エンジョイライフ
親友だと思っていた友愛の正体が実は悪女だった。
可愛い顔でこれまでどんな嘘をついて、何人の人を騙していたのか。
いや、友愛には騙している感覚さえないのかも。
可愛いは正義。まさにその通りだ。
友愛の言葉は誰もが疑うことなく信じる。
考えるだけ無駄だ。どうせもう友愛とは会わない。
幸いなのは私が王宮を出てこの離れで暮らしていること。おかげで誰とも顔を合わせることなく自由気ままに過ごしている。
気持ちが楽に思えるのは友愛が隣にいないから。
──私は友愛から解放されたかったのだろうか?
多分、私はカイザー様の婚約者として王宮でもてなされてる友愛より贅沢な暮らしをしている。
食事もそうだけど、シェイドがテレビを出してくれた。しかもちゃんと映る。
ただ制限があり、私が今までに見た番組しか観られない。
それでもテレビは有難かった。
やっぱり精霊王ってチートだ。
ぐうたら生活のためにお世話されることもない。
好きな時間に寝て、好きな時間に起きる。
食べたい物を好きなだけ。
もう楽しい!
ラヴィも口うるさく生活を直せと言わないから、ついつい甘えてしまう。
それどころか日本食や和菓子を一緒に食べている。
気に入ってもらえて何より。
今では一緒にテーブルを囲んでくれる。やっぱりご飯はみんなで食べるとより美味しい。
「なぜ私が心音以外の人間にこのようなことを……!!」
約一名。不機嫌にイライラしている。
シェイドがなぜ私に加護を与え、聖女と呼ばれているかは知る由もない。ただ一つ。わかることがあるとすれば、シェイドは私を愛している。
──くっそー。自分で言って小っ恥ずかしい。
こんな太った女のどこに惹かれる要素があるわけ。聞いても答えてくれないし。思い出せの一点張り。
ならせめてヒントを……。
「いっそのこと、心音以外の人間を消してしまうか?」
「ちょっと!?仮にも国を護ってきた精霊王でしょ!?」
周囲に聞こえる独り言。本気度が伺える。
ほら!キースの目に影が落ちた。
精霊王の本気とか人間がどうこう出来るレベルではない。
破滅を待つだけの人生なんて、送りたくないはず。
「私の力は心音だけのものだ。国も人もどうでもいい」
なんて、真剣な顔つきで言われたら誰だってノックアウト。
イケメンは何でも許されるってのはあながち間違ってない。イケメンは無罪って言葉が存在するぐらいだしね。
今日はいつもより贅沢な朝ご飯。パンケーキにたっぷりの生クリームとフルーツを乗せてもらった。
この世界には甘い物を朝から食べる習慣はなく最初二人は戸惑っていたものの、いざ食べると虜になった。
食事に関して本当にすごいのは、私が食べた中で一番美味しいと感じた味で出てくるとこ。
【コトネ〜。あそぼ〜】
【ダメ〜。僕となの】
不思議な声の正体は妖精。あの!チカチカしていた妖精なのだ。
シェイド曰く、妖精は実態を持たない。聖女、つまり私が想像した姿に変わる。
妖精のイメージってやっぱりひとつまみサイズに羽の生えた子供みたいな可愛らしいものだよね。
ここで要注意なのが一度確定した姿は変えられない。慎重に決めなければならないんだけど、私の中で妖精はこれ一択。
姿を与えられた妖精は言葉を喋り意思の疎通が取れる。
四代精霊と呼ばれるサラマンダー、ウィンディーネ、シルフ、ノーム。主に私の周りにいるのはこの子達。
あと疑問なのはこの子達は妖精じゃなくて精霊だよね。妖精扱いでいいの?
本人達は気にしてないから敢えてツッコまない。
器が大きいとか心が広いとかじゃなくて、プライドがないのだと思われる。ファンタジーファンがその事実を知ったら発狂死するのでは……?
異世界に私の常識が通じるわけもなく、まぁいいかと受け止めることにしている。
人間、諦めが肝心だと誰かが言っていた。
そんな妖精達は向こうの世界で人知れず私を助けてくれていたとか。
修学旅行で泊まった旅館が燃えたとき。川で溺れかけたとき。看板が降ってきたとき。事故に遭いそうになったとき。
炎をコントロールして道を作ってくれたり、水の流れを止めてくれた。強風で落下位置をズラして、道路を割って車のタイヤをパンクさせた。
他にも諸々、私の命の危機あったらしい。意外と死にかけ連発で自分でもビックリ。
「ありがとうね、みんな」
それを全部、シェイドの命令で私を守ってくれていた。
王宮の庭園はそれはそれは美しい花が咲き誇っているも、時折友愛がいるため、まだ訪れたことはない。
敷地の外に出られないのは息苦しい。わけもなく。
だってこの空間。本当に最高なんだもん。
私の体調を考えてくれて気温の変化はなく、テレビも漫画もゲーム好きなときに出してくれるし、不要になれば片付けてくれる。
動くことをせず食べるだけの生活。
──太った……。
顔に丸みが帯びて体全体がタプタプと揺れる。
快適と便利に甘えた代償。
「シェイドの魔法で痩せることは出来る?」
「そのようなことは私の力でも不可能だ。だが心音が望むなら出来るよう尽力する」
「いい!いい!ごめんね!無理ってわかってたから!!」
「心音の願いを叶えられない私を嫌いにはならないか…?」
本気でシュンとされると罪悪感が。
悪いのは怠惰を満喫していた私。
「ならないよ?それ言うなら私のほうだよ。こんなワガママなお願いばかりして本当にごめんなさい」
これじゃあ友愛と同じだ。
都合の良いようにこき使う分、よりタチが悪い。
「何に謝っているのだ?それが心音の特権だと言うのに」
「ううん!ここに来てからずっと、みんなに助けられてるのに私は返せないから」
聖女など愛し子など。特別みたいに言われているけど私という人間が特別な力を持ってるわけじゃない。
それなのにこんなに尽くしてもらうのはおかしい。
「心音はさっきから何を言っている。そもそもこんな国に来たのはあの、無能でバカな色狂いのクズのせいだ」
シェイドの言葉にラヴィが激しく同意。キースは小さく首を振った。
「だが」
私の髪に触れ優しく微笑みながら
「そのおかけで心音と会えた。それだけは褒めてやってもいい」
言い方が引っかかる。
会えた、ということは私達は本当は会っていなかった?
どうせ聞いても答えてくれないから口にはしない。
「コトネ様。もしよければ一緒に訓練をしませんか。体を動かせばいい汗をかいてスッキリしますよ」
私を傷つけないような優しく遠回しの言い方。
中身も外見もイケメン。
「誘ってくれてありがとう。でもねキース。私、めちゃくちゃ運動音痴よ」
「では、しばらくはストレッチで体を解しましょう」
気遣いの神様。
拝んでいるとノームがやたら袖を引っ張る。
構って欲しいのかな?
可愛いな。このこの。
ほっぺたをツンツンすると、もちもち肌に、ずっと触っていたくなる。
【あのね〜コトネ。誰か来てるの〜】
お客さん?まさかね。こんなとこに来る人なんているわけない。
自信満々にタカをくくっていると「失礼する」と言葉と共に扉が開いた。




