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2(八話目)

 コンビニの外まで着けば、中にあるイートインのコーナーでワザとらしく呼び込む動作をしてくる吾妻兄さんを見つけた。


 「すみません、ちょっと待たせたみたいで」


 「いいや? こっちが急に呼んだだけなんだし。そんなに畏まらなくてもいいんだけどなぁ」


 「いや、そういうわけには……」


 そういう俺の目線の先には、三袋もあるアイスの空き袋。狂乱するほどのアイス信者でもない吾妻兄さんにとっては、普通じゃない量のアイスだ。

 これを見せられても待ってないと本心から思えるほどの気遣いがない人間じゃないわけで。


 やっぱり吾妻兄さんは少し苦手だ……。


 普段の言動や仕草などは本当に優しいお兄さんと言っても過言ではないのだが、こういうところはどうにも好きにはなれない。


 「ん? どしたの? ここ、座りなよ」


 そういわれて引かれた椅子に、俺は座った。

 それと同時くらいに差し出されたのは、吸い込むタイプのアイス。

 解けても大丈夫なように選んでくれていたのだろう。


 「彼女の見送り、ご苦労様」


 「彼女じゃないですけど、ありがとうございます」


 受け取れば、程よく解けたアイスの感触で。

 生ぬるい風にさらされていた俺の体は、躊躇うこともなく封を開けた。


 「早速頂いちゃいますね」


 「うん。冬真くんが来る頃と思って買っといたんだ。丁度いいでしょ」


 「はい、ドンピシャで飲みやすいっすね」


 「でしょ? 最高じゃない? 俺のセンス」


 「いやー、それはちょっと意味わからないっす」


 「わかんないのかーいっ」


 そう言って軽快に笑って見せるその姿を見て、知らずの内に警戒を解いていた。

 駄目なことじゃないのはわかってるし、むしろ警戒をしていることなんて、無駄じゃないか、と思っていたほどだ。


 「うん。やっぱりうまいっすね」


 「でしょ~」


 俺の呟きに声を入れれば、少しの静けさがやってくる。

 きっと決まづいのだろうか。メガネや腕時計といった、身に着けているものを気にするようなそぶりが見え出した。

 それにつられるように俺のアイスを吸い出す速度も速くなっていき、すぐになくなってしまった。


 「ふぅ。おいしかったです」


 そう言って空になってぺたんこになった空袋をゴミ箱に入れれば、聞いた。


 「それで、どうしたんですか? まさか本当に久々にあったから話をしたい、なんて言うわけじゃないですよね?」


 「あぁ。ただちょっと身の上話になるからね。ためらう気持ちもあるってわけよ」


 「身の上ですか? ……そーいや俺、今吾妻兄さんが何してるか全然知らないや」


 「まぁ言ってなかったからね。俺は今個人で家庭教師やってるってわけよっ」


 「へー、あの吾妻兄さんが家庭教師かぁ」


 思い出してみれば、吾妻兄さんに勉強を教えてもらったことは少なからずあった。

 そのころの仕事は一般的な会社員をやっていたらしいが、少し会わない間に転職をしたんだろう。


 そーいや吾妻兄さんの教え方はうまかった記憶しかないな。


 記憶を辿ってみれば、遊び惚けてテスト前に駆け込んで教えてもらって、それで赤点回避! なんてよくあったことだ。


 「……ってことは、今お願いしたら勉強教えてくれるってこと?」


 「……うーん。まぁお金は取るようになるけどね。その変わり割引はしておくからさっ」


 「本当ですか!?」


 吾妻兄さんの返答に、ここがコンビニだったということも忘れながら声を荒げていきり立つ。

 もちろんすぐさま客の視線や店員の言葉が耳に入り謝罪をするが、それでも口が止まることはない。


 「今、さっき送ってた子に勉強教えてもらってるんですけど、やっぱり本業の人に教えて貰えるのならこれ以上ないことですよ!」


 「そう? こんなに持ち上げてくれるのは嬉しいんだけど、教えられることは昔とあんまり変わらないからね?」


 「それでもっすよ。吾妻兄さん察しがいいからわかってるとは思うんですけど、流石に好きな子にいつまでも教えてって迷惑かけるのもって思ってはいるんすよ」


 「……ほー。まさか、冬真くんが恋する男になるなんてね。俺は以外だよ」


 「ちょっと何ニヤニヤしてんすか! 何か企んでそうでるかわかったもんじゃないっすん!」


 若干引いたような顔をしながら言えば、心外だ、とでも言わんばかりの顔で「まさか!」と高笑いを浮かべている。

 まぁ確かにチャラいところとかは確かにあるけど、他人の嫌がることはあまりしないような人だからな。


 「でもまさか、吾妻兄さんがこっちに帰ってきてくれるなんて思ってもなかったです」


 「なんだよ。まさか俺に帰ってきてほしくなかったってことかよ」


 「違いますって。もう、面倒くさいのは前から変わっていないっすね」


 「まぁな。都会でもこれだけで食ってきたからな」


 「まっさか!」


 俺が笑えば、吾妻兄さんも笑って。

 吾妻兄さんが笑えば俺も笑って。


 まるで俺の小学生時代が戻ってきたような気がして。






 心底、悪寒がたった。






 「そう言えば吾妻兄さん。あいつ、船越の奴は、最近連絡とか取ってるんですか?」


 「あいつか? 都会言ってから変なメール送ってくるようになったから関係切ったよ」


 「そう、なんですか」


 「なんだお前? まだ白黒つけてないのに別の女に唾つけてんのか?」


 気まずそうな顔に吾妻兄さんは無遠慮に切り出してくる。


 でもどうしてだろう、吾妻兄さんはそんなこと、言いだしてくる人ではなかったのに。


 気になり吾妻兄さんの方を見てみれば、先ほどからくどいほどに纏っている怪しげな笑み。

 そして、忙しなくスマホを弄る指先。

 一体、何を……。


 「あ、ごめん、塾の生徒からの連絡だ。俺もう出なきゃいけない時間だからさ」


 「そう、なんですか?」


 「あぁ。ごめんだけどこれでな。なぁ、頑張れよ! 連絡さえくれたら勉強なら何人でも教えてやるからさ!」


 「わかり、ました」


 返事を聞けば少し慌てた素振りを見せながら鞄を肩にかけコンビニを後にする。

 先ほどから全くもって吾妻兄さんっほくない行動だ。

 僕の視線は未だ吾妻兄さんの方を見つめ、コンビニの外を眺めていた。


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