三人の味方
「え!!キースって第二王子なの!?」
「王位継承権はありませんが」
王宮に呼び出された翌日。
私は離れで今日も、特に何をするでもなくただぐうたらしている。
そこでキースに関する情報を手に入れた。
衝撃の事実。
てことは、キースとカイザー様は兄弟。しかもキースが弟。
言われてみれば二人って似てるかも。
髪の色から勝手に他人と思い込んでいた。
あと性格。正反対すぎるよ。
これでカイザー様への強気な態度も納得。
身内なら多少、厳しいことを言っても不敬にはならないわけだ。
王子から騎士になった経緯を話してくれたけど、私の専属騎士になりたがった理由は教えてくれない。
「ねぇキース。やっぱり私が聖女って間違いじゃないかな」
「それはもう証明されております。コトネ様以外が聖女なんてありえません」
「友愛のほうが可愛いし」
「聖女の条件は外見ではなく心です。失礼ながら私にはユア殿は、聖女の器には感じませんでした。それどころか不快感があります」
「ほう。人間のくせにいい感性を持っているな」
「私はコトネ様と話をしているんだ」
シェイドに対する態度もまぁまぁデカい。
敬意とか、そういうのないんだ。意外だな。
精霊王だからもっとヨイショするんだと思ってた。
いくらご機嫌取りをしようと、その力は聖女のためにしか使われないのなら無駄な労力と時間。
だからってあからさまに私のご機嫌を取ってるわけでもない。
「コトネの護衛と豪語するならせて好みぐらいは把握したらどうだ?コトネは紅茶は飲まん」
「そうだったのですか。気付けず申し訳ありません」
「ううん。大丈夫だよ!飲めないわけじゃないし。あまり好みじゃないってだけだから」
貴族の住む世界では主流の飲み物は紅茶。
人が口にする物には当然、合う合わないがあって私に紅茶は合わない。
キースに言ったように飲めないわけではないから、わざわざ伝える必要がないと思い黙っていた。
飲み続けたらいずれは慣れるかなと思っていたけど、一向に慣れない。
とことん私は紅茶との相性が悪かった。
騎士であるキースが侍女のようなことをしているのには訳がある。
ラヴィが陛下にお呼ばれされているから。ラヴィは王宮で一番仕事が出来て評価されている。超優秀な侍女。
そんなラヴィを友愛の侍女にするとカイザー様が駄々をこねているらしい。
本人の意志を無視することはないだろうけど大丈夫かな。
王宮には他にも侍女がいるんだから、わざわざラヴィを指名しなくてもいいのに。
そりゃさ、友愛に仕える人は気の利く優秀な人であってほしいけども。
「そんなに心配なら見てみるか」
しれっと私の心を読んだシェイドはパチンと指を鳴らす。
何もない空中に映像が映し出された。
疲れきった陛下と無表情のラヴィと怒り狂うカイザー様。
会話も聞こえるなんて映画を見てるみたい。
「いいから黙ってユアに尽くせ!!」
「嫌です。お断りします」
ラヴィもお強い。
カイザー様と目を合わせることなくずっと陛下を見てる。早く帰らせろと圧をかけてた。
同じ会話を繰り返してるんだろうな。
カイザー様の命令からお断りまでの流れがかなりスムーズ。
ラヴィのうんざりした態度も頷ける。
ラヴィが本音で話せるよう個室とはいえ、一切取り繕うつもりがない。
それだけカイザー様を嫌ってるという認識でいいのかな。
「お前は何が不満なんだ!!この俺の推薦でユアの侍女になること以上に名誉なことはないんだぞ」
カイザー様って自信家を通り越してバカ?
顔が良く権力を持つカイザー様はさぞおモテになるだろうな。
チヤホヤされすぎて何もしなくても王子という立場だけで偉いと勘違いしている。実際、偉いんだろうけど。
人生ここまで図々しく開き直れたら楽しいのかも。
周りの人がカイザー様の味方になるのは単細胞は扱いやすいから。
カイザー様が王になったらこの国は一瞬で滅ぶか、操り人形の王として生きるか。
どっちも最悪じゃん。
「素直に申し上げてよろしいのですか?」
おっとラヴィさん?何を言うつもりですか?
