下は信じることはなく、私から届いた無実を証明する手紙にほとんどの侍女が王宮を去ることになった。
新しく雇われた侍女は王妃様直々に選び直された人達で、彼女達は決してラヴィに嫉妬して嫌がらせをしない。
ちなみに彼女達は友愛の専属にはなりたくないと直談判したそうだ。
友愛の傍にいたら嫌でもカイザー様と顔を合わせることになる。それが嫌らしい。
──カイザー様、国民……というより女性から嫌われまくってる。
私が離れた王宮事情を知れるのはシェイドのおかげ。
あとは妖精四匹が偵察に行くことも多々ある。
庭園はすごく綺麗らしいけど、最近は毎日のように友愛がいるために行けない。
召喚初日、私が飛ばされたのは庭園へと続く花道。あのまま真っ直ぐ歩けば王妃様が手塩に育ててきた王宮にしかない花々が咲き誇っている。
いつかは見てみたいものだ。
「悪いけどシェイド。留守番よろしく」
極力、目立ちたくないためシェイドは連れて行けない。
行きたくないと駄々をこねたら私だけでなくキースとラヴィの印象も悪くなる。
せめて当日じゃなくて事前連絡があれば、きっと体調不良になれたのに。
四十度近い熱が出たに違いない。
「危険を感じたら私を呼べ。いいな」
「大丈夫よ。この子達がいるから」
私の周りを飛び回る四匹の頭を撫でた。
【僕らに任せて〜】
【コトネは守るの〜】
【指一本でも触れたら〜】
【殺す〜】
「そうしろ」
「やめて!?ダメだからね!?」
考え方が物騒だ。
全力で止めるとシンクロしながら首を傾げた。可愛いなもう。
根っこの部分はシェイドだから私を守る意志が強い。
守るために殺さないで欲しいけど。
「絶対に殺さないって約束を守ってくれないとみんなも置いてくよ」
【やだ〜】
【行く〜】
【約束〜】
【守る〜】
「約束したからね」
乗馬未経験の私はキースの後ろに乗せてもらいラヴィは……乗れるんだ。
女性が馬に乗る姿ってカッコ良い。惚れる。
──うう〜。二回目だけど、馬に乗るのは怖い。
瞬間移動してその場を誰かに、特に神殿の人に見られでもしたら言い逃れ出来ないため、大人しく馬に乗るしかない。
「しっかり掴まってて下さいね」
「う、うん」
服の端をキュッと掴むと、手が剥がされお腹に回された。
密着度が高い。
でもそうだよね。馬は車と同じ。走行中に落ちたら大怪我。
しがみついてないと。
意識なんてせず平常心平常心。
キースの前にいて後ろから抱きしめられるより、ずっといい。
心臓が爆発せずに済むんだからワガママ言ったらダメだ。
このとき私は、キースの体温が上昇した理由も、どんな顔をしているのかも知る由もない。
集められたのは以前とは別の部屋だけど、ここも中々に広い。
部屋の奥には高級な椅子が置かれていて、その前に友愛とカイザー様が立っている。
ちょっと見ないうちに友愛はお姫様のようになっていた。
ドレスも宝石も靴も、まるで友愛のために作られたかのよう。
それに比べて私はシェイドが複製してくれた同じ服を着ている。
こっちの服はサイズ的に私には合わないしドレスなんて以ての外。それに動きにくいし。
自ら醜態を晒す勇気は持ち合わせていない。
人前に出る恰好は余所行きの服ではあるけど。
お肉が隠れるゆったりとしたワンピース。無難で派手さはない。
貴族からしたらみすぼらしいかもしれないけど。
余計なギャラリーはいないのか。それどころか陛下と王妃様も。
「お待たせして申し訳ございません。聖女様」
神官長と言うからてっきり髭の生えたおじいちゃんを想像していた。
白いフードを脱いだ神官長は、乱れた髪を直して一礼。
柔らかな青みかがった緑の瞳に暗い緑色の髪。背も高くスラッとしていて第四のイケメン登場。
赤青緑が揃った。のちに黄色の髪のイケメンも出てきそう。
「それで……。どちらが聖女様でしょうか」
眼光が鋭くなった。
そうだ。この人はそのためにここにいる。
顔を背けるのは失礼だから口を固く閉ざすだけ。
──私は空気。私は空気。
呪文のように念じて存在感を消そうと努力する。
カイザー様は友愛の肩を抱きながら一歩前に出た。
ものすごいドヤ顔。認められることが絶対だと確信している。
「では貴女がユア様でしょうか」
「は、はい。あのお名前を聞いてもいいですか」
「名前?私のですか」
事前に知らされてなかったの?
それともわざと名乗らせようとしているのか。
男はみんな自分に服従。そう思っているからこその暴挙。
どちらにせよ私には関係ない。
巻き込まれたくないから黙っていよう。お願いだからキースも大人しくしていて。
私はもう昔の私じゃない。友愛の企みに気付かず愚かに縋ったりしない。
友愛が私に求めていたものがあるとすればそれは、自らをより可憐に美しく見せる引き立て役。
「貴女のお名前を伺ってもよろしいでしょうか」
──友愛を無視した?
こんなの初めてだ。キースでさえ質問には答えた。
聞こえなかったと言い訳するのは無理がある。神官長の意図も読めない。
キースでもラヴィでもなく。ハッキリと私を見ている。
私に問いかけている。
「心音と申します。神官長様。本日は御足労頂き誠にありがとうございます」
私が頭を下げれば二人も下げる。まるで私の従者だと示すように。
──お願いだからやめて!
神官長は顎に手を当て考える。
友愛が聖女だと報告もしてるしカイザー様だって断言した。それでいいでしょ。
早く帰して。
「ユア様が聖女で間違いはないのですよね?」
「そうだと言っている!!長きにわたる干ばつ被害を救ったのもユアだぞ!祈りの間で祈りを捧げたからこそ雨が降ったんだ」
祈りの間?知らないワード。あとで聞いてみよ。
あの雨は友愛が降らせたことになってるんだ。いいけどね別に。
手柄はいらない。苦しむ人がいるなら助けたかった。
それに見合う報酬も欲しくない。人が人を助けるのに理由なんてないから。
「殿下のお言葉を疑っているわけではありません。一つ気になる点がございまして。なぜ聖女ではないコトネ様から精霊樹の輝きが放たれているのでしょう」