ハラハラドキドキの展開。
「私が配属されて間もない頃。何度もしつこく言い寄ってきましたよね。そんな男に認められても嬉しくなんてありません。むしろ気持ち悪い」
言い切った。
あれって不敬罪というやつでは?
見てるこっちの胃が痛くなってきた。
カイザー様は目に余る態度に不敬だと叫び、侮辱罪で極刑だと言い出す始末。
ラヴィには驚くほど響いてなく、カイザー様の声が聞こえてないのではと不安になる。
カイザー様が喋れば喋るほど陛下は深く頭を抱え、ラヴィの表情は死んでいく。カイザー様の存在そのものに不快を感じているようだ。
個室に呼んでいる時点で、何を言っても許すという陛下なりの温情。
カイザー様はそれにさえ気付くことなく、我こそが正しく正義なのだと主張する。
最後まで見る勇気はなく、止めてもらった。
ホラー映画よりもホラー感満載。まだ心臓がドキドキしてる。
ひと息つこうとカップに手を伸ばすと、中身が紅茶から緑茶に変わっていた。その横には和菓子が。しかも私が一番好きなきな粉餅。
この世界に和菓子は存在しない。魔法のようにカップの中身が変わることも普通ならありえない。
こんな芸当が出来るのは一人だけ。
熱すぎず冷たすぎず、ちょうどいい温度のお茶を一口飲んだ。
キースにしてみれば馴染みのないもので、毒じゃないかと心配してくれる。
あんなにも凛々しいキースがあたふたしてる。可愛いな。
試しに飲ませてみると目を輝かせた。
「とても美味しいです。コトネ様の国ではこのお茶が好まれているのですか」
「人によるかな。私はこの温かい緑茶が断トツで好きなの」
季節も暑さも関係なくホット。胃腸が弱いからじゃないからね。
温かいほうが安心するというか。気持ちが落ち着く。
きな粉餅もあげてみると、美味しかったのか私の分まで平らげた。
──いいんだけどね別に。
美味しい物はついつい手が伸びる。
それは異世界でも同じこと。
顔面蒼白になりながら何度も頭下げる姿は首振り人形に似ていた。
勢いがありすぎて首の残像が見える。
すぐに新しいのを用意すると息巻くも、この世界に和菓子なんてなくどうやって詫びをしようか真剣に悩んでいた。
同じ血を分けた兄弟なのにカイザー様とは対照的。何がすごいって、似てなさすぎなとこが。中身がね。
キースは真面目で責任感が強い。そりゃ陛下に戻ってきてとか言われるわ。
弟とか関係なく、国を任せられる唯一の存在。
「遅くなり申し訳ございません」
解放されてきたラヴィは小さく息を整えながら深々と頭を下げた。汗一つかいてないのは入る前に身なりを整えたから。
私に敬意を払ってくれている。
ここにいるということは友愛の専属侍女にならなかったということ。
それが何だかホッとした。
友愛には申し訳ないけど私は、私のことをここまで想ってくれるラヴィが侍女であって欲しい。
「座ってラヴィ」
「そのようなこと」
「いいから」
疲れてるラヴィを座らせてシェイドにお願いしてもう一度和菓子を出してもらった。
ものすごく嫌そうな顔をされたけど、私が望んでいるならと、人数分の緑茶ときな粉餅が用意される。
初めて見るきな粉餅に目をパチパチさせながら動かない。
食べ物と認識してないのかも。キースに視線を送ると察してくれて、食べた感想をそれはそれはわかりやすく述べた。
グルメリポの仕事が殺到してきそう。
何かを決心したように固く頷き、一口でいった。どうだろ。美味しいかな。口に合うかな。
ドキドキしてると笑って「美味しい」と言ってくれた。
安心して胸を撫で下ろした。
やはり、美味しい食べ物は正義。
そのことが証明されて嬉しかった。
その日の夜。
私は知ってしまった。
私の味方はここにいる三人だけなのだと。
ずっと昔から、信じていた人に裏切られていたことを。




